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月の宮異聞  作者: WR-140
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暗殺兵器

ルームサービスの夕食を終えたところで、エドはアリスが口にした言葉に注意を引かれた。

「ホムンクルス・キメラ?何だそりゃ?キメラ細胞とかの話か?」

「当たらずと言えど遠からず、ですわね。ただし、この場合、異種細胞は魔獣由来のものを指します。」

「お伽話?」

「いいえ。」

イメージがわかないが、アリスが言うならそうなんだろう。

キメラ細胞と言えば、例えば、母子それぞれが相手の細胞を体内に持っている例などが典型だ。母子とはいえ、遺伝的に完全一致しているわけではないから、双方が取り込んだ相手の細胞は異種の細胞である。

これは妊娠期間に、母子間で細胞の移入が起こるからで、ごく当たり前のことだが。

当然、父子間では起こらない。


しかし、魔獣の細胞だ?

ホムンクルスは、美的観点がメインの有機アンドロイドの一種だが、魔獣とのキメラなど考えにくい。

第一にメリットがないだろう。化け物の因子を取り込んだホムンクルスなど欲しがるのは、危ない趣味の持ち主か、美的感覚が歪んだ連中か。

どちらにしても少数派のはずだ。

と、いうことは、儲からない。

魔獣の細胞を取り込んで生体組織に定着させるためには、大変な技術が必要なはずだ。当然、経費もかかる。

そこまでしても、マーケットが狭ければ、投資金すら回収出来まい。


「ええ。普通に考えればそうですわね。でも、ある種のテクニックを使えば、かなり安価な生産が可能なら?」

「…まあ安けりゃそれなりに買い手はあるだろなぁ。」

「融合させる細胞の能力にもよるわ。それを使って、情報収集や洗脳、暗殺、あらゆるテロまで可能ならいかがかしら?」

エドは少し沈黙した。

アリス、いや、ラグナロクがそう言うならそれは現実だ。実現可能であるということになる。

「アリス、アンタにゃ出来るんだな?」

「もちろんですわ。でも、私に可能なのは科学的手法のみです。今問題なのは、非科学的方法の方がずっと容易だって事実ですのよ。」

魔法、魔術、あるいは呪術の類いか。

エドにとっては苦手分野と言える。

聞くところによれば、ラグナロクの産みの親も、そっち方面は余り得意でなかったらしい。

月の宮の再封印以来、ラグナロクは猛烈な勢いで学習を始めた訳だが、このモンスターが真剣に取り組んだら、その進歩は人間の比でないだろう。

だとすると…

「なあアンタ、魔術だか何だかでキメラを造ろうなんて、考えちゃねえだろうな?」

アリスは婉然と笑う。

「勿論、考えましたわよ。楽しそうですものね。でも、そんなことをしたら、マスター達から嫌われてしまいそうなので、断念しました。」

「やっぱ考えたか。そういうヤツだよな。ま、知っちゃいたが。」

思わずため息をついた。

そうとも、コイツは実に物騒な代物だ。

単なる思いつきで人類を殲滅しかねない。

わかっちゃいるが、一介の公務員ごときにどうしようもなかろう。

オレはどーせチキンな現実主義者だよっ!


「あらあら、そんなに落ち込んだ顔しなくてもいいじゃない?だから、シミュレートするだけで満足していたのですけど…」

「けど?」

「量産可能で、その割に高値で売れそうなモデルについて考えてみましたの。やはり、暗殺用の対人兵器ですわね。」

「あー、そうかもな。ホムンクルスをペットみたいに連れ歩く金持ちは多いし、ベッドに連れ込むやつはもっと多いだろ。しかし、暗殺の対象になるような人物ならば、そう簡単には行かねえんじゃないか?」

「火器や刃物、爆弾は論外ですわね。」

それじゃすぐにバレるから、ターゲットに近付もしないだろう。なら。

「毒か。」

「そうなります。あと、ベッドで仕留めるのが確実ですかしら。お楽しみの最中ならば、どんなターゲットも警戒し続けるのは難しいわ。」

人間ならばこそ、だな。

エドはチラリとアリスを眺める。

こんな奴、不意打ちなんぞ試みるだけ野暮ってモンだ。

「あら、何か?」

しかも、異様にカンが鋭い。

実際にはカンじゃなく、相手の身体反応、つまりは体温や呼吸、脈拍、瞳孔、発汗、瞬き回数に至るまでを常時モニタリングした結果だが。

そういや、捜査官もカンと経験で同じようなことをやってるよな、とエドは思う。

経験というならば、ラグナロクには優に一千年を超える経験があるのだ。

敵うはずはない。

アリス=ラグナロクは、答えを促すでもなく、一つ頷いた。エドの内心など、聞くまでもないということだろう。

ま、長い物には巻かれろってな。

今更だが、無力感が半端ない。

「で?」

「ベッド用のホムンクルスと相性のいい魔獣は色々ありそうですが、サキュバスかインキュバスあたりが、融合の親和性が高いようですわ。」

「なるほどな。だがそれじゃ殺せない。」

ターゲットを虜にはできるだろうし、それはそれで付加価値がつくだろうが。

「ええ。暗殺には、別にいい素材がありますのよ。ご存知かしら、ウミガシワ?」

「あん?そりゃ、どっかの名物だろ?食品だよな、毒じゃなく。魚だっけ?」

「普通はね。でもあれは、この世界の生き物ではないんです。異世界から迷い込んで野生化したモノですから、魔獣の類いですわね。」

「初耳だ。」

「そういう生き物はかなり多いのよ。ただ、ウミガシワの生きた細胞には特殊な効果がありますわ。人間のある種の体液に触れると、特殊な毒に変わるという、ね。」

「なっ!?」

「化学反応ではありませんし、生成される毒も通常の生理活性を持つ毒物とは異なります。むしろ、呪いに近いかも。蓄積しある濃度に達したあと、ある日突然…」

「つまり、ウミガシワの細胞を組み込んだホムンクルスと寝たら、死ぬ?」

「ほぼ確実にね。」

それならば対人暗殺兵器として充分使用できるだろう。

「死亡原因の特定は困難でしょう。ホムンクルスが疑われたとしても、毒そのものは検出が非常に難しいわ。」

「し、しかし、ホムンクルスの軟組織は人間由来の細胞のはずだ。ホムンクルス自体が先に毒にヤラレるんじゃねえか?」

「いい質問です。実はこの呪毒は、人間の脳に特異的に働きます。つまり…」

アリスは視線でエドに続きを促した。

「アンドロイドであるホムンクルスの電脳には影響がない、か。考えたもんだ。しかしアリス、なんでいまそのハナシを?」

「さっき、召し上がったでしょ?」

「はあ?一体何の…」

「ウミガシワ料理ですわ。ここは、この世界で唯一のウミガシワの産地。兼…」

「違法キメラ生産拠点。」

「当たりですわ。だから、私あなたが大好きですの、特別捜査官♡」

「あー。」

それ以上言葉が出ない。

アリスは、いつもこうだ。

エドの都合など考えもしない。


そうとも、嫌な予感はしてたんだ。

夕食の後で付き合って欲しいと言われたときからな。


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