21. 消えゆくもの
(消えゆくもの)
月見の横に絹の布に包まれた僕と月見の赤ちゃんがいる。
女の子だ。可愛い女の子だ。
「きっと月見の様に綺麗な女の子になるよ」
「そうかしら、でも私、この子が大きくなったら、針仕事を教えたいわ……」
「じゃー、僕は、台所仕事を教えるよ。それより先に名前だ……、何にしよう?」
「……、分からないわ?貴方は、何か考えてなかったの?」
「考えていたよ。でも、ちょっと問題があるけどね……」
「……、何かしら、言ってみて……」
「月見の過去を引きずるみたいで、気が引けるけど、夏子という名前……」
「いいわね!夏の季節の様に暖かく元気な子に育ちそうね」
「じゃー、夏子にしよう……」
月見は、深く頷いた。
「……、お婆さんたちは、どうしたの?」
「朝ご飯のお粥を食べて、帰ったよ」
その時、赤ちゃんがぐずって泣いた。
「……、きっとお乳が欲しいのよ」
月見は、疲れた体を引きずる様に起き上がり、白小袖をはだけさせ乳房を出して、泣いている赤ちゃんを抱き寄せ、胸に抱きかかえた。
赤ちゃんは、夢中で乳を吸っていた。
「美味しそうに飲んでいるねー」
「えー、……」
「どんな感じ……?」
「……、気持ちいいわー」
「僕がおっぱいを吸うのと、どちらがいいのかな?」
「えー、どちらも気持ちがいいわー、でも、お乳が出ていく感じは、温かな幸せな感じ……」
「月見……、幸せかい?」
「……、幸せよ……」
「よかった……」
僕は、月見の幸せだけを願っている。
そして、これからは、夏子の幸せも願っている。
いや、違う。僕が二人を幸せにするんだ。
その日の月見は、起きたり寝たりで、赤ちゃんにお乳をあげていた。
夜、月見の好きな豆腐とこんにゃくとお粥で食べた。
それからも、月見は夏子にお乳をあげて、寝たり起きたり……
僕はそれを見ながら、月見の横で、床の上で、ゴロリと寝転ぶ……
赤ちゃんの泣き声が聞こえる。
いつの間にか、夜明け前だ……
「月見……、夏子が泣いているよ……」
夢の中、僕は叫んだ様な気がする。
「月見……、赤ちゃんが泣いているよ……」
月見の気配のないのを感じて、泣いている夏子を見た。
「月見……、お乳が欲しいんだよ……」
僕は、少し起き上がって、月見の寝ていたところを見た。
「えー、月見がいない……、トイレかな……?」
寝ぼけた体を起こして、トイレの戸を叩く。
「月見、赤ちゃんが泣いているよ!」
中からは返事がない。胸騒ぎがする。中で倒れているのではないか?
「開けるよ!」
しかし、中には誰もいなかった。
だんだん、胸騒ぎが口元まで出てくる。
「月見!月見!月見……」
台所から庭に出るまで、月見を呼び続けた。
月見がいない……
どこかに出かけていて、時期に戻ってくるのだろうと、微かな期待で赤ちゃんのところに戻る。
でも、泣き止まない夏子をどうすることもできない。でも、夏子をそっと抱きかかえ、胸に抱いた。
それでも泣き止まない。お腹が空いているんだ。
その時、人影を感じで振り返ると、僕の後ろに昼顔さんが立っていた。
「泣いているねー!」
「月見がいないんです。赤ちゃんはお腹が空いているようです。さっきから、ずーと泣いています」
「……、そうだねー」
昼顔さんは、僕の横に座って、着物をはだけさせ乳房を出した。
「……、こっちにおかし……」
「お乳、出るんですか?」
僕は言われるまま、夏子をそっと昼顔さんに渡した。
夏子は、すぐに乳房に手を添えて乳首に吸い付き、美味しそうに乳を飲んでいるようだ。
「昼顔さん、どうしてお乳が出るんですか?赤ちゃんいるんですか?」
「……、いるわけないだろうー」
「でも、お乳ですよね……?」
「お乳だよ……」
「ちょっと僕も飲んでいいですか?」
昼顔さんの大きな右の乳房に顔を近づけると、ピッシャ、はたかれた。
「月見は、赤ちゃんを置いて、どこに行ったんでしょう……?」
不安な気持ちを、そのまま口に出してしまった。
「……、ここは、朱夏の怨念でできているから、朱夏の心が幸せで満たされれば、消えるのさ……」
「消えるって、もう帰ってこないという事ですか?」
「そうだね、あの婆さんたちも消えたからねー」
「え、お婆さんたちもですか?」
「一人残さずねー、いなくなった」
「ちょっと、夏子を見てもらっていていいですか?和尚のところに行って聞いて来ます!」
「……、いいけど、多分、和尚もいないよ!」
その声を背中で聞いて、お寺の方に駆け出した。
「和尚!和尚!、……」
いつもは、本尊に向かって読経をしている和尚がいない。あたりを見回し、台所も見た。
しかし、人のいる気配はなかった。
本堂に戻り、百観音を見た。今日の百観音は薄暗く僕を無視するように不気味に見えた。
「和尚もいませんでした……」
「……、そうかい……、やはりね……」
「……、月見は帰って来ますよね?」
「言いにくいけど、もう帰ってこないよ。お前さんが呼んでいる月見と言う女は、朱夏の怨霊なんだ。もう昔に死んでいるんだよ……」
「でも、ここに僕と月見の赤ちゃんがいます。怨霊なんかじゃないですよ!」
「……、そうだねー、朱夏の生まれ変わりかもしれないねー」
「そんな……、これから、どうやって夏子を育てればいいんですか?お乳はどうするんですか?」
「お乳は、あたしがあげるよ……、もう婆さんたちはいないから、ここで住むよ」
「ほんとうですか!それは、助かります!」
「いいさー、他にやることも無くなっちゃったからねー、この広い村にお前さんと二人っきりだよ」
「……、二人だけですか?違いますよ!夏子がいますよ」
「そうだったねー、……」
でも、夜になって、昼顔さんはいなくなった。




