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月の宮異聞  作者: WR-140
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レセプションは波乱含み

しばしの沈黙の後、妃が考えながら口を開いた。

「大神官は、能力者なのよね。だったら、少しは龍ちゃんの力がわかるはずじゃないのかな?わざわざ怒らせたりは…」

カイは、首を振る。

「陛下のシールドは完璧です。大神官程度の能力では見破るなど不可能でしょう。漠然と悟ったとしても、とても正確には評価出来ないでしょうね。半端な能力者は、だから始末が悪いのですよ。私についても、アンドロイドだと思いはしても、ドラゴンと見抜くのは不可能かと。」

確かに。

カイは士官学校で、一度も正体を見破られなかった実績がある。

士官学校には、様々な異種能力を持つ士官候補生や教官がいるのだが。

つまり、大々的にドラゴンの権能を使いでもしなければ、見破るのは至難だ。

人間ではないかもしれないと感じた者はいただろうが、それでもアンドロイドと疑われるのが精々。

あの浄霊の際は、強力無比なドラゴンの権能によるシールドを展開したから、それだけで世界中が大騒ぎになったけれど。


「それと陛下は、極めて厳格かつ公正な方として知られています。言い換えれば、女性にうつつを抜かす姿など、想像も出来ないということですね。」

「昔から外ヅラだけはいいのよね、あのサディスト変態色魔。」

「だから、あなたが絡んだらどれほど危険な方かが、誰にもわからない。」

「否定しないんだ、形容詞については。」

「それはもう。事実は事実。かつらむきにされかけましたから。」

「大根じゃあるまいし。苦労するわね、あなたも。」

どちらからともなく、深ーいため息をついた。

彼女が絡むと、盟主は正気を失う。

戦時中は、その絶対的な権力とそれ以上に強大な力を存分にふるい、時に敵対勢力に究極の恐怖を与えてきた彼だが、その行動は苛烈でも、常に確かな計算と必然性に裏打ちされていた。

だがしかし。

近しい者は、全員意見が一致している。

アレは、ピンポイントで正気じゃない。


「どうされました、お二人とも?」

食事の案内に来たサーニの目には、2人がかなり深刻な表情に見えたらしい。

実際、事態は深刻である。誰かが妃にちょっかいを掛けたりしたら、盟主は何をするかわからないが、それを相手に伝える方法はないのだ。

まさか、その程度のことで大国を一つ消しかねないなど、誰が信じる?

「聞いてちょうだい。実はね、サーニ。」


聞き終えて、サーニは頷いた。

「まずいですね。それは。」

少尉がため息をつく。

「私が直接連絡、という名目の脅迫をしても良いのですが、今後の関係もありますから、あまり表立った行動はしたくないんです。それに、外聞のいい話ではないし。」

仲の良い夫婦、と言えば聞こえがいいが、盟主の執着ぶりは、異常だ。

本来、常識的で温厚な人物だけに、そのクレージーさは際立っている。

少尉もそれを重々承知しているから、主君の恥をわざわざ吹聴したくはない。

だからといって、成り行き任せで放っておくのは危険すぎる。

「大神官の命だけで済めばいいですが。」

ああ、と、無表情に頭を抱える少尉。

その時だった。

「あの。」

と、サーニが片手を挙げた。

「サーニ?」

「上手くいくか、分からないんですけど、私に考えがあります。聞いていただけますか?」


そして、数時間が経過した。

巨大な迷宮、通称〈本宮〉には、幾つものエリアがあるのだが、それらのひとつである“迎賓館エリア”は、大都市の数十ブロック分以上ある、広大な区画である。

様々な種類の宿泊施設は、連邦の加盟国・非加盟国を問わず、賓客からプレスの末端、外交使節の随行員の端々までに対応できる。

広いプレスセンターや、外国記者を対象とした、個別の発信ブース数百を備えるほか、パーティ会場や、大規模な厨房、更に食品や日用品を売る店舗と自動配送システムもある。

今日のレセプションに使用されたのは、プレスセンターに隣接した大会議室だ。

会議室としては最大の規模で、パーティ会場としても大人数に対応可能である。

加盟国の外交使節が、入れ替わり立ち替わり訪れる連邦首都リマノでは、定期的にレセプションが開催されるのだが、今回のものは特に規模が大きい。

この後の晩餐会は席が固定のため、レセプションは自由な交流に配慮した立食パーティ形式になっていた。

今回は、国家間の顔見せなのだ。

連邦は余りにも広大であるため、有力国家の元首たちが対面で顔を合わせる機会は限られている。

オンラインでの会談はあるものの、直接会えないとなれば、相手が人間かどうかさえわからないのだ。

実際、国家元首や高官が死亡していたとしても、残った画像や音声その他のデータを使って、どうとでも取り繕える。

現にこの手で、最高権力者の不在を隠し通した例があるのだ。

更に、なりすましの実例すら囁かれていた。

例えば、〇〇国の大統領だと連邦で広く知られている人物は、実は大統領どころか、〇〇国民ですらない、などという奇怪な説も、真偽の検証は難しい。

だから、オンライン会談には、ある種の胡散臭さが付きまとう。

その点、対面ならばまだ信頼性が高いだろう。そこにレセプションの意義がある。


開会時間前には、ほぼ全ての参加者が受付を済ませていた。

様々な思惑が渦巻く外交の場である。

民族衣装姿の男女も多い。

今回は特に、盟主と正妃が共に参加するとあって、期待感と熱気は半端でない。

ニュース映像でその姿を目にする機会はあるものの、直接会うなど連邦加盟国の元首といえど、滅多にない機会なのだ。

まして、今回は。

あの映画の件がある。

来賓の中には、リマノに到着するや否や、地下シアターに直行したものも多い。

盟主夫妻が、まさか?

よもやそんなはずは?

大半は、好奇心からあの映像を見た。

そして、度肝を抜かれた。

盟主正妃は確かに美しい。しかし、である。相手役の、あの男は!

誰が見ても現実とは思えないほどの美貌と、それ以上の存在感。

感銘を受けたという言葉では、到底足りない。

魂を鷲掴みにされるとは正にこういうことかと、納得した者は多かった。

それが、盟主本人?

まさか!

あの男は、公式の場では一度も自ら名乗りはしていない。ただ、盟主正妃の、唯一の夫であると表明して、彼女にキスしただけだ。

こうなると、もはやスキャンダルがどうのというような次元の話ではない。

列強の王や皇帝、大統領や首相はあまたあるが、盟主は完全に別格であり、彼が自らの意思で何かをするなら、それに違を唱えられる者など誰もいないのだから。

盟主は今日も仮面を外さないのだろうか?

慣例に従えば晩餐会は欠席のはずだから、このレセプションが唯一のチャンスだ。

見たい。一目でいいから、あの画面の下の素顔を…!

何とも俗っぽく、それだけ根源的で熱い期待を孕んだ会場は、異様な熱気で盛り上がっていた。


そんな来賓の中に、彼はいた。

長身が少し目立つものの、着衣は墨染の簡素なローブに、素足に履いた編み上げのサンダル。

どちらも飾り気なく、特に高価な品ではない。

よく見ればいずれかの宗教の高位聖職者らしいことが、その炯々たる眼光と、手にした錫杖を飾る大きな青いダイアモンドから伺える。

だが、この華やかな会場では何とも場違いであった。明るいが艶のない金髪を、長い三つ編みにして背中に垂らした彼は、まだ40歳にはなっていまい。

周囲から何となく敬遠されている様子で、あちこちで出来ている談笑や自己紹介の輪からは遠かった。

彼こそトリニア教大神官、ツベロファス・アガター・トリニアその人である。

彼の興味は、ただ一点。

盟主正妃ブリュンヒルデ。

彼にとって重要なのは、彼女が聖女、つまり聖力をもつ巫女であるか否かのみだ。

地位も年齢も外見も、全くどうでもいい。

俳優だろうが娼婦だろうが、更には人妻だろうが、そんなことは微々たる要素である。

たまたま盟主妃であろうとも、聖女ならばエルトリニア皇后であることは当然なのだから。

誰にも邪魔はさせない。

開祖トリニアの名にかけて。



よろしければ、評価お願いします。

次回も、どうぞお付き合いくださいませ♪

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