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月の宮異聞  作者: WR-140
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ダンスと晩餐

「なあに、アレ?」

と言うなり笑い出したのは、ブリュンヒルデこと神原千絵である。

「こら、状況を考えろ。」

「だって!アレが私?キャハハ!」

「ったく…。」

仕方なくそれまで愉しんでいた行為を中断して、盟主こと神原龍一は起き上がる。

笑い転げる妻を膝の上に抱き直した。

盟主妃の寝室、2人がいるのは無論ベッドの上である。

「まあいいか。夜はまだ長い。」

諦め顔でつぶやく。

正面にはカイの構築した仮想スクリーン。

いい解像度だ。

彼は片腕で背後から妻を抱き締め、片手を透明な酒のグラスに伸ばした。

完全に観戦モードである。


な、なな何、あれ!?

ホールに入場したモノを一目見て、アリッサはフリーズした。

アリッサだけではなく、リマーニエも同じ反応だったが、どちらも相手の様子を見る余裕などなかった。

豪華なドレスと、幾重にも煌めくネックレス。燦然と輝くティアラ。

それは、戴冠式のおりにブリュンヒルデ妃が身につけていたものと同じだ。

が、全体の印象はかなり違っていた。

いま入ってきたのは、彼女ではなく、一頭の巨大なワニだったのだから。

ホールの中央をしずしずと歩むその姿を形容する言葉はないだろう。

第一にワニが後足で自立して、ぐらつくこともなく二足歩行することなど、可能とは思えない。

だがこの爬虫類、完璧な二足歩行を披露しているのだ。

立ち上がった身長は3メートル以上ある。

その力強い尾の先まで、全長は10メートル程度か。

巨大な頭部の巨大な口は、凶暴なまでに尖った牙で埋め尽くされているようだ。

瞬膜を持つ金色の目。

緑とも茶色とも言い難いウロコの列。

背中からゴツゴツと突き出す突起。

ヌメヌメ濡れ光る腹。

生臭い沼地の臭いが一気に押し寄せる。

そいつは、地球でいうところのアリゲーターでもクロコダイルでもなく、強いて言えば有史以前に存在していた巨大ワニに似ていた。

無論、リマノにもこんな魔獣めいた生き物はいない。

黒ずんだ巨大な爪が床の石材に当たる音は、生物の立てる音というにしてはあまりに金属的だ。

反対に、ずるずると引き摺られる尾は、重く湿った生々しい音を立てていた。


アリッサは最初の驚愕を振り払うと、この事態について、必死に頭を巡らせる。

周囲の参加者は、まるでブリュンヒルデ妃その人が入ってきたかのように、笑顔と優雅な会釈で歓迎を示している。

つまり、余興とか?

そういうアレ?

そうかもしれない。

リマノ貴族なんて、元々が何を仕出かすかわからない連中だ。

アリッサはちらっとリマーニエを見た。

彼もほぼ同じ結論に達したみたい。

分かりやすいロクデナシは、表情も読みやすくて助かる。

ギミックとかにしてはリアル過ぎるがら、合成画像だろう。危なすぎるから、魔獣なわけないし。

でもリアルだ!

やっぱり月の宮は特別な場所なのね。


改めて周囲を見まわしたアリッサだったが、ふとある人物に目を止めた。

あの衣装…

数百年前の貴族みたいな。

どこかで見た。どこだっけ?

最近だと思うけど?

長身で、着痩せするタイプ。脱いだら随分といい体格だろう。

スラリとした立ち姿はモデルみたい。

それに、あの顔!

ちょっと遠いけど、凄いイケメンだ!

ほとんど白に見えるプラチナブロンド。

その男は中央に進み出ると、優雅な身振りでブリュンヒルデ妃ならぬワニに一礼した。

ダンスの申し込みである。


「え?叔父様いつの間に?」

「退屈だったんだろ。シーリーン叔母上もいないし。」

「あ、叔母上とか言ったら怒るよ、しおりさん。龍ちゃんの方が歳上じゃない、失礼だよー。」

「怒られるのはごめんだな。男を追って、とんでもなく低確率の転生呪法をやってのけた女だ。俺には手に負えそうもない。」

「身も蓋もないね。そういうの、健気なひとだなーとか言わない?」

「健気?いや、恐ろしいね。」

「私が同じことをしたら?それか、反対に龍ちゃんから逃げたらどうする?」

「させるか。それに死んだ位で俺から逃げられると思うなよ。」

「龍ちゃんマジだね。サイコの人みたいで怖いんですけど?」

「何とでも言ってろ。正気でこんな仕事出来ないからな。」

「それもそーね。」

クスクスと笑う彼女のうなじにキスして、更に笑いを誘発しながら、彼は内心思う。

そうとも、絶対逃がさない。

確かに正気じゃないが、それが俺なんだろう、と。


なかなかに見応えのあるステップだ。

フロアの真ん中で、大勢の注目を浴びたカップルのダンスは佳境である。

ワニはその巨体にもかかわらず、実に優雅に軽々とターンした。

宙に舞う重量級のしっぽ。

燦然と光を撒き散らすティアラ。

ワニのパートナーは、まるでステップの一部ででもあるかのごとく、長大な尾を飛び越え或いはその下を掻い潜り、直撃を回避している。

怪物の尾で強打された石の床は、穴だらけである。

ずいぶんと凝った演出だ。

信じられない俊敏性、ありえない身体能力だ。

観客から、何度もため息やら歓呼のどよめきやらが沸き起こるのだが、彼は全てを無視してのけた。

ダンスというより格闘技。

ほとんど曲芸かサーカスの猛獣使いか。

外見は20代後半くらいにしか見えないが、その態度は重厚で、気品と威厳に満ちている。

まるで、ここの主人であるかのように。

アリッサは陶然とする。

今まで関わりを持った男は全員ロクデナシだけだったけど、あの男とここで過ごせたら!

いや、これこそ、神に与えられた運命的な出会いに違いない。

本当にいい男!

ここにいるってことは、リマノ貴族か、悪くても外国の王族クラスに違いない。

まさか、合成画像なんてことないわよね。

だって、これは運命。

他の文化圏の王族ならば、正妻のほかに複数の側妃や側女を持つことは珍しくない。

なら、チャンスはある!

アリッサの脳内では、早くもハーレムでのしあがる自分のストーリーが形成されつつあった。

架空のお話ではなく、ひどく刺激的なディテールをもつ生々しい欲望の設計図。

主役は自分。

相手役はあの男。

ああ!見れば見るほど目が離せなくなる!

ベッドでの彼はどんな風だろう?

あの手。あの腰。

想像するだけで、身体がおかしくなりそうだ。

アリッサの妄想はどんどんエスカレートして、止まるところを知らない。

あの柔らかそうな髪を指に絡めてみたい!

どんな声で話すの?笑うの?

アノときどんな風になるのかしら、ああ!

名前は?歳は?出身地は?

是が非でも突き止めるわ!

だって、カレは私のものなんだから!


「ん?」

「どうした?」

「いまさ、何かゾクっとした。」

「は?」

「何だろ?うーんとね、コレは、欲望?」

「外ならありふれた話だが…」

「ウン。特に龍ちゃんと一緒の時なんて、気分悪くなるほど欲望を向けてくる人が多いけど。」

「それは俺の管轄外。まあ今のは客人のせいじゃないか?」

「だと思う。対象は叔父さまみたい。」

「ははっ!」 


音楽が終わった。

男は華麗な動作で怪物ワニに一礼する。

拍手の嵐が巻き起こった。

ああ、声を掛けなくちゃ、カレに!

アリッサが動き出そうとしたその時。

ワニの体がぐらりと揺れた。

前傾すると同時に、頭が前へ突き出されたようだ。

アリッサの位置からは、一瞬ワニの背中だけが見え、次の瞬間には、巨大な頭部が持ち上げられるのが見えた。

え?

どういうこと…?

あれ、人よね?

口吻を天井に向けた、巨大なワニの口。

その先端近くに咥えられているのは、1人の女性だった。

ワニはその姿勢のまま、一旦口を開けて、

ずり落ちた獲物を深く咥え直す。

バクン、と音を立ててワニの口が閉じられた。

ズシャ。ガッ。

湿った異音とともに、落下した物がある。

アリッサが見たのは、膝から下の、人の片脚。

それは金色のハイヒールを履いた、女性の下腿部だった。

お付き合い下さってありがとうございます。

次回も宜しくお願いします!

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