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月の宮異聞  作者: WR-140
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優先順位

小食堂で、朝食の準備がととのったテーブルを見て、サーニは首を傾げた。

いつもなら、ここで食事をとるのはふたり、つまり盟主夫妻だけだが、セットされていたのは4人分である。

あと2人は、リューと、黒の宮だろうか。

盟主夫妻は、ここの使用人と食事をともにすることに全く抵抗がない様子だが、さすがに人間の使用人もガーディアンの多くも、盟主との会食は避けていた。

彼は、良くも悪くも苛烈な人物だ。

この宮ではくつろいでいることが多いから、言わば素の状態の彼が観察出来る。

だから、人間とのハイブリッドとはいえ、神族の血が色濃いことはすぐにわかる。

人外の絶対君主であり、帝王。

全身から滲み出るその気は、馴れ合いからくる侮りを許さない。まるで燃え盛る恒星のような存在感だ。目が離せないが、見つめ続けると視力を失いかねない。

だから強すぎる光輝は、敬遠されがちだ。

その彼に、まるで仔犬のように懐いている、バルト少尉のような例外もいるが、少尉はそもそもドラゴンである。

しかも最強クラスの。


小食堂を通り抜けて、その奥にあるキッチンスペースに向かおうとしたサーニだが、背後から呼びとめられた。

「おはよう、サーニ。君は、今朝はこっちでお願いしたい。」

振り向くと、盟主の姿があった。

彼が指さす先は、テーブルセッティングされた席のひとつだった。

「おはようございます、龍一さま。」

一礼して、サーニは意外に思った。

「そのお召しものは。」

一見して何の変哲もない、白いシャツとダークグレイの細身のズボンなのだが、これは宮廷の高級技官の制服だ。

この上に、部署別の上着を着用する。

 これは本当に、チート級だわ!ただの制服なのに、この方が着たら完璧なオートクチュール。誰でも見とれてしまう。

「野暮用だ。執務室へ行く前に、片付けることがある。」

「承知しました。」

 あの件かしら?多分そうだわ。龍一さまも大変よね。うーん、すっごく嫌そう。 

まあ、ムリないか。

その顔が罪ね。


あの件、とは。

盟主の素顔を知る人はごく少ないのだが、執務室近辺以外を訪問したい場合、盟主の仮面のままでは様々な不都合が生じるため、彼は上級医療技官としてのIDを使う。

非常勤だが、神原龍一名義の正規取得資格なので、当然住所登録もあった。

住所は、月の宮である。

神原龍一は、辺境の未登録人類居住圏出身で、盟主正妃の兄とされている。

本来なら、職員の住所その他は秘密扱いだが、彼の並外れた美貌に魅せられた連中は手段を選ばない。

結果、古式ゆかしいラブレターやプレゼントの山が送りつけられることとなる。

大抵のものは受け取りを拒否され、そのまま返送されたが、中には至って真剣な縁談の申し入れもあった。

上級医療技官ともなると、その優秀さは折り紙つきだ。数万倍と言われる競争を勝ち抜いた者だけが手にするIDには、ユニコーンのホログラムがあしらわれている。

試験など、盟主にとっては児戯にすぎないから、本人も気楽に受けただけだろう。

IDが取得できたらそれで良かったから。

が、全科目満点は、上級技官の歴史始まって以来、初の快挙だった。

つまり、極めて優秀な遺伝資源と公認されたわけだ。加えて由緒ある巫女の家系の当主ともなれば、家柄は申し分ない。

おかげで、上流貴族からの縁談が、降るように持ち込まれることとなった。不法侵入を試みて行方不明になったり、怪我を負ったりする者が続出する騒ぎも続いた。

「前からそんな感じだわ。私が彼の妻だと知ってても、縁談は来たもの。」

妃は淡々としていたが、サーニにとっては異常な事態としか思えない。

「失礼です。私が言うのも何ですが、リマノ貴族って、どこかおかしいですよね。」

「それ、リマノだけの話じゃないわよ。貴族だの財閥一族だのって、正気じゃ、やってけないんでしょ、たぶん。」

サーニとしても、同意するにやぶさかではない。特権階級の人間には、どこか一般の人からかけ離れた意識の持ち主が多いだろう。そして、その財閥一族がらみの事件が、ちょっと厄介だったのだ。


リマノの新興財閥、ロッシ家の一員であるガートルードという娘が、本宮秘書課に勤めていたのだが、たまたま数度見かけた医療技官、神原龍一に恋をしたのだ。

最初は遠くから見つめる程度だったが、それだけではダメになったのだろう。

ストーカーまがいの行動は徐々にエスカレートしていった。

だが、彼に相手にされるはずもなく、一方的な恋心はつのるばかり。

絶望した彼女は、死のうとした。

幸い未遂に終わったものの、その事実がスキャンダルとして広まってしまったのだ。

噂が噂を呼び、尾鰭がついて、あることないことが流布された。

弄ばれた挙句、男に捨てられた馬鹿な娘。

男好きのアバズレが、狂言自殺をやらかしたが、捨てられた、などなど。

彼女にとっては、耐え難い屈辱だ。


これに、烈火のごとく怒ったのは、彼女の祖父だった。

一代で財閥を築いた実力者で、各界に豊富な人脈を持っている彼は、愛する孫娘を追い込んだ男について、徹底的な調査を行ったのである。

神原技官の出自や現住所はすぐに判明した。

辺境にあるその故郷は、神族によってサンクチュアリに指定されているため、立ち入り自体が困難である。調べは難航を極めたが、情報のカケラだけでも、彼が卓越した経営手腕の持ち主であることは明白だった。更には、彼に妻がいることも。


 ある意味、とんでもないわよね。

結婚している男性を、離婚させてまで孫娘の夫にしようだなんて。

優先順位がおかしいわ。

だから、龍一さまが直接お断りに行かれる羽目になったんだった。

穏やかに終わるといいけど。


「どうした、サーニ?」

盟主に聞かれて初めて、彼女は自分がぼんやりしていたことに気づいた。

「僭越ながら、龍一さまも、大変だろうなと。」

我ながらストレートすぎるもの言いだが、盟主はこんなことでは怒らない。

「ああ。そうだな。厄介ではある。」

彼は苦笑して続ける。

「千絵に、嫌な思いをさせたくない。」

 あら、やっぱりそこなんだ。


「おい、龍一、なんだって千絵の部屋に結界なんぞ張る?」

突然、不機嫌な声が響いた。

サーニは入り口を振り向いて、絶句する。

 だ、誰?このイケメン?

それは、背の高い、若い男だった。

少しウェーブのある、プラチナブロンド。

白すぎる肌に、銀色にも見える不思議な色の目。

淡いグレイのシルクのシャツと、ダメージジーンズ。

 あら?この人、龍一さまに似てる?

「虫除けの結界ですが、何か?」

盟主の声は冷たい。

「なら、俺は入れるだろうが。」

侵入者はそう言うと、空いた席に掛けた。

「おはよう、サーニ。眠れたか?」

 こ、この方は!

「な、7代陛下?!ご無礼を。」

慌てて立ちあがろうとしたサーニを、黒の宮は身振りで制した。

「レヴィでいい。周りはそう呼ぶ。

龍一、俺はしばらくここに居るからよろしくな。」

「俺に拒否権はないんだろ。好きにしろ。家主は叔父貴で、俺は居候だし。」

「分かってんなら、もう少し家主に敬意を払え、居候。」

「害虫に払う敬意は持ち合わせない。」

 実の叔父上なのに、すっごくイヤみたい、龍一さま。それにしても、お二人とも、昨夜よりずいぶん砕けた口調だわ。

あー、見れば見るほど、目が喜ぶツーショット!眼福って、こういうことよねー。

 美的環境、最高の職場バンザイ!


「とにかく、千絵には手を出すな。」

「全く、お前はいつでも千絵ファーストだよな。兄貴といい、神原の巫女は神族キラーか。俺としちゃそんなつもりじゃなかったんだがなあ。」

「あんたが言うか。ミイラ取りがミイラになりかけてるだろうが。恥ずかしくないのか、姪を口説くとか?」

「朝っぱらからそう噛みつくなって。俺には、しおりがいる。優先順位は間違えないさ。あいつは、怖い女だが、あれでも結構可愛いからな。

お?フランツ、来たか。」

サーニは、どきりとした。リュー!

予期してはいたのだが。

「おはようございます、皆さん。」

形だけは全員にあいさつしたものの、彼の目は、ただ真っ直ぐサーニだけを見つめていた。

「おはよう、フランツ。まあ、座れ。」

着席するまでも、してからも、彼はサーニから目を離さない。

「また分かりやすい奴だな。」

からかい半分、黒の宮が口にした言葉すら聞いてはいないようだ。

リューも、サーニも。

サーニは、彼が現れた瞬間、彼の目から、視線を逸らせないでいた。

フサスグリの赤。

目に映るのはただそれだけ。

大好物である超絶美形たちも、文字通り眼中にない。

どうしても、彼から目が離せないから。

2人はただ無言で見つめ合う。


「でな、こいつも暫くここに住まわせるつもりなんだが。」

黒の宮は、小声で甥に告げた。

「良いんじゃないですか。熱心で優秀な、魔獣生態学者と聞いてるし、ここなら、研究対象に事欠かない。」

「しかし、今の彼の優先順位1位は、学問ではなさそうだが。」

「そのようです。」


至近距離で交わされる会話も、全く2人の耳には入っていない。 

自動配膳車が仕事を終えても、元盟主と当代盟主が食事を終えても、彼らは上の空だった。機械的に食事はしているのだが、何を食べているかすら、よくわかってはいないだろう。

「サーニ、聞こえてるかい?おーい?」

彼女の注意を引くには、数回は呼びかける必要があった。

「は、ハイ、何でしょうか?」

「出かける。千絵は、ゆっくり寝かせてやってくれ。」

「はい。行ってらっしゃいませ、龍一さま。」

型通りの挨拶をして、サーニは、ちょっとだけ我に返った。

 わ、私、何してるんだろ?

どうかしてる。絶対。頭がどうにかなっちゃった。馬鹿じゃないの、私。

何でこうなるわけ?

ま、まさか。

いえ!そんなはずないわよね。

私が、リューに?いいえ、まさか!

心臓が破裂しそう。

どうしたらいいの?


「サーニ、僕はしばらくここでご厄介になるんだ。よろしくね。」 

「え?こ、ここに住むってこと?」

リューは、晴れやかな表情で頷いた。

「宮さま方のお許しが出たんだよ。元々僕は、ここの生き物なんかの調査に来て、あんなことになったんだけど、君がえーと、その、助けてくれたし。だから、ここでフィールドワークを続けられるなんて、最高なんだ。

これからよろしくね、サーニ。」

差し出された手を握ったサーニは、耳の付け根まで真っ赤になった。

「こ、こちらこそ。でも、あの。」

そこで口籠もる。

「でも?」

 聞かなきゃ。今、いま聞くの!

しっかりして、私!

「待ってるひとがいるんでしょ?」

「家族は大丈夫だよ。連絡したし。ここで頑張ってこい、ってさ。」

「それ以外は?こ、恋人とか、婚約者、とか…。」

リューは、キッパリと首を横に振った。

「いないよ。そういう人はいない。いままで、研究一筋だったから。それに僕は、ずっと君のことが気になっていたから。」

サーニは、またまた絶句した。

どうしよう?

恋人も婚約者もいないって、ホント?

それは、嬉しい。すごく嬉しい。

だけど、いたたまれない!

心臓がもたないわ。夕べ眠れなかったから。ええ、そうだわ、きっと寝不足のせい。

「じ、じゃあ、私は用事があるから、これで。」

ギクシャクと立ち上がり、彼女は脱兎のごとく食堂から飛び出した。

「あ!サ、サーニ?あの…。」

取り残されて、肩を落とすリュー。

彼とサーニから完全に無視されていた黒の宮は、無言でため息をついた。

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