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月の宮異聞  作者: WR-140
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首のない男

「ほら、やっぱりここみたいです。」

生垣が切れた一角に門があった。

門の高さは生垣の木々と同じくらいだ。

鬱蒼と茂った枝葉からは少し奥まった位置だったから、近くに行くまでそこに門があるのは見えない。

携帯ナビでは、離宮の入り口については情報が出ないから、とりあえず門らしき物に到達したことしかわからなかった。

つまりそれが正門なのか通用門の一つなのかは知りようがない。

門は高さの割に幅が狭かった。

正門ならばもう少し堂々としていそうなものだが、数百年の昔に建てられた遺跡のような建造物である。

現在の常識では測れないものもあるだろう。

門の扉は凝った唐草模様の鋳鉄製で、まだ新しく見えた。

セキュリティ用の配線もしくは無線ユニットの類は一切ない。

隙間を透かしてみても、門の奥にはさらに生垣があって、建物などは少しも見えなかった。門灯の類いはなく、もう少し暗くなれば、扉の存在も定かでなくなるだろう。

丹念に門を調べていた記者、ユージーン・マーレは、門の支柱に小さな刻印を見つけた。

古風な丸い形の図形である。

ごく小型の魔法陣のような形で、うっすらと発光しているようだ。

古代文字?

ユージーンは、リマーニエ卿を振り向いた。

正式に許可されている訪問者はコイツだ。

「とにかく、あたってみて下さいよ。」

刻印を示すと、リマーニエは首を傾げながらも人差し指を近づけた。

直接押すまでもなく、ぼんやりした光が強くなる。

キイ、と小さな軋みとともに門扉が開いた。

3人ともが戸惑いながらも順番に門をくぐると、背後で門が閉じた。

入る事を許されたと解釈すべきなのだろうが、案内の人影は見当たらない。

「まあ、進むしかなさそうだな。」

リマーニエの言葉に他の2人は頷く。

何となく居心地の悪い思いを胸に、しかし引き返すという選択肢はないから、3人は見当をつけた方向へと歩き出した。

生垣は何列か続いているようで、その間に曲がりくねった石畳の道が通っている。

足元は既に闇に溶けていた。

石畳の微かな発光がなければ、到底道を辿れなかっただろう。

そう、石畳は、僅かながら光っていた。

門柱に刻まれた魔法陣と同じ、冷たい光である。

暗闇に灯る蛍の灯か、海のさざなみに揺れる夜光虫のため息か。

どことなくこの世ならざる明かりに導かれて、どれほど進んだだろうか。

出し抜けに、建物が目に入った。

「ここが?」

「そうみたいね。ずいぶん…古そうな建物だわ。」

古そう、の真意はボロボロかつみすぼらしい、である。

それは、女優崩れの彼女、アリッサ・シエルのみならず、男たちの受けた第一印象とも一致している。

彼らが度し難い俗物揃いなのはさておき、ぼんやりした明かりをまとった月の宮は、どう見ても人が住んでいるようには見えなかった。

時間に忘れ去られた静謐。

格式ある離宮というよりは、苔むした廃墟に近い印象である。

実際石材はどこも崩れてはいないし、どんなに目を凝らそうとも、苔も雑草も一切見当たらないのだが。

薄ぼんやりとした明かりは、石造りの回廊に吊るされた、異国風の古風な照明器具に灯されている。

古い神殿などに見られる様式の器具で、カンテラのような角ばった金属製だ。

抽象化されたアラベスク模様は一部が透かしになっていて、そこからゆらめく弱い灯が見え隠れしているのだ。

ひどく古風で幻想的な光景である。

だがしかし、ここは連邦首都リマノに冠たる、格式高い離宮のはずだ。

連邦ファーストレディである、第15代連邦盟主正妃の住まいである。

そこで今どき、これは何なのだろうか?

光源が蝋燭?

まさか、この時代に?

チラチラ瞬く光は、風に散る無数の小さな花びらを思わせる。

しんと静まり返る回廊に揺れる灯は、奇妙に物悲しい。

石造りの建物は、無人の回廊にぐるりと取り囲まれているようだ。

折からざあっと吹き抜けた突風に、明かりは一斉に大きく揺れ、またたいた。

何かを恐れるように。

身を捩って、その恐怖から逃れるように。

そんな時。

「ヒッ!」

突然、アリッサが、引き攣った悲鳴を発した。

「どうした?」

「あ、あれ、あそこに!」

男たちは、彼女が指差す先を見るが、そこには何もない。

ただ照明の届くギリギリの位置で、樹木の枝が不自然に揺れているのみだった。

「どうしたというんだね、アリッサ?」

ことさら尊大さを誇張して、リマーニエ卿がアリッサを振り向く。

普段なら鼻につくその態度だが、今のアリッサはそれどころではなかった。

青褪め引き攣った顔を、他とは違う向きに揺れる枝先に向けたまま、唇から言葉を押し出す。

「男が…」

「男?」

「あ、あそこに居たの。昔の衣装で…」 

「それが何だと言うんだ。これほどの場所なら使用人もいるだろうし、お仕着せは古めかしくて普通じゃあないかね。」

露骨に馬鹿にした口調である。

しかし、彼女の表情を見たユージーン・マーレは何かを感じた。

これは、芝居ではない。

簡単に取り乱す女じゃないはずだが…?

「シエルさん、落ち着いて。何にそこまで驚いたんですか?」

いつも通り他人行儀な口調で訊ねる。

リマーニエの前では、あくまでもただの知り合いで通してきたのだ。

「昔の、貴族みたいな…服装の男が、そこを横ぎったわ!」

昔の貴族みたいな服装だって?

まあ、この舞台背景には自分たちより似合いそうだが。

「そんなに驚くようなことですか?」

アリッサはユージーンを凝視した。

「ええ。だってその男、首がなかったんですもの。」


一瞬沈黙が落ちる。

気がつけば、既に黄昏れは過ぎて、月の宮は夜の刻限に移行しつつあった。




冬場お化け屋敷は流行りませんが、リマノは初夏の気候でしょうか。

次回もよろしくお付き合いいただければ幸いです。

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