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月の宮異聞  作者: WR-140
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楽屋裏

一旦静まり返った会場だったが、事態が理解されるにつれざわめきが広がる。

だが、誰もが周囲を窺いながら、率先して質問しようとしなかった。

まさか、と思いつつも、いやしかし、と思い直し、更に周りの人間の顔色を眺めて、ファーストペンギンがいないかを探っているのだ。

彼らは、ジャーナリストである。

場の空気が凍りつくなら、率先してアイスブレイクを試みるメンタルの持ち主達だ。

本来なら、この場で最初に大胆かつ華麗なダイビングを決めてこそ、の筈だが…

1000年の慣例を破って、今この場にいる人物が当代盟主である、と仮定するなら。

聞くべきことは、山のようにある。

職業を持ち出すまでもなく、個人的な好奇心のレベルでさえ、聞きたいことはあまりにも多かった。

だが、聞けない。

あの映画、あれが実写だとしたら?

あの《蛇神》が、生身の生命体なのだとしたら?

誰もが、あれは恐ろしいまでに美しい夢、

AIによる生成画像の奇跡と信じて疑いもしなかったのに。

正面の大スクリーンにはたった今も、その圧倒的な顔が映し出されている。

スクリーン前のステージに立つ、彫像めいた姿は完璧なバランスの権化だ。

見れば見るほど非人間的な存在感、それこそが、神族と呼ばれる伝説的な種族の証。

人類が神族と盟約を結んでいなければ、この1000年余りで何度も絶滅に瀕していたはずだった。

化け物であり、絶対的な力の権化。

擬人化された、統治のメカニズム。


ただ静かに佇む1人の男の姿が、なぜこれほどまでに根源的な感情を触発するのだろうか。

恐怖、あるいは畏怖。

それとも、魂を震わせる憧憬か。

感情が揺さぶられるほどに沈黙は重くなる。それは、言葉を紡ぐことを生業とするジャーナリストも例外ではない。

もう一つ、忘れてはならないことがある。

彼が紫の宮であるならば、その逆鱗に触れたら、死を覚悟する必要があるという事実だ。

彼にはその権利が与えられている。

仮に権利を云々しなくとも、彼にとっては任意の個人を抹殺するなど容易いはずだ。

どんなに社会的地位がある対象であっても、あるいは有り余る富を持ってしても、彼の手から逃れる術はない。


誰もが口を噤む中、司会者が淡々と告げた。

「ご質問がないようですので、本篇の上映に移ります。これより、ジャミングを開始しますので、配信も録画録音も不可能となります。以上、予めお伝えした通りですので、宜しくお願い致します。」

スクリーンが暗転した。

座席照明が落とされる。

次の瞬間、スクリーンには《蛇神》のロゴが大写しになる。

舞台の上には、既に誰の姿もなかった。


「お疲れさまでーす、ご主人さま。」

舞台袖からすぐの楽屋で、カイの何とも緊張感に欠ける声が響く。

「ああ。司会ご苦労だった。」

「どいてっ!」

2人の間を突っ切り、水無月れいなこと神原千絵はどさっと椅子に掛けた。

「どうした。何でそう不機嫌なんだ?」

「だって!龍ちゃんは何で腹が立たないの!?」

「は?」

意味がわからない、と、彼は使い魔…ではなくて、近衛騎士を見た。

今は人型に擬態しているプラチナドラゴンは、それなりに人間的な仕草で肩をすくめて見せる。

サラサラのプラチナブロンドが揺れた。

「ボクにわかるわけないじゃないですか。ご主人様にも分からないんでしょ?」

「おまえ、千絵付きだろ。」

「あなたの命令ですけど。ボクの使命は姫様をお守りすることであって、痴話喧嘩の仲裁じゃないですが?」

「痴話喧嘩って…これじゃ喧嘩にもなってないだろ、カイ?千絵が一方的に腹をたててるだけだ。」

彼はため息をつくと、彼女の前の床に深く屈んで、その長い黒髪を指で梳いた。

「何を怒ってる?ん?俺が何かしたか?」

「しないから。」

「?」

「あの人たち、どうしてあんな風なの?龍ちゃん悔しくないの!」

「と、言われても。」

何のことやら、と、彼は肩をすくめた。

「お前、何を感じたんだ?」

「欲望と、それよりずっと強い恐怖。」

 「あー。まあ、そんなところだろうな。」

「人間だと思ってないんだよ!ねえ、龍ちゃんがどんな思いで仕事してるかなんて、あの人達、考えたこともないんだよ?」

「そりゃそうさ。所詮他人だしな。」

彼は愉しげに笑った。

「それでいい。俺を恐れたからこそ、戦争は終わった。結構なことじゃないか。」

「私は良くないの!こんなの間違ってるし、だーれも私の言ったこと、信じてなかった!」

カイと、そのご主人は、顔を見合わせた。

「信じてないって、その…何を?」

「単身赴任がイヤってハナシ!」

「なんでや?しかし、そこかいな。ホンマの話やけど、そうかて別に大したことやないやろ?」

呆れたせいか、突然の関西弁である。

キッと夫を睨んで、同時に彼女の右手が一閃したが、彼は避けようとしなかった。

結果、彼の左頬が、ぱあんと小気味良い音を立てる。

「落ち着いて下さい、姫様。何で避けないんです、ご主人さまも?」

呆れながらも仲裁に入るカイ。

彼のご主人様は何故か満面の笑みである。

「たまにはええな、こういうんも♡」

「ヘンタイ!」

「人の趣味は尊重しい。で?」

「予言するわ。龍ちゃん絶対後悔するんだから。」

「?」

「明日かしら?それとも明後日?覚悟しておきなさい。」

「俺は、お前さえ居ったらええねん。絶対に逃がさへんさかい、心配は無用や。それ以外に、覚悟のいる事態なんぞあらへんやろ。」

すると彼女は、凄みのある笑みを浮かべた。

「さあ?それはどうかしらね。」


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