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月の宮異聞  作者: WR-140
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トラブルメーカーは触手がお嫌い

「はい?あのう、拾ったって仰いましたか、姫様?」

「ええ、サーニ。」

月の宮の小サロンである。

万事簡素なしつらえの部屋が多いこの宮だが、この部屋は誰が見ても豪華な造りである。品よくまとめられたタペストリーや絨毯、カーテンは、農紺と金を基調としていた。黒の宮が掛けた椅子もまた、同じトーンで、豪華な意匠に彩られていた。

ソファに座った正妃の膝に頭を預けているのは、例のユニコーンである。

青い宝玉の目は夢見るように閉じられ、長い尾とタテガミは、彼の身体から溢れ出た清水が、そのまま凍りついたかのごとく床を這っていた。

体毛の全てと、長大なツノは、僅かながら燐光をまとっている。

美と幻想を余すところなく体現したその姿は、目にしたものの至福ともなろう。

が。サー二は呆れた表情を隠さない。

ついさっき、この「ウマ」と一悶着あったばかりなのだ。

なんなの、コイツ!

綺麗なのは認めるけど!

拾った、てすって?

つまり、野良ウマよ、野良馬!


サーニは、かなり怒っていた。

だから野生馬、という普通の形容すら浮かばない。

今にも飛びかかりそうな目付きでユニコーンを睨みつけるサーニ。

そこへ、フランツ・リュートベリが息せき切って飛び込んできた。

「ユニコーンはこちらですかっ?」

「ええ、フランツ。あ、彼は基本男性が嫌いみたいだから、触ったらダメよ。」

「姫様、し、しかしながら!」

「やめとけフランツ。ユニコーンというのは実に凶暴だ。特にこいつはな。」

「レヴィさままで!」

興奮に頬を染めて、赤い目をルビーさながらに輝かせる彼。

ユニコーンに出会ってしまった魔獣生態学者を止められるものなどいない。

突っ立ったまま両手を握ったり開いたり、熱狂しながらも冷徹極まりない視線は、レーザー光線でも発射しそうである。

もしくは、レントゲン撮影さえ可能な勢いだが、ユニコーンは、チラリと彼を見て、バカにしたように目を逸らした。

お気に召してはいないようだ。


「リュー、ほんとに触らない方が良いと思うわ。」

見かねたサーニが声をかける。

「あ、居たんだサーニ。」

「は…?」

気がついていなかった?まさか?

た、たしか、私たち、結婚したんじゃ?

いわゆる新婚、じゃない?

ゆ、昨夜だって、あんなに情熱的に…

何か言いたいのに言葉が出て来ない。


「ちょっと、その言い方ないでしょ、カルルス卿!」

「姫様?」

何で怒られるんだろう、と、一瞬で我に返るリューである。彼は三男だが、リマノ貴族の権門の出で、公式の場ではカルルス卿と呼ばれる。しかし、普段正妃からはリューと呼ばれていた。

「あの…?」

「居たんだ、って何?サーニはあなたの妻よね?」

「あ…ご、ごめんサーニ。そんなつもりじゃなくて。」

正妃と、サーニを交互に見ながら、彼はようやく失態に気付いた。

どうフォローしようか?

「まあまあ。フランツは、最初からそこの生き物しか目に入ってなかった。俺と千絵は、声を掛けたから返事はしたが、それでも俺たちの方はちらっとも見なかっただろう?」

「だから何?龍ちゃんが私にこんな態度とったら許さないわ。」

「だろうな。しかし、何故お前はそんなモノを拾ってくるかな?外見など、お前には大した意味はあるまい。」

彼女は、事物事象の本質を見る。

どんな擬態もその力の前には意味がない。

そして、この世にも美しい巨大馬の本質ときたら…。

「だって、この子行くところがないわ。」

黒の宮は、天井を仰いでため息をついた。

「だからといって。」

「あのまま置いといたら、自力で首輪なんか外してしまうわ。そうしたら、周囲に被害が出る。凶暴ってみんな言うけど、それがこの子の本質。」

「その通りだが、サーニが怒るのは当たり前だ。」

「石庭園をメチャクチャにしたこと?」

「それは構わん。あれはナノマシーンで出来ているから、自己修復する。」

「テラスも、石回廊の柱や手摺もそうでしょ?あ、サロンのドアも。」

ユニコーンは、ドアを開けるのが面倒だったらしい。今残っているのは、ぶち破られたドアの残骸だけだった。

「まあな。本来なら修復以前に傷つきもしないはずだが、そんな事はいい。こいつは災害級の魔獣だし、こいつの本性からすれば、これでも充分気を使ってはいるんだろうな。東屋を破壊して回った件もまあ大目に見るが、サーニの菜園を食い荒らしたのはやり過ぎだ。」

ユニコーンは、青い目を見開き、殊勝なフリをする。

黒の宮の力を把握しているわけではないものの、絶対に逆らっていけない相手なのは知っていた。ここは、そういう存在が多すぎる。

あの厄介な首輪を斬った男はもちろんだが、ちっぽけな黒猫とか、人型の金髪の男とか、光だか人だか蛇だかよくわからない、神出鬼没のアレとか。

ユニコーンとて、生き物である。

生存本能はしっかりあるのだ。


「ごめん、サーニ。また僕の悪い癖が出ちゃったね。だけど、あの菜園って、君が大事にしてたのに。残念だ。」

「リュー…」

涙が出そうになって、サー二はぐっとこらえる。

「また育てるわ。ここでしか育たないものが多いから。」

「サーニ…。」

黒の宮は、見つめ合う2人から、ユニコーンに視線を移した。

「破壊はもう充分だろう、おまえ。今度やったら、アビスプリンガーにお前の処理を頼むから、そのつもりでな。」

ユニコーンは、キョトンとした。

何、それ?

黒の宮はニヤリと笑う。

「池にいる、でっかい貝だ。全ての池は繋がって、異界に続く地底湖に続いているんだが、そこにヤツはいる。もう触手にはあったか?黒くて巨大なやつだ。そう言えば馬が好物だったかな。」

あいつ!あの触手!

ユニコーンは、ぞくっと身震いした。

アレは、やばい。軟体動物は大嫌いだ。

コクコクと頷いた。

あれが、貝?どんな貝なんだ?

とにかく生理的にムリ!

「あら、この子怯えてる。」

ブルブルと震えるユニコーンを尻目に、食いついたのは魔獣生態学者である。

「れ、レヴィさま!アレって、貝なんですか?」

「おや、知らなかったか、フランツ?」

「繋がってるとは思ってましたが…」

「前は一回り小さかったんだがなあ。エサのせいか、最近成長してな。」

少し遠い目で、黒の宮はため息をついた。アビスプリンガーは、ほぼ何でも食べる生き物だが、ここ数年は押し寄せる暗殺部隊の死体や、その装備が餌になることが多いのだ。

ガーディアンドラゴンたちは、アビスプリンガーを、便利な廃品処理係だと思っている。

「叔父様、あれって、ゲートキーパーなんでしょ?」

「そうだ。だが、トラブルメーカーの処理には長けているな。」

黒の宮の視線に、ユニコーンはさらに縮み上がった。凶暴かつ傲慢な生き物ではあるが、苦手なものはある。

「良い子ね。でも、おいたが過ぎたら、叔父様にお仕置きしてもらうわよ。」

にっこり笑った正妃にダメ出しされた。

彼の大好きな、唯一無二の聖女さまに。

もとより逆らう気などない。

理屈ではない、彼女は、彼の全てなのだ。

それがユニコーンという生き物の性であり存在意義なのだから。

だから、魔獣でありながら神獣とも呼ばれる。

「さあ、それじゃあなたも、ここのルールを守ってね。最初のルールはね…」


かくして、散々暴れまわった宮の新しい住人のレクチャーが始まった。


次回もお付き合い宜しくお願いします。

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