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月の宮異聞  作者: WR-140
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セカンド・オークション・ハウス

オークションは淡々と進んだ。商品であるホムンクルスたちは、まあそれなりの水準ではあったが、特筆すべき点はなく、先程偶然スクリーンに映ったあの顔の前では、更に色褪せて見えた。

こんなモンだろな、とエドが納得した頃。

アリスが指先でコンシェルジュを呼んだ。

「つまらないわ。」

開口1番、淡々と告げたアリスに、コンシェルジュは一礼した。

「申し訳ありません、マダム。」

「何かもっと、私の欲しい物はないの?これじゃ、遥々リマノから来た甲斐がないわね。」

適度に苛立ちを込めた口調は絶妙である。

高飛車で、刺激を好む、大胆でそこそこに頭が回る女。むろん、金持ち。

そんな印象を与えるのに自然な態度だ。

「マダムはどのようなものをお求めでいらっしゃいますか?」

「そうねえ…ありきたりのはイヤ。」

紅い唇がニヤリと笑う。

「エド。サングラスを外しなさい。」

そう来たか。

「はい、マダム。」

従順に言われた通りにする。

スラム暴動の際、エドは大怪我をしたが、火傷で失明した両眼はそれ以来、白濁したままだ。

視力は別の方法で回復したのだが、見た目は敢えて再生していない。愛するもの全てを無くした、あの恐ろしい体験を、自らの身体に刻んだままにすることが、当時は必要だったからなのだが、今となってはどうでもいい。

だが、これはこれで仕事上役にたつこともあるから、そのままにしている。

案の定、コンシェルジュは、何らかの誤解をした。というか、マダムの趣味について、ある種の解釈を下したらしい。

「なるほど…」

とか呟き、仔細らしく頷いている。

どんな想像をしたのやら。

エドはアリスの合図でサングラスを掛け直した。

「承知いたしました、マダム。では、別の趣向のオークションにご案内してよろしいでしょうか?私共の『セカンドハウス』では、きっとお気に召す商品をご紹介出来るかと思いますが。」

「そう?なら、案内して。」

「かしこまりました。」

ステージ上の商品そっちのけで、アリスの姿を熱く見つめる人々の視線のなか、2人は壁ぎわの小さなドアから廊下に導かれた。

この辺りは壁が不透明なので、オークション会場からは見えなくなる。

ドアの開閉には、生体のID認証が必要らしいことをエドは見てとった。

何か後ろ暗いことがありそうだ。

案内されたのは、さっきの部屋の1/4もなさそうな部屋である。

開放的だった先ほどの部屋と打って変わって、ここのステージは奥の1箇所のみだ。

客席は、少数ずつのブース式で、通路からも他の席からも、ブース内は見え難くなっていた。

ゆったりした椅子が4脚ばかりと、各椅子に付属した、小さなサイドテーブル。

飲み物が注文できるらしいが、アリスとエドは断った。

サイドテーブルの上に、小型の入札用端末が置かれている。

簡単な操作法を説明して、コンシェルジュは立ち去った。このオークションには事前配布カタログはなくて、商品説明は各席の前のホロスクリーンに現れるらしい。

そりゃ取扱品がヤバけりゃ、証拠は残せないよなあ、とエドは思う。

が、必要情報は既に、アリス=ラグナロクに根こそぎ抜かれた後だろう。知らぬは主催者のみってことだよな。


ステージに、オークショニアが現れる。

正装した男性で、珍しく生身の人間だ。

ステージの奥には両開きのカーテン。

「ようこそ、当オークションハウスへ。」

簡単な口上だけで、取扱品の具体的品目を述べないのにはわけがあるのたろう。

客席は静かだ。

気配からして、半分以上の入りと見えるのだが、それにしては物音が少なすぎる。

「遮音障壁のようね。」

なるほど。つまり、ロクなものを扱っていない証拠だ。


カーテンが二つに分かれた。

そこから、台車に乗った箱が現れる。材質は白く不透明で、縦横高さの合計は180センチ以内だろうか。

同時に、エドの前のスクリーンに紹介文が表示された。

キュルカルイデス?

聞いたことのない名称だが…。

「アレよ、エド。月の宮の庭園の生垣に住んでいる、庭師小人ね。」

「あー、あれ、そういう名前か!けどあんなモン、誰が買うんだ?」

「ペットとして、結構人気があるらしいですわ。」

「は?」

身長20〜30センチ。枯れ木みたいな手足に突き出た腹、ミニチュアの悪魔みたいな外見に、鋭い爪を持つ、体に比べて異様に大きい手。お世辞にも可愛らしいとは言えない代物だ。

説明文によれば、そのつがい、だと言う。

「つがい、って、ええっ?あいつら、雄とか雌とかあんのか?」

「外見から見分けるのは難しいでしょうね。」

陳腐なドラムロールの効果音と共に、箱が透明感した。同時に手元のスクリーンに商品が映し出される。

2匹の「商品」はただ立ち尽くしていた。表情らしきものはない。

「やっぱオスとかメスとかわかんねー。」

色も形も、どちらの個体とも変わりなく見える。

裸だから、当然外部生殖器があれば見えるはずなのに、2匹のキュル何とかの股間はただつるんとしていた。

「雌雄がわかんねーのは一緒だな。しかしサーニの嬢ちゃんになついてた奴らとは、ちっと違うみてーだが?」

「慧眼ね。月の宮は特殊な結界ですから、魔獣が存在進化することがあるの。これは原種ですけど、あそこにいる集団は、遥かに高い知能を持つ亜種ですわ。ねえ、それよりエド。」

「あん?」

「サーニさんは、結婚されましたの。今ではカルルスの方ですのよ。嬢ちゃんはないのでなくて?」

「はあ?聞いてねーせ、いつの間に?まあ、めでたいことじゃあるが。」

そういや、カルルスの三男坊の魔獣生態学者があそこに滞在してたよな、と、今さらながらに思い出した。

珍しい赤い目の。

玉の輿って奴か?

いや、あの嬢ちゃん、そんなことを狙うような浅ましい女じゃねーな。

うん、めでたい。

めでたいが…

「お、おい、アリス?この落札金額ってケタがおかしくねー?」

「こんなものでしょう。」

「だ、だってよ、これじゃ俺の年俸よりだいぶ高くねーか?」

「ですわね。あなたの号俸等級は、公務員としてはかなり上ですけど。」

エリート職である上、危険手当もつくから当然そうなるが。

「あんな可愛げのない生き物に出すような金額かい?」

地味に傷つく。命懸けの1年間の対価よりこの小汚い魔獣2匹の対価が上だって?

「ハイハイ。人生の悲哀は後でたっぷりと慰めて差し上げますから、今は集中して頂けるかしら?」

慈愛に満ちた表情で、頭を撫でられてしまった。全くコイツは!

「うー。」

釈然としないながら、唸ることしか出来ないエドである。

弄ばれてんじゃねえか、オレ?

最悪なのは、あんまりイヤじゃないって事実なんだがなあ。


落札者が決定すると、ステージ上の箱は速やかに片付けられた。


暫しの幕間。

「あらあら…」

「どうした?」

「トラブルのようです。困りましたわ。」

「へー、アンタでも計算違いがあるんだなあ。」

軽口のつもりだったが、アリスの視線がかなり痛い。しまった、と思うが、出てしまった言葉は、今更取り返せないのだ。

いやーな予感がする。

「仕方ありませんわね、カリス特別捜査官。」

ほらな。こうだ。いつもこうなるって。

「オレ、休暇中で…」

「連邦特別捜査官に関する特例第3条1項但し書き及び5条。」

「わかった。わーったって。で?」

アリスの答えより先に、エドは、目の端に見えた動きに注意を奪われた。

ステージの奥のカーテンの隙間から走り出てきたのは、小さな男の子だった。まだ学齢期には達していまい。オークション会場の光景に面食らった様子で一瞬立ち止まり、周囲を見回す。

その目に宿るのは、追い詰められたものの恐怖と焦燥だ。

必死に逃げ道を探している様子は傍目に明らかだったが、しかし、彼の背後から飛び出してきた男たちに捉えられ、そのままカーテンの奥に連れ去られかけて…

「待ちな。」

エドの手は、男の子を捉えた男の腕を抑えていた。

「連邦司法省特別捜査官、エドガー・カリスだ。誰も動くな。」


その場が凍りついた。

次回更新も宜しくお付き合いください。

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