ベッドへのお誘い
早くも日は落ち、場所はビーチからホテルへと移っていた。
「好きにしろとは言ったけどよ、コレ、ホントに必要か、アリス?」
「必要ですわ。それより、どんな感じか教えてくださらない?」
「い、いやその、どんな感じって…」
改めて言葉にするのも妙な感じだ。
ベッドの上で、大人の男女がやりがちなことといえば、まあこういうことも含まれはするのだろうが。
「普通、マッサージって、ここまで際どい事はやらねーんじゃ…」
仰向けに寝たアリス。
彼女にのしかかる姿勢のエド。
その両手は、彼女のあらわな胸の辺りを、丹念になぞり、揉みしだいているのだが、無論これは彼の意思ではない。
「あなた自身の感覚を私にフィードバックして、同調性を高めたいのよ。共感魔術には必要なことなのですわ。」
「あー、その。何だ。俺には魔法だの魔術だのはからっきしだが。まあ、結構な感触ではあるかな。」
「具体的には?」
「アンタ、いや、アリス、まるで人間みたいだってのに心底感心したぜ。このヤワな素材で、どうやったらあんだけの破壊力が出せるんだかなあ。」
素手でコンクリートを砕く破壊力。
手だれの兵士を蹂躙してあまりある体術。
達人クラスの武道家が数を頼りに挑んでも武器を持たない彼女にかすり傷ひとつつけられないだろう。
そして、彼女はあらゆる武器のエキスパートであることを、エドは知っている。
「お褒めの言葉と取りますわ。あとは?」
「体温の変化。表情筋の動き。潤んだ目。アンタにとっちゃ、ただの演算結果なんだろうが、実に絶妙だ。性的に興奮してる女にしか見えねえな。女を知らねえ男ならアッてまにヤラれちまうだろう。いや、遊び人とかでも同じか。」
エドが比較的冷静さを保っていられるのは、相手が化け物AIと知っているからだ。
さらに、これほど精巧なアンドロイドが犯罪に投入されたら、取り締まりは容易でないだろうという、強い危機感のせいでもある。
彼は骨の髄まで、犯罪捜査官という名の猟犬だった。
「一番怖いのは、違和感のなさだな。オレはあんたが何者か知ってる。だがこの感触は、まるでアンタが見た目通りの女だと、俺自身を欺くほど完璧だ。」
アリスは笑う。心底嬉しそうだ。
擬似的なものかもしれないが、この怪物には感情が備わっていることを、エドは知っていた。
感情を持つと宣伝されている、高級モデルのアンドロイドはあるが、それとは次元が違う。
金持ち連中は、競って高価なアンドロイドを買い求め、その美しさやオリジナリティ、スペックの高さを自慢のタネにするが、今のところエドはアンドロイドと人間を見分ける自信はあった。
アリスを除いては、だ。
こうしていると不思議な感情に囚われる。
見た目もそうだが、アリス=ラグナロクには確かに個性、いや、人格が感じられるのである。
ラグナロクは、目的に応じて様々なアンドロイドを生み出すことができるし、過去エドは、様々な作業用の自動機械に会っていた。リュウこと龍一の執務室や、月の宮の家事アンドロイドは、ラグナロクの端末である。
一見、人間とかけ離れた姿だが、エドはそれらのマシーンからも、ある種の個性を感じ取ることができた。
「不思議なんだが…」
「なんですの?」
「アリスも、リュウの執務室の台車型の汎用アンドロイドも、俺にとっちゃ、やっぱりアンタなんだよな。これって、変だ。」
「どれもこれも私ですもの。」
と、アリスは笑う。当然、という反応であるし、何故か嬉しそうだ。
「あ、おい?」
エドは突然のことに慌てた。
今までは、腕と肩あたりまでの制御をアリスに奪われた状態だったのだが、それが一気に全身を支配されてしまったのだ。
抗うすべなく、エドはさらにアリスに覆い被さった。自分の唇に押し当てられる、柔らかな唇の感触を感じてしまった。
いやこれはないだろ!?
完全に生身の女じゃねーか!
「や、やめろ!」
「あら、好きにしていいと仰ったじゃないの。アリスは自信作ですのよ。どこまで精巧に出来ているのか、じっくり確認なさいませな、エド♡」
「い、いや、これは違う!なんか違うんだ!」
「あらあそんな、照れなくても。」
「照れてるとか、そんなんじゃねえ!」
アリスは、制御をといた。
が、不承不承なのは表情に明らかである。
「あのな、アリス。アンタは、つーか、この端末の出来は最高だ。完全に人間の女そのものだし、アンタが何なのか知っても、アリスのトリコになる奴はいくらもいるだろう。だが、なんて言うか、オレは、アンタとそういうことはしない。それはナンカ違うと感じるからなんだ。…上手くは言えないんだが、アンタはオレにとって、遊び相手でも恋人候補でもない。何か別の…相棒みたいな、あるいは友達、ってのか。」
エドはもどかしさを感じた。
ティーンエイジャーでもあるまいに、あまりに拙い説明である。だが、アリスは身体を起こし、笑顔を浮かべた。
「相棒。いい響きですわね。私、あなたのお友達と認めていただけますの?」
「お、おう。俺ごときがそのー、アンタを相棒だの友達だのってなあ、あんまり生意気だとわかっちゃいるが、正直なとこそんな感じなんだ。」
「ありがとう、エド。嬉しいわ。」
半裸の美女になんとも悩ましい笑顔を向けられ、我知らずドギマギしたのは内緒だが、どうせアリスにはバレている。
奴さん、オレのバイタルはしっかりモニターしてるだろうから。
ま、そんならそれでいいさ、ウソはついていない。
アリスは、確かに非常に魅力的な女に違いないし。
「んで、そろそろ教えてくれ。なんでまたこんなところへ?実験台としてだけじゃないよな?」
「そういうところ、本当にイイわ、あなたって。そうね、お食事の後、少し付き合って欲しいところがありますの。よろしくって?」
「良いぜ。オレはアンタについてくさ。」
どうせ、選択権なんかない。
アリスの怖さは身に染みて知っている。
「あー、メシならオレはシーフード以外で頼むわ。」
「ええ、知っているわ。予約済みよ。」
「いつもながら周到なこって。」
「当然ですわ。それが私よ。」
そう、それがラグナロク。
どう足掻いたって、勝てる相手じゃない。
引き続き定期更新の予定です。
宜しくお付き合いのほどを?