20. 月見と赤ちゃん
(月見と赤ちゃん)
陣痛が始まったのは、夜のことだった。
僕はお湯沸かし、たらいを用意して、月見が用意した絹の布を側に置いた。
臍の緒を切る。小刀も火で炙って用意した。
夜明けにならないと、昼顔さんは来られない。
もし、夜明け前なら、自分が取り上げようと覚悟を決めた。
「月見、大丈夫か……!」
「……、大丈夫よ! 赤ちゃんが、外に出たがっているのよ……」
月見の顔は、痛みに耐えていると言うよりも、疲れて、やつれている感じだった。体も顔も汗一つかいていない。でも、時々苦しそうな表情になる。
「月見、大丈夫か……?」と声をかけるしか、なすすべがなかった。
無事産まれる様にと神仏に祈りたくなる気分だ。
「いや、心の中で祈っている……」
苦しい顔を時より見せる月見を側で見ていて、思わず月見の手を握った。月見はその手を離さなかった。
僕も離さない。
月見の息遣いが手にも伝わってくる。
このまま死んでしまうのではないかと心配になる。
どれだけ時間が過ぎたのかわからない。でも、もう、そろそろ産まれそうな気がする。
そんな時、月見の寝間にあの婆さんたちが、五人もぞろぞろ入ってきた。
「赤子は何処だ!何処だ!」
「まだ、産まれちゃーおらんよ!」
「しんどいことは嫌だよー!」
「しょうがないじゃろー!産まれるんだから……」
「産まれる前に殺しちまえー!」
「バカだねー、そんなことしたら、朝顔にもっと酷いことされるよー!」
僕は、婆さんたちを追い払おうと、月見の前に立った。
「男は邪魔だ!邪魔だ!あっちにおいき!」
婆さんたちに突き飛ばされて、月見から引き離された。
「でも、僕の子供ですから……」
婆さんたちは、大笑いした。
「……、あはは、誰の子だか分かるもんかい!和尚の子かもしれんぞー!」
「誰が愚僧の子だと言った!」
婆さんたちの後ろ、僕の更に後ろの庇の板の間に和尚も来ていた。
「和尚だ!和尚だ!和尚の子だよ!」
「あの和尚じゃー、赤子はできんよー!」
「あーあ、できんできん!むりじゃよ!」
「むりじゃ、むりじゃ!」
その時、立っていた和尚は縁側にどすんと座り込み怒り顔で大声で一喝した。
「かっつ!……、……」
その声は、騒いでいた婆さんたちを黙らせた。
そして、数珠を出し読経を始めた。
「まー、誰の子でもいいさー、赤子だ、赤子だ、久しぶりだねー」
「久しぶりだ!血を見るのも久しぶりだ!」
「ワクワクするねー、何が出てくるのか!」
「……、男は邪魔だ!あっちにおいき!」
僕は、婆さんたちに追い払われる様に、縁側に出た。
「何だい、この水は、お湯かい、……、もうー、冷めちまってるよ!」
婆さんの一人が、たらいの中に手を入れて言った。
婆さんたちは、次々に叫んで回った。
「……、これじゃー、使えん、使えん」
「お湯を沸かすんだよ。ぐらぐら煮えるまで沸かすんだよ!」
「たくさんだよ!和尚も座ってないで、手伝いな!」
「早くしな!早くだよ!」
僕と和尚は言われるまま、台所に急いだ!
「やってるねー、日が昇ったよ。間に合ってよかった」
周りが明るくなったと同時に、昼顔さんが現れた。
「……、昼顔さんが、呼んだんですか?」
「あー、夜ではあたしゃ手が出さないからねー」
「でも、あの婆さんたちで、大丈夫ですか?」
僕は心配になって訊いた。
「大丈夫じゃーないかねー、婆さんと言っても、女だからねー、昔は何人も赤子を取りあげている。それに私もいるからねー」
それでも不安に思っていたが、婆さんたちの勢いには、僕の入り込む隙はなかった。
ほどよくお湯が沸いたので、たらいに入れようとすると……
「何だい、このお湯は、ぐらぐら煮えるまで、焚いたのかい?」
「……、そんな、赤ちゃんが茹ってしまいます」
「馬鹿だね!それを冷まして使うんだよ!」
「……、殺菌ですか?」
「昔から、そうしてるんだよ!赤子を病気にしたくないだろう。もう一回、沸かしておいでー」
僕は急いで、また台所に戻った。
僕の後ろから、婆さんたちの騒ぐ声がする。
「男は使えないねー、使えるのは丸太ん棒だけかい」
「ありゃー、丸太ん棒より、牛蒡だよ!」
「牛蒡でもいいから抱かれてみたいねー」
「はーん、あんた、朱夏みて色気付いたかー」
「色気付いた、色気付いたー」
台所では、和尚が竈の火を見ていた。
「お湯は沸いているよ」
「……、ぐらぐら湧き立つくらい煮るそうです」
「ぐらぐらしておるぞー」
「そうですねー」
僕は、手に持ったお釜を和尚に渡し、竈のお釜を持って、婆さんたちの所に持って行った。
赤ちゃんは、まだ産まれない。
たらいにお湯が溜まると、和尚はまた縁側で読経を始めた。無事出産の祈願をしてくれているようだ。
僕は、落ち着かない気持ちの中で、台所にいって、朝食のお粥を囲炉裏で煮た。婆さんたちにも食べてもらおう。
「産まれるよー!」
婆さんの声がする。
「いよいよか……、……」
何が産まれるのか、口にはしないが、その不安は常々頭の中を巡っていた。蛇が出るのか、鬼が出るのか、それとも……
婆さんたちは、月見を囲って座っていた。その後ろに昼顔さんが立っていた。
僕は、恐る恐る昼顔さんの横に並んだ。
「産まれるよー!」
婆さんの声と共に、産声が聴こえる。元気の良い産声だ。
僕は見た。月見から産まれ出て来る子は、人の形の赤子だった。
「おや、女だねー、……」
婆さんの中の一人が呟いた。




