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32. 異世界の子夏子と現世界の夏子

(異世界の子夏子と現世界の夏子)


 いつでも出生届けは出せる。法律で決められた十四日以内に出さなかった場合でも、受け付けてくれる。

 ただし遅延理由を書かなければならない。

 しかも婚姻届を出していないので、夏子は非嫡出子になる。月見が失踪していることにしているので、僕が認知届を出せば済むことなんだけれども……

 もっと面倒なことに、病院や助産婦の手で出産したのであれば、出生証明書が出るが、消えた婆さんたちでは、それも叶わない。

 出生を証明してくれる人がいない。

 立会人がいれば、その人に説明してもらえるのだが、夕顔さんも昼顔さんも異世界の人だ。連れてくるわけにはいかない。

 僕が手伝って自力出産したことにしよう。

 嘘は付いていない。みんな本当のことだから……

「分かったよ……、ありがとう。近いうちに役所に行ってくるよ……」

「……、なに言っているのよ!早い方がいいんじゃない……、学校も行かなければダメでしょう……」

 姉貴は、やっと目覚めたのか、夏子を抱きながら、僕を睨んで言った。

「……、学校……、……」

 そうか……、戸籍を作って認知したのなら、日本人として義務教育をまっとうしなければならない。

 夏子を八歳としたので、小学校二年生だ。

「とても二年生には見えない……」

 しょせん夏子は異世界の子供、この現実世界では馴染めないのか……

「……、学校はいいよ……、今まで行っていなかったし、学校行かなくても、夏子はお利口さんなんだよ」

「何、バカなことを言っているのよ……、あたしが、ちゃんと連れて行ってあげるから……、なっちゃんも学校行きたいよね!」

「おねえちゃんとなら行きたい……」

「なっちゃんは、偉いねー」

 子供を持つ親の気持ちが少し分かったような気がする。心配で目が離せない。僕も学校について行きたい気持ちだ。


 翌日……

 考えあぐねて、決心が付かなかった。

 もし、小学校に通っていたら、一か月も経たないうちに中学生になってしまう。

 そんな事になってしまえば、夏子は化け物だ……、すぐに小学校から追い出されてしまう。

 そうすると、戸籍を作らない方がいいのかも知れない。

 やっぱり、夕顔さんのいう通りに、異世界に帰って赤子をボロボロ作って暮らそうか……

 考えは、巡り巡って元に戻ってしまう。

 でも、今日は昨日母に言ったように、お店を手伝うことにした。

 午後……

 僕の横で父親がたこ焼きを焼いている。

 夏子は、僕の後ろで、椅子に座って詰まらなそうに外を見ている。

「お前も苦労したんだな……、……」

 父親が、ポツリと言った。

 あれから両親は何も訊かない。失踪したという月見のことも、夏子のことも……

「……、そうだよ……、親の気持ちが痛いほど分かったよ。子供を持つって、苦労を背負い込む事なんだね。お父ちゃんにも苦労を掛けたね……」

「いや……、幸せな事もあるさ……、……」

 昼下がりの午後、客足も途絶えて、一息ついた時の会話だった。

 お客さんが二人、店の前で止まった。

「……、ひ、昼顔さん、夕顔さん……!」

 夏子は店を飛び出した。

「お乳、お乳……、お乳……」

 それを昼顔さんが抱きかかえた。

「ちょっと、二人とも、どうしているんですか?」

「ご挨拶だね……、お前が呼んだんだろう……」

「いえ、でも……、どうして……、でも、昼顔さん、その格好ではまずいですよ!」

 二人は、異世界の時と同じ格好で、昼顔さんは短な膝上しかない赤い着物で襟元をはだかせて立っていた。それを夏子は、さらにはだかせ、お乳を出して口に入れた。

 夕顔さんは、いつもの絹の白小袖を着て怪しげな笑みを浮かべて立っていた。

「お、お、お前の知り合いか……?」

 父親は、二人のその美しさに圧倒されたのか、昼顔さんのはだけた胸元に引き付けられたのか、注視して動かなかった。

「……、お父ちゃん、二人を家に連れて行くから、お店、見ていてよ……」

 

 家の中では、母が二人の異様な姿を見て、顔を引き攣らせて僕を睨んでいた。

「あ、あおちゃんの知り合いかい……?」

「そう、そうなんだ……、お寺にいた巫女さんなんだ。巫女さんというのも可笑しいけど、古い古いお寺だったから、こんな格好だけれど、夏子の出産の時に手伝ってくれたので、証人として呼んだんだ……、今晩、泊まっていってもらうけどいいよね……」

「……、いいけど、この家に客間は無いよ……」

「……、そう、そうだね……、僕の部屋でいいよ……」

「蒼ちゃんの部屋……、……」

「あ、あ、それは、ないよね……、お姉ちゃんの部屋で泊まってもらうよ……」

「そうだね……、狭いけど……」

 僕は、急いで姉貴の学校に電話して、早く帰って来てくれるように頼んだ。

「……、わたし、そこで寝てもいいかしら……」

 夕顔さんが、ソファーを指さして言った。

「そうだね……、まだお昼だから眠たいよね……、でも夕顔さん、着物の下、裸だよね……、親が興奮するから……、姉貴の部屋で寝ててよ」

「おい、お前……、お風呂があるだろう……、前に話していた、自然にお湯が沸き出てくる……?」

「あ、あるよ……、自然とは行かないけど、すぐにお湯になるんだ……」

「こんな汚い世界に来て、息が詰まるよ!お風呂でも入って身を清めるんだ……」

「お、お風呂だね……、お母ちゃん、お風呂のスイッチ入れてくれる……」

「……、……、あいよ!まず、お風呂だね……、支度するから、少し待っててもらって……」

 母は、驚きながら、戸惑いながら、お風呂場に逃げるように行ってしまった。


 僕は、二人を2階の姉貴の部屋に案内した。

「ベッドだわ……! 気持ちよさそうね……」

「……、夕顔さんはベッドを知っているの?」

「何でも知っているわ……、でも見るのは初めてよ」

 夕顔さんは、その場で白小袖を脱いで、ベッドに入って、掛け布団を掛けた。

「やっぱり、気持ちいいわね……、帰りたくなくなっちゃうわね……」

「いい気なもんだね……」

 昼顔さんも、夏子を抱いたままベッドの隅に座った。

「これは、凄い! ぷかぷかしているね……」

 体を揺すってベッドを揺らす。

「僕、お店を見てくるから、何処にも行かないで、ここにいてよ!」

「……、分かったよ、しっかり働いておいで……」

 

 どうして、僕の思っていることが異世界まで伝わったのか分からないが、異世界というだけ、不思議なことばかりだ。

 でも、これで出産の証人ができた。戸籍を作るのに問題は無くなった。

 でも、夏子はこの世界でやっていけるのだろうか?


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