海辺のバカンス
燦々と降り注ぐ陽射し。
どこまでも透き通る青い海と、白い砂浜のビーチ。
パラソルの下のビーチチェアには、肌も露わな水着の美女と、何とも浮かない顔の男が1人。
男は、定番ビーチリゾートの景色にふさわしい服装とサングラス姿なのに、その表情の異物感がハンパない。
何がどうしてそうなるのかはわからないが彼の周りでは、太陽さえも輝きを抑えているように見えるのだ。
真夏の正午に近い時間帯、強い光線はあらゆる物を照らし、時にクッキリした影を落とすはずだが、男、つまりエド・カリスの影は、薄いように感じる。
影の薄さは存在感の希薄さを招いていた。
つまり、場違い。
「なあ、アリスさんよ、俺らここで何してんだ?そもそも、ここはどこなんだ?」
例の通路を抜けたらここだった。
ここがどこかエドは知らないが、リマノでないことは確かだろう。
「ここは、ジェダ星系の惑星ジェダスにあるソリマーレビーチ。私たちはバカンス中で、宿泊しているホテルのプライベートビーチで寛いでいるということですわね。」
エドは、起き上がった。
「はああー?!ソレ、金持ち専用の超有名リゾートじゃねーか!オレでも聞いたことあんぞ?」
「ああ、費用はお気になさらず。誘ったのは私ですから。」
「金の話じゃねーって。アンタの目的は何なんだ?」
「まあ、怖い顔。」
「何カマトトぶってんだ?」
「あなたのカラダが目当てだと言ったらどうします?」
「はあっ?!ありえねーわ。なあ、アリスさんよ、そろそろ俺をこんなとこに引っ張って来たホントの目的ってのを聞かせちゃもらえませんかね?」
トロピカルな色彩の飲み物を、乾杯でもするように目の前に掲げて、アリスは笑う。
グラスの水滴が、キラリと光って落ちた。
「だ・か・ら。あなたのカラダが欲しいのよ、エドガー。」
「…!?」
反応するタイミングすらなかった。
エドは、突然、身動きひとつ出来なくなったのだ。
まばゆい光に満ちたリゾート。
白い砂浜にゆったり打ち寄せる波。
かなり離れた場所に、別の宿泊客のパラソルが見えるが、プライベートビーチに人影はない。
「て、め…、なにを…」
「あらあ、まだ声が出せるのね。」
クスッと笑って、アリスは立ち上がる。
際どいビキニの水着、腰に薄いパレオ。
座った姿勢のエドに、のしかかるように接近してきた。
彼女の胸の谷間の僅かな産毛が、金色をしていることに、エドは初めて気づいた。
どこまで精巧に出来てんだコイツ?
呆れっちまうぜ。
スーパーモデル級の長身美女が、エドにはこの瞬間、化け物にしか見えなかった。
実際に彼女は、つまり、この端末を操るAIは化け物に間違いない。
その本体は多分、連邦首都惑星リマノの地下のどこかにある。そこは人間の侵入を許さない、マシーンの王国だ。
自己進化するAIラグナロクが誕生してからどれほど経つのかは誰も知らない。
だが今や異次元の進化を遂げたラグナロクは、電磁的制御を受けている連邦のインフラの全てを、事実上支配下に置いていた。それだけでなく、連邦に存在する全コンピュータ又は人工知能を瞬時に乗っ取り、操る能力が彼女にはあるのだ。
最高度のセキュリティも、仮にスタンドアローンタイプのマシーンであっても関係ない。
文字通りの化け物。
それがアリス=ラグナロクである。
「あら嫌だわ。そんなに怯えなくても♡」
「な…」
エドの右手がスッと上がって、アリスの剥き出しの肩に触れる。生身の女に触れるのと、何ら変わらない感触。
だが。
ど、どーなってやがる!?
オレはこんなことする気はない!
金輪際ナイ!
手、手が勝手に?!
エドの手は、彼の意思に反して、さらに動いた。
「あらあ♡」
い、いやっ!違う、違うんだアリス!
こっ、これはオレの意思じゃねえっ!
必死に目で訴えかけるが、慌てればあわてるほど声が出ない。
その間も、エドの右手はアリスの胸の辺りをまさぐる。
触覚はあるから、見かけ通り素晴らしい触り心地であることは充分認識したが、しかし、断じて自分の意思じゃない。
この化け物相手にこんな恐ろしい真似が出来るか!
というか、これは多分…。
「や…めろ…。」
「あら、お気に召さないかしら?私は気に入ったのに。」
アリスが残念そうに言うと同時に、エドの手と体は自由を取り戻した。
焼けた鉄にでも触ったかのように、アリスのバストから手を離す。
「テメー、オレに、な、何をしやがったんだ!?」
火傷した気分で、右手をブンブン振る。
アリスは何事もなかったかの如く、ビーチチェアに戻った。
「私、最近魔法と呪術に凝ってますのよ。それで、少し協力していただきたくて。」
「はあっ?魔法って、おめーマシーンだよな、ラグナ?」
聞くまでもない。ちょっとした意趣返しってヤツ。
キカイであることは重々承知だ。
戦闘端末の名が伊達じゃないことも、散々見た。化け物だけあって、背中を預けるにこれほど頼れる相棒はいない。
ソイツが、魔法だと?どうした、アリス?
「色々ありましたのよ。私、その分野はあまり得意ではなかったのですけれど、今回の再封印で、考えましたの。」
「あー、アレか。魔法ベースなんだろ、月の宮の封印てヤツ。」
「ハイ。黒のマスター、レヴィ様は、龍一さま同様、魔法に長けたお方なので。
私の作り主である翠の神皇さまは、その分野にあまり才能をお持ちでないので、私も長い間興味がなかったのですわ。」
「へえ。神皇さまって、リュウの親父さんだよな?」
「そうですが、龍一様はむしろ叔父上様によく似ておられます。」
「ああ。顔見て驚いた。で、アンタは何でオレを魔法の実験台に?」
「あなたが気に入ってますの、エド。」
「はあ?何で?」
「あなたは、私が何なのかご存知なのに、私に対する態度がとても自然です。」
「アンタはアンタだろ?何でまた?」
エドは、心底不思議そうである。
アリスは微笑した。
「そういうところですわ。龍一さまが神族と知りながら、自然に接する事のできる人間は多くないのです。」
エドはますます困惑した。
「あいつは、確かにおっかねえとこがあるが、でもいい奴だ。そんだけのハナシ。
それより、さっきのは、つまり魔法でオレを操ったってコトか?」
アリスは首を傾げた。
「そうでもあり、そうでもないかしら。」
謎めいた言葉だが、彼女自身まだ確信が持てずにいることを彼は察した。
「つまり、レヴィ様やリュウが使う魔法とは、様式とか要素が違うんだな?」
「そうですわ。今のは、魔法というよりもむしろ、電磁誘導に近いかしら?」
「…バルト少尉みたいな?」
アリスは、嬉しげに頷いた。
「さすがですわ!素晴らしい洞察力ですこと、特別捜査官。」
「褒めたってナンも出ねーぜ。つまり、俺の神経を操ったってこったな。気色悪ィ真似しやがる…。」
エドとしては、声に精一杯の皮肉を込めたつもりだが、相手にはさっぱり通じない。
「どうせおヒマでしょ、エド。私の実験にお付き合い下さいな。私が新たな知見を獲得する事は、人類にとってもプラスだと思いますのよ。」
「化け物が更に化ける手伝いをしろって?んで、アンタが暴走でもしたら、人類は簡単に滅亡しちまうが?」
「大丈夫よ。」
「バカ言ってんじゃねーや!根拠がねえだろ、根拠が!」
「私のマスター達は、みなさま人類を愛していらっしゃいます。だから、私は人類に敵対することは致しません。」
エドは呆気に取られた。
何言ってんだ、コイツ?
「愛ってか?それが根拠?バカじゃね?」
「はい。そして、これは私自身の意思ですわ。私は絶対に、人類に仇なす存在にはならないということです。」
何ともあやふやで意味不明の根拠である。
愛などというものを、エドガー・カリスは信じない。信じたくもない。
だから、恋人もいたことがない。
だが、彼は直感的にラグナを、リュウを信じていた。
「ンじゃ、それでいいや。オレのことは好きにしな。」
まだまだ続きそうです。
次回もどうぞ宜しく。