プロローグ
午後6時30分、日暮里駅の改札を抜ける人々の流れは途切れることがない。オフィスからの帰路を急ぐ人々の顔には、仕事の疲れと家路への安堵が混じり合っていた。
高井卓也は人混みの中でネクタイを緩めながら、いつもと変わらない帰宅の電車を待っていた。スマートフォンの画面を眺めつつ、無意識に腕時計を確認する。その視線の先に見覚えのある顔があった。
三宅美咲は高井の少し後ろのホームで列車を待っていた。高井と目が合ったが、彼女は微かに頭を下げただけで視線をそらした。ピンクのスーツが人波に紛れ、すぐに見えなくなる。
一方、改札を通らず駅周辺でうろうろしているスーツ姿の男がいた。小林徹也だった。スマートフォンを片手に、誰かとメッセージをやり取りしている様子だが、その目は周囲を警戒するように動いていた。
「間に合うはずだ……」
彼は人混みを抜け、ふらりとホームに消えていく。
午後6時50分 北千住駅では、帰宅ラッシュの人々が次々と列車を乗り継いでいた。常磐線快速のホームでは、三宅美咲が駅の時計を見上げていた。
「もう少し早ければ……」
彼女の目には焦りの色が浮かんでいたが、何を急いでいるのかは誰も知らない。スマートフォンを取り出して何かを確認した後、ホームの端に向かっていった。
一方、別のホームでは高井卓也が座席に腰を下ろし、スマートフォンに目を落としていた。
午後7時13分 南千住駅を出て荒川河川敷に向かう足音がひとつ、暗闇に溶け込む。月明かりに照らされた草むらの中、人影がひとつ、立ち止まっていた。
その影は手に何かを握りしめ、遠くの街灯を見つめていた。河川敷はほとんど人気がなく、時折遠くを走る車の音が聞こえるだけだった。
やがて、スマートフォンの画面が暗闇に浮かび上がる。誰かがSNSに投稿をしているようだった。
午後7時46分 北千住駅の乗り換えホームは再び人で溢れていた。吉岡真一も他の乗客と同じく北千住駅で乗り換えた。車内で腕時計を確認しながら、小さなため息をつく。彼のスマートフォンには複数の通知が届いているようだが、すぐに画面を消した。
午後8時05分、小林徹也は南千住駅前を歩いていた。その動きは急いでいるようにも何かを避けているようにも見えた。
午後8時50分 その夜、荒川河川敷を散歩していた近隣住民が警察に通報した。「人が倒れている」と。到着した警察は、被害者が岩田慎一であることを確認する。彼は仰向けで血まみれの状態で倒れており、近くには、被害者のスマートフォンが画面を下にして落ちていた。最後のSNS投稿は午後7時41分。晩秋の少し冷たい風が荒川の河川敷に吹いていた。