舞台挨拶
「はい。その通りです。」
凛とした声が響いた。
僅かに笑みさえ浮かべた顔には、一点の曇りもない。
やはり。
だが。
それはしかし。
この事態をどう収拾する!?
ざわめきは、様々な感情を孕む。
何よりこれはスキャンダル、ではないのだろうか?
いや、正にそれに違いない。
では最大の問題はどこにある?
盟主正妃があのように煽情的な画像で、その裸身を晒していたことか?
恐ろしいまでに美しい画面ではあったが、
少なくとも彼女は、異性とあのように肌を触れ合わせるという行為を行った。
生成画像を被せたとしても、誰か、おそらくは体格や体型が生成画像に似た人物と、ああまで淫らなシーンを演じたわけだ。
巨大メディア、リマノ共同通信の看板記者は、ゆっくりと頷き、続けた。
「では、妃殿下。かさねてお聞きします。陛下は、この事態をご存知なのでしょうか?」
容赦なく核心を突く質問である。
空気が一気に、重く硬質な何かに変わったかのようだ。
回答を待つその一瞬、無意識のうちに呼吸さえ止めた者が多い。
だがこれと対照的に、彼女は柔らかく笑ってうなずいた。
「勿論、知っています。」
会場がざわめいた。
「馬鹿な!」
「ありえないだろう?」
「そんな言い逃れが通用するとでも!?」
「バカにしてるのか!」
喧騒を圧するように、彼女は言い放つ。
「お静かに!」
視線は会場をぐるりと見渡しながら、動揺は微塵もない。
真っ直ぐ伸びた背筋、毅然とした姿勢。
それでとにかく彼女の言葉を聞こうと、会場のざわめきは落ちついた。
「ます最初に申し上げますが、皆さまは誤解されています。私は、皆さんが紫の宮としてご存知の人物と結婚して、8年になります。リマノに来たのは、夫の求めに応じたからで、それ以外の理由はありません。」
は?
何だって?
意味がわからない。巷で噂されている内容と、あまりに違いすぎるが…?
「妃殿下、以後そうお呼びすることをお赦しください。つまり、盟主陛下は即位される前から、あなたとは婚姻関係にあられたと?」
「その通りです。単身赴任は嫌だと言われたので、仕方なく同行しました。」
流石のベテラン記者も、一瞬絶句する。
かなり砕けた表現ながら、彼女の凛とした
態度は変わらない。
銀と薄紫を基調にしたドレスは、そんな彼女によく似合う。
繊細にして、華麗。
そして、率直で美しい。
思わず目を奪われて、記者は咳払いした。
「我々が承知している情報からしますと、現在は別居されているのでは?」
「あら…。」
彼女は首を傾げて柔らかく微笑む。
「彼は毎晩必ず帰宅していますわ。早朝に宮殿に出勤しますけど。ですから、別居とは言えないと思います。」
「は…?」
「ワーカホリックなので、誤解されがちなのです。昔からそうですから。」
「…。」
記者は事もなげな彼女の言葉に絶句した。
これは何だ?
歴史を俯瞰しても、プライベートな妻を正妃とした事例はない。
仮に妻がいたとしても、その存在は秘匿するのが普通だろう。
それが、彼女の身を守るためだ。
かつて多くの側室をもつ盟主はいたが、寵愛が誰か1人にちょっとでも傾けば、たちまちその側室は安心して暮らすことが出来なくなった。
ましてただ1人の正妃ともなれば、生命は風前の灯である。暗殺の試みは引も切らないはずだ。
そういえば…
「月の宮に良からぬ目的を持って侵入した者が行方不明になるというのは、事実ですか?」
妃は、嫣然と微笑んだ。
「宮では、度々不思議なことが起こります。昔も今も。何しろ叔父上の邸宅ですから。」
叔父。内親王の称号をもつ彼女の叔父と言えばつまり。
背筋に走る緊張を殊更無視して、腹に力を入れ声の震えを抑える。
「妃殿下は、黒の宮にお会いになられたことがあるのですか?」
まさかそんなはずは、との問いかけに、彼女は楽しげに頷く。
「もちろんです。叔父様は先日、リマノにお戻りになりましたし。」
これは、ほぼ爆弾発言だった。
神族が長命であることは周知の事実だが、歴史書に名をとどめる人物が、今この時、何とリマノにいるというのか?
歴史家ならずとも彼に会いたい者は多いだろう。
史実の裏側を知るであろう、生ける伝説。
だが勢い込んだ記者たちは、あっさり出鼻を挫かれた。
「叔父上は隠遁を好む方です。これ以上のご質問にはお答え致しかねます。」
妃のその言葉を受けて、司会者が促す。
「つぎの方。」
勢いよく立ち上がったのは、1人の女性だった。派手な真紅の短髪と奇抜なメークに、ユニセックスなスーツ。
どことなく猛禽類を思わせる目付き。
「カサデアンチャンネルのマルト・ダノレンです。」
社交界やスターのゴシップ専門チャンネルである。その界隈では大手だ。
「陛下は、どんな方ですか?」
「どんな、と言われましても。」妃は、困惑した様子で、なぜかエスコート役の、あの美貌の男を見た。
彼は少し苦笑したが、それ以上の反応は示さない。紫と銀のスーツは明らかにエスコートしている女性とペアルックである。
女性記者は、容赦なく畳みかける。
「そう、例えばベッドはどうですか?」
妃はますます困惑の様子だが、不敬を咎めるそぶりはない。余りにもあからさまな質問に、呆れた様子を見せる記者たちもいたが、実のところ、回答には皆が興味津々である。
神族と一夜を共にした人間は、二度と他のパートナーでは満足出来ないという伝説は有名なのだ。
「私は、比較対象を知りません。ですから、どう、と言われましてもお答えしかねます。」
「では、映画の相手役の方と比較するとどうでしょうか?」
いやこれは行き過ぎだろう、と呟く者もいたが、どうせ不敬罪を問われるのは、恐れ知らずのゴシップ記者だ。
ここはぜひ回答を聞きたい。
「ですから、夫を本人と比較など出来るはずはないでしょう?」
少し頬を染めて、彼女は毅然と答える。
逆に会場は困惑した。
意味不明である。
「それは…どういう?」
「そのままの意味です。私は、子役時代から映画やドラマに出演してきました。俳優としての仕事に情熱と誇りを持っていますが、蛇神という作品では、私は脇役なのです。主役は最初から夫でした。」
「はあ…あの、え?」
「彼は、俳優ではありません。ですが、監督は彼のためにあのシナリオを書き、彼の妻である私に出演を求めました。それが唯一、嫌がる彼に出演を承諾させる手段だったからです。それと。あの映画には合成画像は一切使われていません。全て実写ですから。」
ざわめきが広がる。
チラチラと、DDを見る視線に宿るのは、困惑と、そして…畏怖。
人並み外れた美貌。
若さに似合わない、重厚で圧倒的な存在感。そう、あれは、人間には到底出来ない動きだった。
あんな真似が出来るのは、正に人外。
つまり。
会場は、静かなパニックに陥りつつあった。
来年も宜しくお願いします。