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月の宮異聞  作者: WR-140
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蒼空の奔馬

「あらあら。物騒なこと。」

ほほほ、と軽い笑い声をあげたのはアリスである。

「だめよ坊や。自爆なんて、皆さんにご迷惑です。」

その場に崩れ落ち、固まってしまったコンシェルジュ。

スイッチには何の反応もなかった。

エドは彼の様子に、今更ながら自分の直感が正しいことを確認した。

「アリス、自爆ってどの規模の?」

「このホテルは倒壊するでしょうね。爆発物は、建設当初から仕掛けられていたようです。大量殺人未遂ですわ。」

天気の話でもするかのような口調である。

「この階どころじゃねえってことかよ。無茶してくれるぜ。」

一瞬静まり返った会場から、押し殺したざわめきが上がった。

それなりに裕福だったり、権力があったりする連中だろうが、建物が爆発して崩れたりしたら、多少の防御力は無駄である。

今までは、我関せずと傍観を決め込んでいたのだが、これは話が違う。

1人の男が立ち上がり、ブースから出た。

「どういうことだ、捜査官!オークションハウスが、我々を殺そうとしたということかね?」

「そういうこった。」

「馬鹿なっ!」

「あー、まあそういう成り行きなんで、アンタらが知っていることは、素直に話してくれた方がいいだろな。」

「まもなく、この建物を制圧するための連合軍と、行政官たちが到着しますので、皆さん宜しくね。その前に、お迎えしなければならない方がありますけど。」

後半の言葉は、エドにだけこっそり伝えられた。

「んん?」

「でも、時差が。リマノは夜ですから。」

ほう、とため息。

「あー。アイツ、ぜってー付いてくるだろな。…おい、坊主、もう心配はいらねえ。お前が何なのか俺にゃわからんが、これから来る姉ちゃんなら、悪いようにはしないからな。まあ、ちっと、お邪魔虫が付いてるが。」

少年が大きく目を見開いた。

同時に、エドの背後から、聞き慣れた声が降ってくる。

「お邪魔虫で悪かったな、エド。」

「よう。状況は?」

「聞いた、というか、見ていた。面白いことが起きそうだと言われてな。」

「あー。」

エドは涼しい顔のアリス=ラグナロクをチラリと見た。

どこから実況してやがったんだコイツ?

たく、油断も隙もありゃしねー。

しかし、まあ、こうなるわな。

今更ため息も出ないが、室内は完全に動きを止めている。

ブースから出てきた客の男も、床に崩れ落ちたコンシェルジュも、傍に控えていたオークショニアも。

ただただ驚愕に目を見開いたまま、微動だにしない。いや、出来ない。

簡素なシャツと装飾のないスラックス姿の盟主は、素顔である。

舞台挨拶の生配信からこちら、誰もがネットでこの顔を見ない日はないだろう。

今の彼は、カケラほどの神気すら漏らしていないものの、存在感は圧倒的だ。

だから皆、彼の後ろからひょこっと現れた少女…ではなく正妃の姿に気づくのが遅れた訳だが。

さらりと流れる長い漆黒の髪。

簡素な部屋着姿にノーメークのアイス・ドール。

彼女は室内の様子になど目もくれず、あの男の子の前にしゃがんだ。

彼は、魅せられたように、彼女の目を見つめている。

「初めまして。あなた、私の所にくる?」

彼女の声に、少年は微笑んだ。

まるで、彼の小さな全身から光が溢れるような、そんな微笑。

彼は、大人の様に膝を折り跪く。

差し出された正妃の手の甲に唇を触れて。

「どうかお連れ下さい、聖女さま。ぼくはあなたのものです。」

揺るがない視線。正妃は微笑んだ。

「…それでよいのか?」

盟主の問いかけに、少年は強く頷く。

「わかった。」

静かな声と共に、白い光が一閃した。

ゴトっと重い音がして、両断された首輪が床に落ちる。

そして。

「そんな…。」

信じられない、という誰かの呟き。

少年がいた場所に膝を折っていたのは、一頭のユニコーンだった。


数日後。

緑濃い高原のコンドミニアムである。

エドガー・カリスは、風が通るウッドデッキのハンモックに揺られていた。

「なあ、アリス、アンタあの子がユニコーンだと知ってたのかい?」

半袖にショートパンツ姿のアリスは、エドに飲み物を手渡す。

「いいえ。あなたこそどうなんですか?」

「んー。」

一口飲んで、エドは首を傾げる。

「わかる訳ないだろが。ただ、人間じゃないことは何となく感じてたかなあ。」

「何となく?」

「あの首輪な。よくあるやつだが、ちっと引っかかったんた。連邦刑務所で使われてるタイプと似てた。魔力のある重罪犯用のな。」

「ですわね。私もそこが気になっていたのです。しかも、あれは正規品ではありませんでした。魔力抑制効果が桁違いに大きいタイプで、特注品です。ですから、姫様を呼びました。ご存知、エド?ユニコーンって、とても凶暴な生き物だってこと。」

エドは頷く。アカデミーで習った。

ユニコーンは、災害級魔獣である。

実際に出会った人間はほとんどいないし、伝説の神獣扱いされてはいるが、望んで遭遇したいようなシロモノじゃない。

あの美しい姿…、氷河深部の青を秘めた、純白の毛並み。大型の馬より一回り大きな体躯と、優に2m近い、青銀の角。地につかんばかりの長いたてがみと尾。

だが、そんなものはただのまやかしだ。

強い魔力と知性をもつ奔馬。

中でも蒼白の個体は、天空を駆けるというが…?

孤高の猛獣とも称されるのがユニコーン。

数多の美しい伝説の陰で、こんな話も語り継がれている。

聖女の力を持つ処女の生き血だけが、この奔馬を鎮める力を持つのだ、と。


彼女は聖女かもしれないが、絶対処女じゃない。彼女を見るリュウ、あの鬼畜ヤローの目つきと来たら!

だが、あのユニコーンのガキ、蕩けそうな目で千絵ちゃんを見てたよなあ。

ありゃ、懐いたとかってレベルじゃねえ。

黒猫少尉がリュウを見る目みたいだった。

大丈夫かね、アレ?

ま、彼女の夫であるあいつが許したなら、危険はないんだろうが、正直オレにゃわからん。

何やら物騒な予感はするが。


「それより、悪かったな、アリス。アンタの計画を邪魔する形になっちまってさ。そんなつもりじゃなかったんだ。」

「あら、大丈夫よ。建物内に捕らえられていたサキュバスたちは確保しましたし、人身売買の被害者も数人見つかったわ。結果オーライ、ね。」

まあ、それなら良いか。

「さて。報告書は私が書くとして、ねえダーリン、まだこの事件、終わっていませんわ。」

ダーリン?!誰が誰の!

そう突っ込みたいエドだが、アリスを喜ばせるだけだと分かっているから、ここはスルーするしかないのだ。

何食わぬ顔で返す。

「確かに終わっちゃいねえ。で、次はどこへお供致しましょうか、マダム?」

「あら、殊勝だこと。それじゃ、すぐに出発しましょう。」

と、アリスは立ち上がった。にっこり笑って、エドの手を取る。

「えっ?!待て!今ってこと?」

「善は急げと言いますわ。」

エド・カリスの受難は当分おわりそうもない。


いつもお付き合い下さっている皆様、ありがとうございます。

次回も宜しくお願い致します。

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