17. 二人の暮らしと篝火とお風呂
(二人の暮らしと篝火とお風呂)
お昼過ぎ、木々の影が庇にかかる頃、月見は白小袖を着て、台所に現れた。
「よく寝てたね……、これから、晩ご飯の支度をしようと思っていたんだ」
「あら、私は月見よ……、起きて出てくるには、早いくらいよ……」
「そうだね。……、月見が寝ている間に、和尚さんが、こんにゃくと醤を持ってきてくれたよ」
「ホント、嬉しいー、早く食べたいわー!」
「じゃー、少しだけ……」
僕はアク抜きで茹でていた、こんにゃくの玉を一つ出して、包丁で薄く一口大に切って、お皿に盛って、醤をかけて、月見の前に置いた。
月見は箸で上手に取って口に入れた。
「美味しい……、……」
「……、美味しいって、わかる様になったんだね」
「ええー、分かるわー、この味覚えているわ。柔らかくて、ぷりぷりして、シャキシャキ食べる感じ……」
月見の嬉しいそうな笑顔が、僕の心を和ませる。
「今日の晩ご飯は、こんにゃくと里芋と大根を醤で煮付ようと思っているんだ。牛蒡も入れよう」
「嬉しい……、それに、その着物、似合っているわ!」
「そうかい……、仕立てがいいから、僕も気に入っているよ。できたら、もう一枚欲しいな?洗い替えに要るから……」
「そんなことは、お安いご用よ。反物もたくさんあるから、明日にも仕立ててあげるわ」
月見は嬉しそうに、僕を見ながら、笑いながら、話してくれた。
「ホント、そんなに急がなくてもいいけど、嬉しいよ!」
「私からも、お願いしていいかしら……」
「なんなりと、言って欲しいよ。月見のためなら……」
「本当にいいかしら……?」
「いいとも……」
「私、お風呂に入りたい……」
「……、お風呂……、今から……?」
月見は、こくりと頷いた。
昔の人たちが、何故、お風呂に入らず、行水やお湯を掛けるだけの湯浴みで過ごしていたのか、その理由が分かった。桶にお湯を溜めるのが大変な重労働てあることを知っていたのだろう。現代の様に蛇口からお湯が出てくることはない。せめてできることは、たらいにお湯を入れ体を拭くことの方が合理的だ。
「でも、今からだと夜になっちゃうよ……」
「……、篝火を焚きましょう!私、あの篝火が好きなの、夜の闇を篝火の炎が照らして、見える物が皆んな浮き出て見えるの、綺麗よね!」
月見は、焚き火フェチなのかと思いつつ、篝火に幽幻に照らし出される月見の裸を想像して、僕も篝火に照らされるお風呂に月見を入れたくなった。
「……、じゃー、お風呂、沸かしてあげるよ。それと篝火だね」
さー、忙しくなった。お風呂は、昨日の桶の水を半分に減らして、少し熱いお湯を足して温めることにした。空の桶からお湯を足すより労力は半分だ。
その間に、晩ご飯も作らなければならない。おまけに篝火の用意も要る。
でも、何故か楽しい。お祭りの時の夜の様に、花火を出す子供に戻った感じだ。
篝火に照らされているお風呂ができたのは、ずいぶん暗くなってからのことだった。
お釜のお湯を次々に足して、9回、台所と風呂桶を往復した。
その間に、晩ご飯も食べた。こんにゃくがこんなに美味しいものとは知らなかった。
でも、しかし、疲れた……
今日は、朝から、昼顔さんや和尚さんとめずらしくお客が来たせいか、それとも薪割りをしたせいか、……、いや、やっぱりお風呂にお湯を足すのが一番体にこたえた。
でも、僕の働きを見て痛ましく見えたのか、月見も手伝ってくれた。井戸の水を手桶に入れて持ってきてくれたり、薪を運んだりと大活躍だ。
「月見、もうー、お風呂、入れるよー!」
「本当に……、……」
月見は台所の中から、手桶を持ったまま出てきた。
「ちょっと、ぬるいかも知れないけど……」
「私、入る……」
月見は、庇の上にあがって、着ていた白小袖を脱いで、風呂桶の側にいた僕のところに裸で駆けてきた。
「お風呂入れて……」
篝火が幽幻に裸の月見を照らす。
「まだ、入っちゃ駄目だよ!その長い髪を上げないと……」
「じゃー、髪をあげて……」
「はいはい、お姫様……」
月見はやっと届いた桶の中に手を入れて、お湯の熱さを見たい様だが、背伸びをしても、お湯には届かなかった。
僕は自分の帯紐を解いて、月見の背中に回って、長い髪を根元で束ねて紐で縛り、それを何回か捻って、余った紐で縛って上げた。
それから、月見を抱えて風呂桶の縁に座らせた。
月見は、自分から足を上げて、くるりと回って、ザブンとお湯の中に入った。
「気持ちいいわー!……、篝火が綺麗よー!」
時より吹く風が篝火の炎を揺らし、火の粉が花火の様に舞い上がる。パチパチという音が、雅楽の調べの様に静かな庭にこだまする。
「そうだね……、……」
月見の方が綺麗だよ、と言おうと思ったが、余りにもありきたりな台詞なのでやめた。
しばらく、裸の月見を見ていると……
「貴方は入らないの……?」
「もちろん、入るよ……、でも、狭いからな……」
「大丈夫よ、昨日も一緒に入ったから……」
「そうだね……、……」
それは、そうなんだけど、こんな夜遅く、篝火に照らされて、月見と一緒にお風呂なんかに入ったなら、僕のこの気持ちを抑えられそうにないから……
でも、僕は、庇の上に着物を置くと、裸で月見のところに駆けていった。




