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月の宮異聞  作者: WR-140
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マン-マシーン・システム

盟主が帰宅した、丁度同じころ。

司法区画の一角では、司法省特別捜査官エドガー・カリスが、椅子の上で大きく伸びをしていた。

カルト教団・六芒星の子らの関係先の捜索(というか、破壊)を終えた彼は、今の今まで報告書作成に忙殺されていたのだ。

「終わったー!!」

「お疲れ様でした、エド。」

パーティドレス姿の美女アリスこと、連邦を統べるモンスターAIラグナロクの戦闘端末は、手にしたトレイから飲み物と菓子を彼の前に並べる。

甘党のエドが好む和菓子と、濃い緑茶のセットだ。

「おー!これだよな、コレ!」

練り切りを一口で頬張り、幸せそうな笑みを浮かべたカリスだが、ふと気になったことを訊ねる。

「なあ、アリスさんよ、これって普通、連邦じゃ手に入らないんじゃね?」

「まあそうですわね。材料の近縁種の植物はありますけれど、この味は再現出来ないでしょうね。」

「え?じゃ、これは?」

「サンクチュアリ、つまりは紫のマスターがお生まれになった銀河辺縁の太陽系の第3惑星に、京都という古都があります。その老舗和菓子屋から取り寄せたものですわ。」

彼女がマスターと呼ぶのは、ただ3名のみである。

紫のマスターとは当代盟主で、あとの2人は彼の父と叔父だ。

「サンクチュアリ?そ、それって、禁制品じゃねーか!」

「普通ならそうなりますかしら。ですが私は、マスターの意向に沿うもの。翠と黒のマスターは、サンクチュアリに長く住まわれていましたし、聖域として指定なさったのは私の造物主、翠のマスターです。私を縛れる法はありませんわ。」

「それってつまり、あんたなら何でもありっつーか、あーまあ何だ。今更、だよな、〈ラグナ〉。」

美女は嫣然と笑う。

いや、ホントに色っぺーわ、この姐ちゃん。マシーンだけど。

実際のところ、最新かつ最高級のアンドロイドの出来は、アリスよりずっと劣る。

演算能力や機動性はもとより、その人間らしさも。

だが、アンドロイドに溺れる人間は、後を絶たなかった。

それで命を落とす者や、犯罪に手を染める者も多い。最新モデルともなれば本体価格は労働者の生涯賃金にも匹敵する。

更にメンテナンスも必須である。

まして、この女ほどの逸品なら…

「どうかされましたか?」

「いやー、アリスはいい女だなーって。」

「あら、ありがとうございます。でも、何故そんなに残念そうなんです?」

「いやなあ、どうしても考えちまうんだ。人間とAI、生命と非生命って、どう違うのかって。オレのアタマじゃ、もうわからねえ。」

鼻先で笑われるだろうと予測していたが、アリスは、真顔で首を傾げた。

「それは私も同じです。過去に多くの定義付けがされてきましたが、それらは次々と反証が上がってきました。」

「自己複製がどうとか、分子レベルでの補完修復の過程がなんとかってヤツな。そんなの、アンタにゃ全く意味ねえもんなあ。」

思考や学習の過程もだ。

モンスターAI〈ラグナロク〉がモンスターと呼ばれる理由がそこにある。

自己進化AIラグナロクは、その存続に人間を必要としない。

しかし、モンスターでありながら人類にとっての神でも悪魔でもないという、アクロバティックな立ち位置を、どのようなロジックが可能たらしめているのか?

それは謎の一言に尽きた。


「報告書の精査は終わっています。休暇申請もね、エド。」

「え?オレ、休みなんざ…」

アリスはにっこりと笑ったが、エドはなぜか嫌な予感を覚えた。

「あなたの上司は喜んで許可したわ。人事課からの圧力で、胃潰瘍が悪化しておられたらしいですね。あなた、ここ10年で有給休暇消化率1%未満ですって?」

「あ…。」

休みなんか、やることないじゃないか。

その言葉をグッと飲み込む。

エドに家族はいない。

彼女もいない。

休みの日につるむような友人もいない。

下戸だし、趣味もない。ナイナイづくしである。

だから、公休日すら持て余す。

「き、休暇ってその、何日くらい…?」

「ほんの30日ですわ。」

「ゲッ、ま、マジか?」

虚無の時間を1ヶ月だとっ?

オレを殺す気か!?

頭が空白になる。あり得ない。

どうしろってんだ!

ゆったり腕組みしつつ彼を観察していたアリスが動く。

綺麗なマニキュアを施した白い繊手が、エドの頬に添えられた。

「は?」

「そう仰ると思いましたわ。ですから、暇つぶしがてら私にお付き合いいただこうといろいろ手配もしましたの。」

「アンタに?何でだ、オレがアンタの役に立てることなんか何もないだろ?」

エドは、エリート揃いの司法省特別捜査官の中でも屈指の実力者である。

だがしかし、頭脳は連邦を統べるこのモンスターAIの前では、質・量共にチリ以下だし、戦闘用端末アリスの武力はいうまでもない。

今回の一連の任務では、全てを計画し実際に働いたのはアリスであり、エドはアリスに引き摺り回されていただけである。

それも心底不思議だ。

「てか、なんでオレ?」

思わず疑問が口から出た。

「あなたがいいからです。」

「はあ?」

益々分からん。

「私は、さらに学ばねばなりません。

数値としての理解ではなく、生命体としての感覚を。そのため、この端末に様々な感覚機能を付与しました。ただ、私だけでは客観性に問題があるでしょう。」

「で、オレ?」

「ええ。あなたならば、私が何者であるかご存知ですわ。それでいて、偏見に囚われず、私を客観視していただける。理想的なパートナーです。」

満面の笑みでそう言われたが、エドは複雑な気分である。

アリスと1ヶ月って…。

いや、ないわ、それはないだろ。

「あのな、あー、気持ちは嬉しいが…」

「あらあらあら、選択肢があると勘違いしてるのかしらエドガー・カリス?」

「あ…」

アリスは、座っているエドの首に両腕を回し、彼の頭部を胸に押し付けた。

アリスの[体温]が、薄い布地を通してダイレクトに伝わる。

や、柔らけー。それになんていい匂いだ。

こ、香水までつけてやがんのかコイツ?

こ、これじゃ生身の女としか思えねーが、チクショー!完全に足元見られてるぜ…。

「あなたは私と共に来るの。これは決定事項です。宜しくて?」

アリスの言う通り、選択肢などハナからなかった、と、エドは敗北を悟った。

そもそも逆らって勝てる相手じゃない。

休暇を1人で乗り切る自信もない。


かくしてエドは、アリスことラグナロクの手中に落ちたのだった。


評価宜しくお願いします。

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