34. 罪と証人
(罪と証人)
ドアの閉まる音、階段を降りる音……
それで少し目が覚めた。
二階から降りて来たのは、裸の姉貴だった。
両手に着替えを持っているようだ。
「何で、蒼が居間で寝ているのよ……」
「ベッドを昼顔さんと夏子に取られたんだよ……、それより夕顔さんは……?」
「まだ寝てるよ……、それで起こさないように、そっと出て来たのよ……、昨日お風呂に入りそびれたから、今から入ろうと思って……」
「昨日の晩ご飯があるよ……、チキンカツカレーだよ」
「……、あまり食欲ない……、でも、あとで食べるよ」
「夕顔さんのお乳を飲んだね……」
「どうしてそれを知っているのよ、蒼も飲んだのね……?」
「……、いえ、その、夏子が好きだったので……」
「嘘、それだけでお乳が出るって分からないわよ!」
「……、それは置いといて、お願いがあるんだけど、……、……」
「何……?一緒に寝ないわよ!」
姉貴とは、何故か小学校六年生の時まで一緒のベッドで寝ていた。中学生になった時、部屋から追い出された。
「そんな話じゃ無いよ!……、昼顔さんと夕顔さんに下着と服を着せて欲しいんだ。お姉ちゃんの服でいいから……」
「……、そうね、あの格好では、外で歩けないねー」
「……、明日、もう今日だけど、役所に行ってくるよ……」
「それが、いいわね……」
そう言って、姉貴はお風呂場に入って行った。
朝、明るくなったころ……、裸の昼顔さんに起こされた。
居間のソファーで寝ていると、こんなにも裸の女の人を目にするのかとワクワクしたが、母が裸で出て来たら嫌だなっと思いその考えを捨てた。
「おい、お風呂に入りたい……、……」
「……、えー、またですか……、夏子は……?」
「まだ寝てるよ……」
僕は、寝ぼけた頭を下げて起き上がり、お風呂のスイッチを入れた。
夜中に姉貴が入ったあとなのか、お湯はまだ温かだった。
「お風呂、入れますよ……」
昼顔さんは、そのままお風呂に飛び込んだ。
「ちょうどいい湯加減だ……、昨日は熱かった。でも慣れたけどね」
「……、そう思いました。次に入るときは、ぬるめにします」
「……、昼顔さん、朝ごはん食べますか?」
僕は湯船に入って、くつろいでいる昼顔さんを見ながら訊いた。
「たこ焼きかい……?」
「いえ、カレーですが……」
「何だいそれは……?」
「この世の中の人が皆んな好きな食べ物ですよ」
「そうかい、面白そうだな……、出たら食べるよ!」
「用意しておきます……」
昼顔さんに言われなかったが、二階に上がって昼顔さんの着物を取りに行った。
僕が部屋に入ると夏子が目を覚ました。夏子も裸で寝ていた。
「……、かかさんは……?」
「今、お風呂に入っているよ」
「……、あたしもお風呂、お風呂……」
夏子は、そのまま裸で部屋を出て行った。
「やれ、やれ……、……」
僕は、二人分の着物を持って、下に降りた。
日差しも高く、今日は温かな日和だった。
午前中のうちに役所へ向かった。
姉貴に服を着せてもらった昼顔さんと夕顔さんは、道ゆく人が振り返るほど、神秘的な美しさがあった。
でも僕の心は、空が重くのしかかるように、悠つで気が重い。
役所では、すぐに別室に案内された。
真面目そうな、役所ですと言った笑わない、冷たい雰囲気のあるおじさんが対応してくれた。
「この子ですか……? 事情は先ほど聞きました」
役所の人も、平静を装っているが、何で今頃、厄介ごとだと思っているだろう……
「母親は出産後、すぐに姿を消したんですね。行方不明なんですね。出産は、お父さんとお寺の巫女さんとで、取り上げたんですね。お子さんは今幾つですか?」
「八歳です……、……」
「……、八歳……? 八歳には、見えませんが……?」
「そうですよね……、でも、十歳だと、僕が十八の時の子供になってしまうので……、……」
僕は大きく笑ってごまかそうとした……
係の人の不機嫌な様子……
「……、本当のことを話して下さい! 本当に貴方のお子さんですか?」
「はい、それは間違いはありません! DNA鑑定してもかまいません!」
疑り深い目つきで僕を見る。
「それで、いつ生まれたんですか?」
「……、五月五日です……、それで、夏子と名前を付けました……」
「何年ですか?……、……」
まるで、僕が犯罪者で、刑事に取り調べを受けている雰囲気だ。
「……、すみません……、僕が十八の時の子供です。まだ、社会の事がよく分からずに、子供ができて怖かったんです。気付いた時には、もうお腹が大きくなっていたので、医者に行っても、どうにもならないと思って、それにお医者に行くお金もありませんでした……」
ようやく、僕の話を信じているようだ。
でも、これは嘘……、係の人は嘘を信じている。
この世界は真実など、どうでもいいことなんだ。
この場の真実の状況よりも、過去の戸籍や身分証明書が信頼される。
そして、常識に合わないことは弾かれる。
「……、そうなって、両親には相談しなかったんですか?」
「失踪した、この子の母親は、子供の頃に流行り病で両親を亡くしているんです。それで、お寺に引き取られ、和尚が面倒を見ていたみたいです。でも、その和尚も亡くなりました……」
「それで、母親は幾つだったんですか?」
「……、女性に歳なんて訊けませんよ……」
僕は、また大きく笑って見せた。
係の人の不機嫌な顔……
「多分、僕より年下だと思います。彼女も歳を言いませんでしたし、僕も訊きませんでした。これって犯罪ですよね……、よく分かりませんが、もう時効だと思い出て来ました……」
嘘は言っていない。最後まで、歳は訊かなかった。
「犯罪かどうかは、分かりませんが、役所の関係ではないので……、……」
「……、戸籍を作ってもらえますか? 出産の時に立ち会った人が、夕顔さんと昼顔さんです……」
係の人は、彼女たちに関心がなさそうに事務的に訊いた……
「身分証か何か、免許証でもいいですが……」
「……、そんな物はないよ!確かに夏子が産まれたところを見ているよ。それだけじゃ駄目なのかい?」
昼顔さんが面倒くさそうに言った。
「証人の陳述書の欄には住所氏名を書くところががありますから……、身元不明では、そちらの方が重大事ですよ」
僕は慌てて、話の中に入った。
「そうですよね……、でも、僕が手伝って自力出産したのだから、僕だけの証人でいいですよね……、事情はお話しした通りですから……」
まさか、昼顔さんも夕顔さんも戸籍がない異世界の人とは言えなかった。
とりあえず、出生届と認知届など幾つかの書類をもらって役所を出た。
「あまり、役に立たなかったみたいだな……」
昼顔さんがポツリと言った。
「いえいえ、一緒にいてくれて、心強かったですよ。もし、昼顔さんも夕顔さんも来てくれなかったら、僕は一人で役所に行けませんでしたから……」
そう……、多分、僕は役所に行かなかった。
夏子は結局、異世界の子、この世界には馴染めない。
それでも、夏子の幸せをこの世界で見つけなければならない。この世界に夏子の幸せはあるのだろうか?
夏子は時期に十五歳、この世界では、中学生になる。まだ、生まれて一年も経っていないのに……




