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14. 朱夏と蒼とこんにゃく

(朱夏と蒼とこんにゃく)


 夜明け前、寒いと思って目が覚めた。

 僕は床に裸で寝ていた。

「あのまま、寝てしまったんだ……」

 食べかけの西瓜がそばにあった。

 月見は、西瓜を夕顔様に持っていくと言って出て行った。

 お風呂を何時間もかけて沸かしたから、心身ともに疲れていたんだ。もっと簡単にお風呂を沸かす方法を考えよう。

「……、あら、起きていたのね」

 その声で、寝たまま体を転がして月見を見た。

 月見も裸のまま帰って来た。

「今日は、また戻って来たんだね」

「……、そうよ、もう何処にも行かないわ。ここで暮らすの……」

「ここは、もともと月見の家だよ」

「……、そうだったわね」

 夜明けの薄暗くボケた光が月見を照らす。

「今日は、何するの?」

「今日は、薪割り……、でも、朝ごはん食べてから……」

「朝ごはんは、何……?」

「西瓜、……、昨日の残り……」

 月見は、不満そうな顔を見せた。

「じゃー、玄米を炊こうー、昨日、水に漬けておいたまんまだから、玄米を炊いて、お味噌汁だ!」

「私、こんにゃく、食べたい……」

「え、こんにゃく、あるの?」

「和尚さんの所にあるわよ」

「ほんと、じゃー後からもらいに行こう、でも、まずは、着物を着てからね……」

 僕は、起き上がり裸の月見の手を取って、昨日、脱ぎ散らかした着物を月見に着せた。

「僕も着物が欲しいな……」

 この屋敷とこの時代、洋服を着ているとしっくりこない。ここにいる人は、みんな着物だから……

「それなら、私、縫ってあげるわ」

「ほんと、嬉しいよー!」

 朝食ができるまでに一時間以上の時間がかかる。

 火を起こして、玄米をお釜で炊いて、囲炉裏で鍋に牛蒡と里芋と入れてお味噌汁を作る。ただこれだけの事に、一生懸命だ。

 でも、それでいい、会社に行くわけでもないから。

 今日も晴れだ。ここに来て雨を見ていない。

 鳥の鳴き声も、虫の声も聞いていない。

 暑くもなく、寒くもない。

 不思議な所だ。

 そう言えば、何もかも不思議な事ばかりだけど……

 朝食を食べてから、薪を割って、午後からは、和尚さんの所に行った。

 月見は、僕から離れず、僕のする事をじっと見ていた。

 昼下がり、月見を連れて寺に行くと、和尚は相変わらず読経をしている。

 その後ろから声をかけた。

 和尚は振り返り、月見を見てびっくりした様子だった。

「朱夏ー! どうして、また現れたー」

「私は、月見よ……」

 月見は和尚を見て笑顔で答えた。

 和尚は少し時間をおいて、俯きながら……

「……、そうだったな……、朱夏は死んだんだった」

 僕は、話題を反らす様に……

「和尚さん、月見が、こんにゃくを食べたいと言うんで、こんにゃくは、ありますか?」

 和尚は、戸惑った様子で……、僕たちから目を反らして答えた。

「……、こんにゃくか? こんにゃくどころか、もう何年も食べ物を口にしていない。どうせ死ねないんだ、食べる必要がないからな……、でも、瓜と西瓜は、美味しく頂いたよ……」

 和尚は、月見から逃げる様に目を反らし、僕たちに背を向けて、また読経を始めた。

「……、丸のみを借りていいですか?昨日の丸棺に栓を付けたいので……」

 和尚は背を向けたまま……

「持っていきなされ……、それと、村でこんにゃく芋をもらって来なされ、愚僧が作ってしんぜよう」

「本当ですか? ありがとうございます!」


 早速、月見を連れて村に向かった。

 もう昼下がり、太陽は斜めに照らしている。

 急がなければ、日が暮れる。

 いつもの老婆たちの家に着くと庭先にいた老婆たちが、血相をかいて、慌てふためき転げ回って、昼顔さんの後ろに隠れて、五人揃って小さくなってしゃがみ込み身を寄せた。

「朱夏、朱夏、朱夏だ!」

「……、助けておくれよ!怖いよ……」

 月見は、僕の後ろから付いてきていたが、老婆たちを見ると走り出し、僕を抜いて、昼顔さんの前にたった。

「そうよ! 朱夏よ!あんた達に殴り殺された朱夏よ!」

 月見の顔が変わった。鬼の様なぎょうそうになって、昼顔さんの後ろに小さくなっていた老婆たちに掴み掛かろうとした。

「ひーえー! 助けて……、……」

 老婆たちは、一斉に走り出し、転げ回って、家の中の奥の隅に追いやられた。

 月見はゆっくり歩いて、家の中に入っていった。

「ひーえー! 許しておくれ……、助けておくれ、もう痛いのは嫌だよー!」

「許さない! 許してなるものか!苦しめー!もっと苦しめー! 私の受けた苦しみと痛みを永遠に味わうがいいー!」

 月見は、一人の老婆に掴み掛かろうとした。

 僕はそれを後ろから羽交締めにして押さえた。

 そして、老婆たちから引き離して、抱き寄せた。

「月見……、そんな事を言ってはダメだよ。月見は、もう朱夏ではないから……、月見は、月見だ……」

 僕は月見に諭しながら、歩きながら、抱きかかえて家を出た。

 庭先には昼顔さんが一歩も動かず、じっと今までの経緯を見ていた。

「すみませんでした。こんな事になるとは思っても見ませんでした。連れてくるんじゃなかった……」

 僕は、昼顔さんの顔を見ない様に、月見を抱きかかえながら、昼顔さんの前を通った。

「……、いいんだよ。彼女が何をしようと、婆さんたちは死ねないんだから、ほっといて気の済む様にやらせればいいのさ……」

 僕はその言葉で昼顔さんを見た。

「……、あの婆さんたちは死ねない。例え、腕を折られても、首をもがれても、その苦しみと痛みの中で数日後には、また元に戻るんだ。昔、あの婆さんたちが、崖から身を投げ、死のうとした。岩に叩きつけられ、体はボロボロになっても、数日後には這い上がってきたよ。だから、いいのさ……」

 話の終わりに、昼顔さんは、寂しい笑いを僕に向けた。

「怖い話ですね……、昔、地獄絵を見たことがあります。死んで地獄に落ちた人は、毎日鬼たちに攻め殺され、でも翌日に元の体になって生き返ると……、それを永遠に繰り返していく……」

 僕は、また帰り道を急いで、でも歩いて進んだ。

 少し経って、背中から昼顔さんの声が聞こえた。

「……、何か用があって来たんじゃないのかね?」

 僕はその場で、少しだけ体を昼顔さんの方に向けて……

「和尚さんに訊いて来たんです。こんにゃく芋があるって……」

「珍しいね……、あるにはあるけど、土の中だ……、明日、掘り出して持っていくよ!」

「それなら、和尚さんの所にお願いします。こんにゃくを作ってくれるそうですから……」

「……、あいよー!」


 もう、日が暮れる……、あれから月見は一言も喋らなかった。

 カラスの鳴き声一つしない夕暮れ時だった。


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