レセプションは波乱含み
しばしの沈黙の後、妃が考えながら口を開いた。
「大神官は、能力者なのよね。だったら、少しは龍ちゃんの力がわかるはずじゃないのかな?わざわざ怒らせたりは…」
カイは、首を振る。
「陛下のシールドは完璧です。大神官程度の能力では見破るなど不可能でしょう。漠然と悟ったとしても、とても正確には評価出来ないでしょうね。半端な能力者は、だから始末が悪いのですよ。私についても、アンドロイドだと思いはしても、ドラゴンと見抜くのは不可能かと。」
確かに。
カイは士官学校で、一度も正体を見破られなかった実績がある。
士官学校には、様々な異種能力を持つ士官候補生や教官がいるのだが。
つまり、大々的にドラゴンの権能を使いでもしなければ、見破るのは至難だ。
人間ではないかもしれないと感じた者はいただろうが、それでもアンドロイドと疑われるのが精々。
あの浄霊の際は、強力無比なドラゴンの権能によるシールドを展開したから、それだけで世界中が大騒ぎになったけれど。
「それと陛下は、極めて厳格かつ公正な方として知られています。言い換えれば、女性にうつつを抜かす姿など、想像も出来ないということですね。」
「昔から外ヅラだけはいいのよね、あのサディスト変態色魔。」
「だから、あなたが絡んだらどれほど危険な方かが、誰にもわからない。」
「否定しないんだ、形容詞については。」
「それはもう。事実は事実。かつらむきにされかけましたから。」
「大根じゃあるまいし。苦労するわね、あなたも。」
どちらからともなく、深ーいため息をついた。
彼女が絡むと、盟主は正気を失う。
戦時中は、その絶対的な権力とそれ以上に強大な力を存分にふるい、時に敵対勢力に究極の恐怖を与えてきた彼だが、その行動は苛烈でも、常に確かな計算と必然性に裏打ちされていた。
だがしかし。
近しい者は、全員意見が一致している。
アレは、ピンポイントで正気じゃない。
「どうされました、お二人とも?」
食事の案内に来たサーニの目には、2人がかなり深刻な表情に見えたらしい。
実際、事態は深刻である。誰かが妃にちょっかいを掛けたりしたら、盟主は何をするかわからないが、それを相手に伝える方法はないのだ。
まさか、その程度のことで大国を一つ消しかねないなど、誰が信じる?
「聞いてちょうだい。実はね、サーニ。」
聞き終えて、サーニは頷いた。
「まずいですね。それは。」
少尉がため息をつく。
「私が直接連絡、という名目の脅迫をしても良いのですが、今後の関係もありますから、あまり表立った行動はしたくないんです。それに、外聞のいい話ではないし。」
仲の良い夫婦、と言えば聞こえがいいが、盟主の執着ぶりは、異常だ。
本来、常識的で温厚な人物だけに、そのクレージーさは際立っている。
少尉もそれを重々承知しているから、主君の恥をわざわざ吹聴したくはない。
だからといって、成り行き任せで放っておくのは危険すぎる。
「大神官の命だけで済めばいいですが。」
ああ、と、無表情に頭を抱える少尉。
その時だった。
「あの。」
と、サーニが片手を挙げた。
「サーニ?」
「上手くいくか、分からないんですけど、私に考えがあります。聞いていただけますか?」
そして、数時間が経過した。
巨大な迷宮、通称〈本宮〉には、幾つものエリアがあるのだが、それらのひとつである“迎賓館エリア”は、大都市の数十ブロック分以上ある、広大な区画である。
様々な種類の宿泊施設は、連邦の加盟国・非加盟国を問わず、賓客からプレスの末端、外交使節の随行員の端々までに対応できる。
広いプレスセンターや、外国記者を対象とした、個別の発信ブース数百を備えるほか、パーティ会場や、大規模な厨房、更に食品や日用品を売る店舗と自動配送システムもある。
今日のレセプションに使用されたのは、プレスセンターに隣接した大会議室だ。
会議室としては最大の規模で、パーティ会場としても大人数に対応可能である。
加盟国の外交使節が、入れ替わり立ち替わり訪れる連邦首都リマノでは、定期的にレセプションが開催されるのだが、今回のものは特に規模が大きい。
この後の晩餐会は席が固定のため、レセプションは自由な交流に配慮した立食パーティ形式になっていた。
今回は、国家間の顔見せなのだ。
連邦は余りにも広大であるため、有力国家の元首たちが対面で顔を合わせる機会は限られている。
オンラインでの会談はあるものの、直接会えないとなれば、相手が人間かどうかさえわからないのだ。
実際、国家元首や高官が死亡していたとしても、残った画像や音声その他のデータを使って、どうとでも取り繕える。
現にこの手で、最高権力者の不在を隠し通した例があるのだ。
更に、なりすましの実例すら囁かれていた。
例えば、〇〇国の大統領だと連邦で広く知られている人物は、実は大統領どころか、〇〇国民ですらない、などという奇怪な説も、真偽の検証は難しい。
だから、オンライン会談には、ある種の胡散臭さが付きまとう。
その点、対面ならばまだ信頼性が高いだろう。そこにレセプションの意義がある。
開会時間前には、ほぼ全ての参加者が受付を済ませていた。
様々な思惑が渦巻く外交の場である。
民族衣装姿の男女も多い。
今回は特に、盟主と正妃が共に参加するとあって、期待感と熱気は半端でない。
ニュース映像でその姿を目にする機会はあるものの、直接会うなど連邦加盟国の元首といえど、滅多にない機会なのだ。
まして、今回は。
あの映画の件がある。
来賓の中には、リマノに到着するや否や、地下シアターに直行したものも多い。
盟主夫妻が、まさか?
よもやそんなはずは?
大半は、好奇心からあの映像を見た。
そして、度肝を抜かれた。
盟主正妃は確かに美しい。しかし、である。相手役の、あの男は!
誰が見ても現実とは思えないほどの美貌と、それ以上の存在感。
感銘を受けたという言葉では、到底足りない。
魂を鷲掴みにされるとは正にこういうことかと、納得した者は多かった。
それが、盟主本人?
まさか!
あの男は、公式の場では一度も自ら名乗りはしていない。ただ、盟主正妃の、唯一の夫であると表明して、彼女にキスしただけだ。
こうなると、もはやスキャンダルがどうのというような次元の話ではない。
列強の王や皇帝、大統領や首相はあまたあるが、盟主は完全に別格であり、彼が自らの意思で何かをするなら、それに違を唱えられる者など誰もいないのだから。
盟主は今日も仮面を外さないのだろうか?
慣例に従えば晩餐会は欠席のはずだから、このレセプションが唯一のチャンスだ。
見たい。一目でいいから、あの画面の下の素顔を…!
何とも俗っぽく、それだけ根源的で熱い期待を孕んだ会場は、異様な熱気で盛り上がっていた。
そんな来賓の中に、彼はいた。
長身が少し目立つものの、着衣は墨染の簡素なローブに、素足に履いた編み上げのサンダル。
どちらも飾り気なく、特に高価な品ではない。
よく見ればいずれかの宗教の高位聖職者らしいことが、その炯々たる眼光と、手にした錫杖を飾る大きな青いダイアモンドから伺える。
だが、この華やかな会場では何とも場違いであった。明るいが艶のない金髪を、長い三つ編みにして背中に垂らした彼は、まだ40歳にはなっていまい。
周囲から何となく敬遠されている様子で、あちこちで出来ている談笑や自己紹介の輪からは遠かった。
彼こそトリニア教大神官、ツベロファス・アガター・トリニアその人である。
彼の興味は、ただ一点。
盟主正妃ブリュンヒルデ。
彼にとって重要なのは、彼女が聖女、つまり聖力をもつ巫女であるか否かのみだ。
地位も年齢も外見も、全くどうでもいい。
俳優だろうが娼婦だろうが、更には人妻だろうが、そんなことは微々たる要素である。
たまたま盟主妃であろうとも、聖女ならばエルトリニア皇后であることは当然なのだから。
誰にも邪魔はさせない。
開祖トリニアの名にかけて。
よろしければ、評価お願いします。
次回も、どうぞお付き合いくださいませ♪