表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月の宮異聞  作者: WR-140
87/109

落ちて来た男

リマノは巨大な都市である。

惑星ひとつの陸地のほぼ全てがリマノという大都市であるが、そこには農地や森林、山地もまた存在していた。

惑星リマノの居住人口は数十億人規模だが、このうち3割近い人数が、ビジネスなどで必要な期間のみ居住している、流動的な人口だ。

したがって、目的が政治的または商業的であるとを問わず、大半が行政府の近くに集中している。

そのためか、人跡未踏、とまではいかずとも人里離れた場所は存在していた。

誰もが移動ゲートを使える訳ではなく、航空管制を担う連邦メインAIの思惑もあってのことなのだが。

さて、そんな過疎地域の一角。

北半球の中緯度帯からやや赤道に寄ったあたりに、細長い草原がある。

背後の山脈と、前面の海に挟まれたその場所は、到達するのが難しいため、居住者はほとんどいなかった。

狭い砂浜は絶えず潮に洗われ、そこここに波によって丸く磨かれた、大小の石や流木が転がっている。

美しいが、荒涼とした光景だった。

こんな場所に住んでいるとすればそれは、余程偏屈な世捨て人でもあろうか。

海と山と草原しか見えないその場所に、無粋な人工物が一つ置かれていた。

テントである。

設置に何ら手間も技術もいらない、簡便なタイプだ。

その前に、流木らしい丸太が置かれ、1人の少女が掛けていた。彼女の前には火が焚かれている。

長い三つ編みを背に垂らし、顔は麦わら帽子に半ば隠れていた。

暑くはないが、日差しはわりに強い。

焚火の反対側には、1人の男の子。

帽子はなくて、砂に直接座っている。

両手を後ろにつき、細めた目でぼんやりと海を見ていた。

ひどく疲れているようだ。

2人とも木綿のシャツにジーンズ姿で、裸足だった。

「遅いよー。腹減った。」

少年が、つま先で砂を蹴り上げる。

「お魚食べたいって言ったの、コータローじゃない。退屈なら、一緒に捕りに行けば良かったのに。」

「塩水ってさ、ベタベタして苦手。」

「じゃ、我慢しかないね。」

「うー。」

少年は両方の踵を砂に打ち付ける。

「…ん?」

ふと、動きが止まった。

「なんか来る。」

「そうね。何だろ?」

2人の視線の先、波間に、何か見える。

泳いでいるひとりの男の姿が、すぐにはっきりしてきた。

だが、彼らの言う何かは、彼ではない。

視線は、海面よりもう少し上に固定されているようだが…

「開く。」

「だね。」

なんのことやら。

彼らは、動かない。

泳いでいた男は立ち上がった。胸から上が

海面上に出る。

そのまま、海岸に向けて歩き出した。

立ち止まりはしなかったが、砂浜の2人が言う何か、に気付いていない訳ではないようだ。

腰のあたりまでが水から出た。

上半身は裸だが、色褪せたジーンズを穿き、肩に担いでいるのは、巨大な1匹の魚である。

彼は、面倒くさそうに、空いた手を空に向け軽く振った。

少女が呟く。

「コータロー。」

「うん。」

少年が立ち上がって、両手を空に向けた。

「どこに置く?」

「海はダメ。」

「了解、聖女さま。」

数秒後、ドサッと砂浜に転がされたのは、まだ若い1人の男だった。

生きてはいるが、気を失っているようだ。

あまり見慣れない着衣は、どこかの民族衣装だろうか。

丈の短い貫頭衣と、膝丈のズボン。

いずれも粗末なもので、その上相当にくたびれていた。

汚れてはいないが、着心地は良くないだろう。

さらに男は、ひどく痩せている。

衣類から出ている部分には、複数の傷跡が見て取れた。

新しいものもあれば、旧いのもありそうだ。

海から上がって来た男は、意識のない客をチラッと見た。

「栄養失調は間違いない。それとその傷は、拷問やろ。」

「拷問って…」

「あんまり洗練されたやり口やない。情報を引き出す目的ていうより、拷問のための拷問に見える。それと、自由を奪おうとしたんか、手足の腱が片方だけ切断されているようや。せやけど衛生面には気い使とるようにも見える。傷跡に感染症の痕跡なし。栄養状態が悪いのに、褥瘡もない。矛盾が多いな。」

淡々と所見を述べ、神原龍一は、手近な流木の上に魚を置いた。

右手を軽く振ると、金属製の短い棒のようなものが現れた。

それは見る間に変形する。

ナイフの形に落ち着いたところで、彼は無造作に魚の鱗をひきはじめた。

「それ、神剣じゃないの?そんなことに使っていいのかな?」

と、呆れ顔のコータローてある。

「刃物には違いないやろ。」

「剣が嫌がってるけど?」

「知らん。こいつの主人は俺や。」

グサっと突き刺し、魚の腹を裂く。

「エグ…」

嫌悪感丸出しの少年に向かって、盟主正妃こと神原千絵がため息を吐いた。

「コータロー、言うだけ無駄だよ。」

「だって聖女さま、何でこんな男と結婚したのさ?趣味悪すぎ。」

当の〝こんな男〟は涼しい顔だ。

「そらもちろん、外見やろ。」

うっ、と言葉に詰まるコータローである。

反論するには、余りにも美しすぎるのは確かだ。

だが彼の妻は、バッサリと切って捨てた。

「龍ちゃんのルックス、全然好みじゃないんだよね。」

「ほう?俺よりエエ男がおるって?」

「聖女さま、それはちょっと難しいんじゃない?この人、外見だけは完璧だもん。」

「ほらな?美の審判者、ユニコーンのお墨付きやで。」

手早く魚を処理しつつ、彼は笑う。

上半身の筋肉は見事だった。しなやかだが力強く、大型肉食獣の優美さをそのまま体現している。こんな場所で、しかも半裸で巨大魚の処理作業をしている姿までが、一幅の絵画だ。

ワタを抜いた魚を持って立ち上がり、波打ち際まで歩くその動作は、まるで芸術的なダンスを見るようである。


「あれ、あの人気がついたみたい。」

「せやな。」

砂の上の男が、呻いた。

コータローが男の顔を覗き込む。

うっすらと、男の目が開いた。

ひどく眩しそうだ。

「気分は?」

魚に、どこからか取り出した串を突き刺しながらの質問は、連邦標準語だった。

コータローの権能のひとつは言語に特化しており、何語で話しても問題はない。

つまり、さっきまでは日本語でも用が足りたが、落ちて来た男はどこの誰ともしれないのだ。

すぐには答えがなかった。

「…通じてないよ、龍ちゃん。でもこの人、話しかけられたことは分かってる。」

「そうか。コータロー、腹が減ってないか聞いてみろ。」

「うん。」

男をじっと見て、コータローが話しかける。その言葉は、神原夫妻には普通に意味がわかるが、実際には連邦標準語でも日本語でもない。

「あんた、誰?腹減ってない?」

「¿∂⚪︎✖︎+…」

「ここは、リマノだよ。あんた、どっから来たの?」

男の目が大きく見開かれた。

驚いた表情で、跳ね起きようとしたが果たせず、彼は再度砂に転がった。

コータローを見て何が呟く。

「宮殿はどこかって?こっからだとかなり遠いなあ。あんた、外国人?」

男は頷いて、慎重に起き上がった。右手首と、左足首に、すっかり塞がった大きな傷跡がある。

縫合されはしたようだが、縫い方はかなり荒っぽい。

「リマノはね、惑星全部がリマノって大都市だからさ、宮殿はここから1000キロはあるんじゃないかな?」

龍一が頷いた。

「大体そんなもんやろな。」

起き上がった男は、ちらりと神原夫妻を見た。普通なら、初対面の人間は例外なく龍一を二度見するところである。

だが、彼の視線を釘付けにしたのは、焚き火の上で焼けている魚だ。

じゅうじゅう音を立てて、溢れたあぶらと水分が火に落ちる。

焚き火サイズよりかなり大きいが、龍一は器用に串を操って、魚の表面は満遍なくこんがりと炙られていた。

「持病がないか聞いてくれ。」

「うん。あんた、持病はない?」

男は首を左右に振る。

視線は、魚から離れない。

「まずは腹ごしらえだな。名前だけ教えてくれ。俺は龍一、こっちは千絵。」

コータローの通訳に、男は頷き、名乗る。

「リヒト」

そう聞こえた。

「リヒトか。」

再び頷いて、男は更に口を開いた。

コータローがすかさず通訳する。

「スロヴェシアから来たって。」

「龍ちゃん、それってどこ?」

「連邦には加盟していないが、人類居住圏としては旧い方だ。俺たち同様、ここじゃ外国人てことだな。よろしく、リヒト。」

コータローの通訳に、リヒトは頷いた。

「あんたたちも外国人なのかって。宮殿に行くにはどうしたらいいか知ってるかってさ。」

「宮殿は広い。どの部署へ行きたい?」

「亡命希望だってさ。」

「非加盟国からなら、まずは外事2課だな。まあ、どうせ俺たち帰るから、送ると言っといてくれ。」

コータローが頷いて通訳する。

男の顔がパッと明るくなった。

「感謝するって。」

「あーあ。も少しここにいちゃだめなの?半日しか休めないなんて。」

「かなり無理したんだぞ。」

「まあいいけど。乗馬が出来るなんて思ってもいなかったし。ありがとね、コータロー、楽しかった。」

「聖女さまなら、いつだって大歓迎。けど、この人酷すぎない?散々僕を乗り回してさ。」

リヒトがギクリとした表情で、麦わら帽子の〝聖女〟を凝視した。

「どうかした、リヒト?」

「▲♯★×!」

「え?何で?」

「▲⚪︎∂¢○×…」

「この人は僕の聖女さまだ。あんたのとこの聖女がどんな人かは知らないけど、僕の聖女さまを侮辱するのは許さない。」

いい終わらないうちに、コータローの姿が変わる。

変化は一瞬だった。

リヒトは驚愕のあまり動くことすら出来ない。

無防備な男に、巨大な青のユニコーンが殺到する…!

次回もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ