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月の宮異聞  作者: WR-140
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黒い城

「なあ、何の話だよ、オルテア?この嬢ちゃんを知ってるのか?」

「そうですね。彼女の叔父上にはお会いした事があります。面白い方で、音楽や学問に造詣が深く、上下貴賤には全く拘られませんでした。」

「あー、そりゃハナシがわかりそうな御仁だが、ここじゃ出世できそうもないな。」

オルテアから渡されたカップを両手で握り、千絵はガラムを見上げる。

立っていても座っていても、2人の体格差は相撲取りと小学生以上である。

「ここって、どんなところ?」

ガルムは、4本の腕で腕組みし、考え考え答える。

「そうさな、まあ、生まれで全てが決まっちまうってのが、一番分かりやすい説明かもな。」

「生まれって、家柄とかそういうこと?」

「まあ、それもあるが、要は実力っつうか、腕っぷしっつうか…」

「戦闘力がもっとも重視されますね。」

「おう、それだ。」

「戦闘力…。」

千絵は首を傾げた。

「生まれつきの戦闘力ってこと?そんなに単純なの?」

「単純っておめえ、まあ、そうかもな。分かりやすくはあるが、持って生まれた力が全てってことだから、俺みてーのは一生下働きってこった。」

「でもさ。ガラムさん、すごく強そうじゃない?」

「あ、いや、俺なんぞ。おい、オルテア?説明してくれや。」

何故か頬の辺りを少し赤くして、ガラムはオルテアに助けを求めた。

オルテアは苦笑して、自分のカップをテーブル石に置く。

サラサラした長い金髪が着衣を滑って、輝く光の帯が幾重にも重なった。彼も魔族である筈だが、その姿は神話のエルフに似ている。

耳の形を除いて、だが。

「戦闘力は色々ありますから。力がいくら強くても、大規模な殲滅魔法の前では無力でしょう。」

「そうそう。とんでもねー魔力持ちがわんさかいてな、俺みたいなのは瞬殺されちまう。つまりそういうこった。」

「我々は、姿形もバリエーションが豊富です。人間に酷似した者もいれば、かけ離れた姿のものもいる。ガラムさんはまだ人間に近いですが、昆虫や爬虫類にしか見えないものもいますよ。」

「そうなのね。楽しそうだわ。」

「…あなたにとってはね、巫女姫。しかし、滞在していただくのはいいのですが、知っておいていただきたいことも多いのです。この世界はね、人間、ことにあなたのような能力を持つ人には危険なので。」

「そうだぜ、千絵。だから急いでここに連れて来たんだ。」

「どういうこと?」

「大抵の魔族にとって、あなたは大変魅力的なのです。()()としてね。」

「……。」

彼女は、黙って2人を見つめた。

「それだけじゃねえ。怪しげな実験やら、売春宿やら、おまえを捕まえて売り飛ばす先はいくらもあるだろ。」

「だから、あなたはこの岩屋から出てはいけません。この世界があなたにとってどれほど危険な場所か、叔父上から聞いてはいませんでしたか?」

「聞いていました。だから、ここに来たのは最後の手段でした。」

「おめえ、そこまでして一体何から逃げてるんだ?」

ガルムが心配そうな視線を向ける。

界を越えた命懸けの逃亡は、単なる家出と言うにはあまりにも常軌を逸している。

「…夫から。」

「は?夫婦喧嘩か?い、いやそれより、おめえ結婚してたのか!」

「そこそんなに意外?兎に角、夫から逃げてここまで来たんです。どうしてもそうしないといけなかったから。」

決意を目に込め、彼女は昂然とガルムを見返した。

「賢明な選択です。」

と、オルテア。

「だけど、彼は…。ごめんなさい、迷惑、ですよね。」

「迷惑だなんてとんでもない。この場所は特殊なので、そう簡単には見つからないでしょう。しばらくはゆっくりと身体を休めて下さい。」

彼は柔らかく微笑んだ。

「おー、そういやオルテア、この場所なんだけどよ、大丈夫か?」

「何がですか?」

「いやあのな。ここって、〝黒の岩山〟の地下だ。ってことはよ、この上にはあの大層な城が乗ってるわけだ。」

「お城?」

「おうよ。でっかい黒曜石の岩山を削って造った城でな。俺はその城の門番なんだ。中に入った事はないが、とんでもなくキラキラしい城だってウワサだ。でよ、でっかいってことは、重たい。そうだろ?」

「まあそうなりますね。」

「でよ、この岩屋、あんまり頑丈そうには見えねーわな?それなのに、広い。とにかく広い空洞だあな。その上に、あのでっかい城だぞ?おかしくねーか、何で崩れないんだ?基礎工事とかどうなってやがる?普通よ、鉄骨かなんか打ち込んで造るだろうが?」

物理法則はあちらとこちらでそう変わらないなら、当然そうだろう。

ガルムはなおもぶつぶつ言いながら、うす気味悪そうに天井を見上げる。

釣られて千絵も天井を眺めた。

この上に、城?

どんな城か知らないが、かなりの重量物であるのは間違いない。

だが、オルテアは1人平然たるものだ。

「まあ、大丈夫じゃないですか。」

「な、何でだよ?」

「ここは地下牢として使うために作られた空間です。特殊な場所、と言う理由は、この世界にありながら別の場所にも存在している、隔絶された空間という事なので、上物(うわもの)の重量は関係ないんですよ。」

「そ、そうなのか?うーむ、わかったようなわからんような…。」

「内陣の闇みたいな…」

「そうです。」

「あら、ご存じなのね。ても、ここにはあそこみたいな禍々しさはないわ。むしろとても清らかな場所に見えます。」

「制御系統の違いだけですよ。本質は同じものです。」

「魔力と聖力みたいに?」

オルテアは頷いた。閉じられたままの目の、長いまつ毛が一瞬きらりと光を彈く。

聖画に描かれた天使さながら、それはこの場所同様、清らかな姿だった。

そもそも、魔だの何だのと形容する事自体が片手落ちである。

この世界には、多彩な姿かたちと能力をもつ住人がいるだけの話で、聖邪の分類は無意味なのだ。

聖力も魔力、呪力も、発現系統が異なるものの、全て精神の力に由来する。

だがらリヒトの国スロヴェシアで、あのネクロマンサー、レティシアナ・ダルカスが聖女と呼ばれていたのも、あながち的外れではない。

問題は力そのものではなく、使い手の人格と、いかにそれを制御するかがより重大でなのだ。

「制御…。」

ポツリ、と彼女は呟いた。

あの、力。

神族としてさえ破格の力を制御するため、彼は物心がつく前からどれほど過酷な環境に耐え続けたのだろう?

あの異常な執着心もまた、その産物であると知っていたが、彼女は結果からいうと、彼を裏切ったことになる。

そんなつもりはなかった。

しかし、他に方法はなかったのも確かだ。

「辛いですか?」

彼女は、黙って首を縦に振った。

「大丈夫です。龍一さんを信じなさい。彼はそんなに弱い人ではありません。」

面識はない筈。

しかし、魔族オルテアのその言葉は、何故か彼女の心を優しく包む。

だが。

「そうだ、龍一さんに飽きたら私の妻になるのはいかがですか?彼以上の快楽は保証しますが?」

半ば本気であることは、彼女の感覚が告げている。

さすがに叔父から聞いた通り、捉えどころのない人ではあるが、このタイミングでこう来るとは。

確かに、私は彼に慈悲を請わねばならない立場ではある。

だけど。

余りにも失礼でしょ?そうよね。

ならば、反撃あるのみ。


「冗談はやめて下さい、地下牢の番人さん。」

彼女は、すっと立ち上がった。

オルテアに向かい合って優雅かつ厳粛な一礼をする。

スパルタ式に叩き込まれた、神皇家の礼法である。人間の身体能力を無視した動きの習得は厳しかったが、演技にはかなり役だった。

「太陽と黒曜石の君であらせられる、いと貴き御方へ。神皇家内親王、千絵ブリュンヒルデがご挨拶申し上げます。」

オルテアは、柔らかく微笑んだ。

「ご挨拶をお受けしましょう、姫。」

「ありがたき幸せにございます。」

再度軽く礼をする。

彼女は、少しほっとした。

予期してはいたが、オルテアは全く気分を害した様子はない。

だが、困惑する者もいた。

「あのー、今のはどういうこった?」

ガラムは、2人を交互に見ながら、一本の手で顎の辺りを掻いていた。

「彼女は、本物の姫君だということですよ、ガラムさん。」

「ああ、そうなんだな。そこは何となく分かったんだが、さっきの、ホレ太陽と何だかのアレって、むかーしどっかで聞いたような。何だっけか?ムウ、思い出せねー。千絵、そりゃ何だ?」

彼女はとぼけることにした。

「地下牢の番人さんに会ったらそう言えって、叔父が。」

これは、嘘ではない。

ただし全面的に真実でもない。

「まあ、符牒みたいなものですよ。そんなものなくても、一目で分かりましたが。あの方の血に繋がる姫君であることは。」

一目でといいながら、彼の目はずっと閉じたままである。

「そうか。んじゃ、俺仕事に戻るわ。ごっつぉーさん、オルテア。」

2本の右手を軽く上げて、ガラムは返っていった。



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