セカンド・オークション・ハウス
オークションは淡々と進んだ。商品であるホムンクルスたちは、まあそれなりの水準ではあったが、特筆すべき点はなく、先程偶然スクリーンに映ったあの顔の前では、更に色褪せて見えた。
こんなモンだろな、とエドが納得した頃。
アリスが指先でコンシェルジュを呼んだ。
「つまらないわ。」
開口1番、淡々と告げたアリスに、コンシェルジュは一礼した。
「申し訳ありません、マダム。」
「何かもっと、私の欲しい物はないの?これじゃ、遥々リマノから来た甲斐がないわね。」
適度に苛立ちを込めた口調は絶妙である。
高飛車で、刺激を好む、大胆でそこそこに頭が回る女。むろん、金持ち。
そんな印象を与えるのに自然な態度だ。
「マダムはどのようなものをお求めでいらっしゃいますか?」
「そうねえ…ありきたりのはイヤ。」
紅い唇がニヤリと笑う。
「エド。サングラスを外しなさい。」
そう来たか。
「はい、マダム。」
従順に言われた通りにする。
スラム暴動の際、エドは大怪我をしたが、火傷で失明した両眼はそれ以来、白濁したままだ。
視力は別の方法で回復したのだが、見た目は敢えて再生していない。愛するもの全てを無くした、あの恐ろしい体験を、自らの身体に刻んだままにすることが、当時は必要だったからなのだが、今となってはどうでもいい。
だが、これはこれで仕事上役にたつこともあるから、そのままにしている。
案の定、コンシェルジュは、何らかの誤解をした。というか、マダムの趣味について、ある種の解釈を下したらしい。
「なるほど…」
とか呟き、仔細らしく頷いている。
どんな想像をしたのやら。
エドはアリスの合図でサングラスを掛け直した。
「承知いたしました、マダム。では、別の趣向のオークションにご案内してよろしいでしょうか?私共の『セカンドハウス』では、きっとお気に召す商品をご紹介出来るかと思いますが。」
「そう?なら、案内して。」
「かしこまりました。」
ステージ上の商品そっちのけで、アリスの姿を熱く見つめる人々の視線のなか、2人は壁ぎわの小さなドアから廊下に導かれた。
この辺りは壁が不透明なので、オークション会場からは見えなくなる。
ドアの開閉には、生体のID認証が必要らしいことをエドは見てとった。
何か後ろ暗いことがありそうだ。
案内されたのは、さっきの部屋の1/4もなさそうな部屋である。
開放的だった先ほどの部屋と打って変わって、ここのステージは奥の1箇所のみだ。
客席は、少数ずつのブース式で、通路からも他の席からも、ブース内は見え難くなっていた。
ゆったりした椅子が4脚ばかりと、各椅子に付属した、小さなサイドテーブル。
飲み物が注文できるらしいが、アリスとエドは断った。
サイドテーブルの上に、小型の入札用端末が置かれている。
簡単な操作法を説明して、コンシェルジュは立ち去った。このオークションには事前配布カタログはなくて、商品説明は各席の前のホロスクリーンに現れるらしい。
そりゃ取扱品がヤバけりゃ、証拠は残せないよなあ、とエドは思う。
が、必要情報は既に、アリス=ラグナロクに根こそぎ抜かれた後だろう。知らぬは主催者のみってことだよな。
ステージに、オークショニアが現れる。
正装した男性で、珍しく生身の人間だ。
ステージの奥には両開きのカーテン。
「ようこそ、当オークションハウスへ。」
簡単な口上だけで、取扱品の具体的品目を述べないのにはわけがあるのたろう。
客席は静かだ。
気配からして、半分以上の入りと見えるのだが、それにしては物音が少なすぎる。
「遮音障壁のようね。」
なるほど。つまり、ロクなものを扱っていない証拠だ。
カーテンが二つに分かれた。
そこから、台車に乗った箱が現れる。材質は白く不透明で、縦横高さの合計は180センチ以内だろうか。
同時に、エドの前のスクリーンに紹介文が表示された。
キュルカルイデス?
聞いたことのない名称だが…。
「アレよ、エド。月の宮の庭園の生垣に住んでいる、庭師小人ね。」
「あー、あれ、そういう名前か!けどあんなモン、誰が買うんだ?」
「ペットとして、結構人気があるらしいですわ。」
「は?」
身長20〜30センチ。枯れ木みたいな手足に突き出た腹、ミニチュアの悪魔みたいな外見に、鋭い爪を持つ、体に比べて異様に大きい手。お世辞にも可愛らしいとは言えない代物だ。
説明文によれば、そのつがい、だと言う。
「つがい、って、ええっ?あいつら、雄とか雌とかあんのか?」
「外見から見分けるのは難しいでしょうね。」
陳腐なドラムロールの効果音と共に、箱が透明感した。同時に手元のスクリーンに商品が映し出される。
2匹の「商品」はただ立ち尽くしていた。表情らしきものはない。
「やっぱオスとかメスとかわかんねー。」
色も形も、どちらの個体とも変わりなく見える。
裸だから、当然外部生殖器があれば見えるはずなのに、2匹のキュル何とかの股間はただつるんとしていた。
「雌雄がわかんねーのは一緒だな。しかしサーニの嬢ちゃんになついてた奴らとは、ちっと違うみてーだが?」
「慧眼ね。月の宮は特殊な結界ですから、魔獣が存在進化することがあるの。これは原種ですけど、あそこにいる集団は、遥かに高い知能を持つ亜種ですわ。ねえ、それよりエド。」
「あん?」
「サーニさんは、結婚されましたの。今ではカルルスの方ですのよ。嬢ちゃんはないのでなくて?」
「はあ?聞いてねーせ、いつの間に?まあ、めでたいことじゃあるが。」
そういや、カルルスの三男坊の魔獣生態学者があそこに滞在してたよな、と、今さらながらに思い出した。
珍しい赤い目の。
玉の輿って奴か?
いや、あの嬢ちゃん、そんなことを狙うような浅ましい女じゃねーな。
うん、めでたい。
めでたいが…
「お、おい、アリス?この落札金額ってケタがおかしくねー?」
「こんなものでしょう。」
「だ、だってよ、これじゃ俺の年俸よりだいぶ高くねーか?」
「ですわね。あなたの号俸等級は、公務員としてはかなり上ですけど。」
エリート職である上、危険手当もつくから当然そうなるが。
「あんな可愛げのない生き物に出すような金額かい?」
地味に傷つく。命懸けの1年間の対価よりこの小汚い魔獣2匹の対価が上だって?
「ハイハイ。人生の悲哀は後でたっぷりと慰めて差し上げますから、今は集中して頂けるかしら?」
慈愛に満ちた表情で、頭を撫でられてしまった。全くコイツは!
「うー。」
釈然としないながら、唸ることしか出来ないエドである。
弄ばれてんじゃねえか、オレ?
最悪なのは、あんまりイヤじゃないって事実なんだがなあ。
落札者が決定すると、ステージ上の箱は速やかに片付けられた。
暫しの幕間。
「あらあら…」
「どうした?」
「トラブルのようです。困りましたわ。」
「へー、アンタでも計算違いがあるんだなあ。」
軽口のつもりだったが、アリスの視線がかなり痛い。しまった、と思うが、出てしまった言葉は、今更取り返せないのだ。
いやーな予感がする。
「仕方ありませんわね、カリス特別捜査官。」
ほらな。こうだ。いつもこうなるって。
「オレ、休暇中で…」
「連邦特別捜査官に関する特例第3条1項但し書き及び5条。」
「わかった。わーったって。で?」
アリスの答えより先に、エドは、目の端に見えた動きに注意を奪われた。
ステージの奥のカーテンの隙間から走り出てきたのは、小さな男の子だった。まだ学齢期には達していまい。オークション会場の光景に面食らった様子で一瞬立ち止まり、周囲を見回す。
その目に宿るのは、追い詰められたものの恐怖と焦燥だ。
必死に逃げ道を探している様子は傍目に明らかだったが、しかし、彼の背後から飛び出してきた男たちに捉えられ、そのままカーテンの奥に連れ去られかけて…
「待ちな。」
エドの手は、男の子を捉えた男の腕を抑えていた。
「連邦司法省特別捜査官、エドガー・カリスだ。誰も動くな。」
その場が凍りついた。
次回更新も宜しくお付き合いください。