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29. 故郷の変わらない街

(故郷の変わらない街)


 ロープウェイを降りて街に来た。

 早速、スパーマーケットの衣料品コーナーで、夏子のTシャツとズボンとパンツと靴下と靴を買った。

 クレジットカードがまだ使えて良かった。

 これで実家まで帰れる。

 駅に着いて、電話を探した。スマホは完全なバッテリー切れ、電気屋に飛び込むことも考えたが、それよりも早く帰りたかった。

 とにかく、生きていることと、今から実家に帰ることを知らせようと思った。

「……、僕だけど……、今から家に行こうと思うんだけど……」

「……、誰……、……」

「僕だよ……、俺おれ詐欺じゃないよ……、蒼だよ!」

「蒼……、あんた、生きていたの……?」

「ご挨拶だね……、生きているさ!」

 電話に出たのは、姉貴だった。

 姉貴が家にいるという事は、そう言えば今日は土曜日だった。

「今まで、何処行っていたのよ!」

「それには深い事情がありまして、帰ったらゆっくり話すよ……、それで、みんな元気……?」

 みんな元気と聞いて、少し安心した。

 僕が脳天気で過ごしている間に、悲しい事が起きていたら、一生後悔しただろうに……

 これで、この世界を離れてから一年、何も変わらずに戻れる。

 何も変わらないという事は、無職のままなんだ。

「あー、就職口を探さないと……」

 気が重く息苦しさを感じた。

 それでも、帰ろう……


 夏子は、たくさんの人を見ても、鉄の箱の電車を見ても驚かなかった。

 一瞬のうちに順応してしまうのだろうか?

 子供の無限の可能性を感じる。

 それとも夏子だけが特別なのか。

 それでも、電車を乗り換え五時間、夏子は疲れたのか眠たそうに電車に揺られている。

 生まれ故郷に着いたのは、もう夜の9時を回っていた。

 駅からそんなに離れていない所に懐かしい我が家がある。

 実家は両親共働きで、たこ焼き屋を営んでいる。

 僕はそこの長男だ。でも、すぐ上に姉貴、朝子がいる。

 姉貴は小学校の先生をしている。


「ただいまー、……」

 帰り辛い家だ……、でも、帰らずにはいられない。

 お店の入り口は営業時間外とあって閉まっていた。

 母屋の玄関から入る。

 誰も出迎えてはくれなかった。

 玄関にリュックを放り投げ上がる。

 リビングには、いつもの風景があった。

「ただいまー、……」

 もう一度、声をかける。

「……、可愛い子だね。何処の子だい?」

 テレビを見ていた父親が、笑顔で訊く。

 その声で、キッチンで夕食の後片付けをしていた母が出てきた。

 お店を営んでいるので、夕食は遅い。

「お帰り、可愛い子だね!何処の子?」

 母が同じことを訊く……

「僕の子だよ……、……、夏子と言うんだ……」

 夏子は、笑顔もなく何も言わなかった。

「お、お、お前……、いつの間に……」

 母が、引きつった顔で、それでも笑みを浮かべて、僕を睨む。

「……、まー、2年も3年も音信不通なら子供くらいいるさ……」

 父親が全てを分かったように笑顔で言う。

 姉貴が、2階から降りてきた。

「可愛い子だね……、何処の子かな……?」

「……、蒼の子だって……、名前は夏子、なっちゃんだね」

 僕より先に、母が説明してくれた。

「……、お乳……、お乳……」

 夏子は、姉貴を見るなり、抱きつこうと姉貴の両足に絡みついた。

 姉貴は、跪いて夏子を抱きかかえた。

 何年振りに見る姉貴は、まるで昼顔さんだった。

 胸は大きく、髪は黒々と長くロングヘアー、後ろで一つに結んでいた。こんなに綺麗だったのかと我が目を疑った。

 姉貴は、ポンチョのようなモコモコのゆったりとしたパジャマセットを着ていた。夏子は、その裾を捲り上げお乳を出した。ブラジャーは、着けてなかった。

「……、え、ダメよ……、お乳でないよ……」

 それでも、夏子は乳首に吸い付き夢中で吸っている。

 でも姉貴は、それを拒まず抱き寄せ……、嬉しそうな笑顔で、僕に聞く……

「この子、お腹空いているんじゃないの?」

「駅で、蕎麦を食べて来たけど……、もう、おねむじゃないかな……?」

「……、お風呂、沸いているよ!」

 母が気遣って沸かしてくれていたのか、いつもながらありがたい。

「じゃー、お腹はいいのね……、なっちゃん、一緒にお風呂入ろうか?」

 姉貴が嬉しそうに言うと、夏子は大きく笑顔で頷いた。

 二人がお風呂場に消えると、すぐに夏子の話になった。

「……、奥さんはどうした……?」

 父親が笑顔で責める……

「……、……、それが、なんて言っていいのか、複雑で、行きずりの子で、夏子が生まれると彼女は消えた……」

 決して嘘は付いていない。確かに本当の事なのだ。

「じゃー、奥さんに逃げられたのかい……?」

 母が、今日の残りのたこ焼きとお茶を持って来てくれた。

 僕は、この話から逃げるように、たこ焼きを食べた。

「美味しい!何年振りかな?やっぱりうちのたこ焼きは最高だよ!」

「それでどうするんだい……、あの子は……?」

 母が僕の前に座って心配そうに訊く……

「僕が育てますよ!僕の子というのは、間違いがないですから……」

「何処のお嬢さんか、分からないのかい?」

「……、両親は流行り病で、二人とも亡くなったと言っていたよ。詳しくは聞けなかったけど、彼女の面倒を見ていた和尚さんが言っていたから、天涯孤独の身の上のようだった。それで、お寺に居たんだけど、和尚さんも亡くなって、頼るところもなくなって、帰ってきたんだよ!」

 嘘は言っていない。みんな本当の事なんだ。

「……、まー、いいさ……、蒼らしいよ……、こうして、生きて帰って来れば、な……、そう簡単にくたばっていないと思っていたがな……」

 父親は、それだけ言うと、またテレビに目を向けた。

「本当だよ……、今年3月に東京の大家さんから電話があって、ずーと帰ってないようだけど、部屋を確かめたいって連絡があったんだよ……」

「……、まだ、借りていたんだ!忘れていたよ……、それで、処分してくれた?」

「するわけないだろう!もしかして、帰ってくるかもしれないじゃないか?生きていればね……」

「……、彼女との生活が楽しくて、すっかり忘れていたよ……」

「呆れた子だよ! 会社も辞めたって言うから、それに山の道具が無かったから、山でも行って遭難したかもしれないって、警察にも届けたんだよ……」

「本当……、それじゃー、取り下げに行かないといけないね!」

「……、お前、行ってきておくれよ!」

「分かった……、東京の部屋も引き払ってくるよ……」

「でも、山に行ったというのは当たっていたよ。そこで、彼女と出会って、ずーと、彼女のお寺に住み着いちゃって、この有様さ……、仕事も辞めちゃったしね……」

 嘘は言っていない。みんな本当の事だから……

「……、心配かけちゃったね……」

「それで、どうするんだい……?」

「……、仕事も無いし、当分ここにいるよ。僕の部屋、まだそのままだったよね?」

 その時、夏子が裸で駆けてきた。

「あたしの着物……?」

「……、あ、ごめん、まだリュックの中だ……!」


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