家族の問題再び
「早速、お父様から連絡ですか。」
リューとサーニ、それに黒猫は、テラスの椅子に座っている。
木漏れ日が爽やかな午後だ。
「ボクの方には、同行者ありの訪問申請書が提出されています。名目は家族との面会ですね。」
「何だか焦っているみたいです。私には同行者がいるとは知らせてきてないですけど。」
愛する娘だとか、長く連絡がないから、元気にしているか心配しているだとか、心にもない枝葉部分を取り払うと、内容はシンプルである。
至急会いたいから行く、つまりそういうことだった。
「サーニさんが、記者との面談を断ったからでしょうね。」
だから、黙って記者を連れてくるつもりなのだろう。
「卑怯だわ。一体どこまで…」
溜め息が漏れた。わかってたけど、余りにも情けない。
「それと。記者の他にもう1名同行者の申請があります。お父上の現在の愛人だと推定される人物ですね。」
「な…?」
記者と愛人?どっちもサーニにとって赤の他人だ。記者とは利害関係なのだろうが、愛人女性まで同行させる真意は何?
黒猫が首を傾げた。
「これはラグナ情報なので、聞き流して欲しいんですが、その女性はお父様との正式な婚姻と、サーニさんとの養子縁組を画策しているようです。」
背筋に悪寒が走った。
母親面して、月の宮勤務という箔がついた娘を、より高値で売ろうとでもいうのか。
絶句したサーニの手に、リューの手が重ねられた。
「生物学的に実のお父さんだからって、その人はもう君の家族じゃないよ、サーニ。ましてその女性になど、君に指一本触れさせやしない。」
「リ、リュー、でも…」
彼は頷いて、真面目な表情を浮かべた。
そのまま彼女の手を取り床に跪く。
「サーニ・ナルシオン・ダ=リマーニエ嬢、僕と結婚して下さい。」
息が止まりそうになった。
何か言わなければ、と思うが、言葉が出てこない。
結婚?
ありえない。リューにとって、徳になることは何もないのに?
「前にも言ったよね。僕は本気だ。結婚しても、今まで通り生活してくれていいし、何一つ諦める必要なんかない。ただ、君の父上をはじめとして君のやりたいことを妨害したり、君の選択に違を唱える連中から君を守りたいんだ。だから、一言イエスと言って。」
リューが真剣なのはわかっていたが、それでも言葉が出てこない。
「あー、僭越ながら。ボクが口出しすることじゃないんですけど、理にかなった方法ではありますね。リマノ貴族の皆さんときたら、旧態依然というか、古色蒼然というか、古い不文法に縛られ過ぎです。連邦法は個人を尊重しますが、貴族は家門を尊重しますよね?だからお父上は、家長として、サーニさんに依然ある程度の影響力を持っている。だけど結婚してしまえば、そんなこと気にしなくていいでしょう?」
それはその通りだ。
だからといって、リューを利用するような真似、出来るはずがない。
「迷惑をかけるわけには…」
「まだそんなことを言うんだ!迷惑なんてある訳ないだろ。ねえサーニ、君がお父さんたちから酷い仕打ちを受けるのを黙って見ていろって言うの?それこそが、僕にとっての迷惑だよ。」
彼の強い視線は揺るがない。
「そろそろ観念したらどうですか、サーニさん。」
「そうだよ。お願いだからそうして欲しい。」
「…わ、わたしで…良ければ…」
いま、何を口走ってしまったのだろう?
リューの赤い目が優しく頷いた。
「君がいいんだ。」
「宜しくお願いします。」
生涯一番の愚行かもしれないけど、これは自分で選んだこと。
何より自分が心から望んだこと。
そう思った途端に迷いは消えた。
「ありがとう、サーニ。僕こそ宜しくお願いします。君には又迷惑をかけるかもしれないけど。」
確かに、リューは少し、いや、かなりの変人だ。
鳥に変えられて、夜ごと庭園で囀る羽目になったのだって、彼の学者バカのせいなのだから。
だがサーニも人のことは言えない。
その程度の自覚はあるのだ。
それに、リューのご家族のこともある。
結婚によって、サーニの父や、その周囲の人間たちがどんな無理難題を持ち込むか、知れたものではない。
サーニの表情を見て、黒猫が尻尾を揺らした。
「おめでとうございます、2人とも。
サーニさんのお父様の件は、逆に渡りに船かもしれませんね。是非とも歓待して差し上げましょう、2度とここに来たくなくなるくらいにね。」
普段まん丸な黒猫の目がすっと細くなる。
なぜかまっ黒いオーラが、彼の小さな体から立ち上っているようだ。
「あのぅ、少尉?」
「何ですか、サーニさん?」
「楽しんでません?」
黒猫が答える前に、シュルシュルと音がして、テラスの柱に異変が生じた。
白い光の帯が、石柱に螺旋状の軌跡を描き、実体化する。
…蛇だ。
一瞬の内に、白い大蛇がテラスの柱に巻きついて、皆の方へ三角形の頭部がゆらりと差し出された。頭部だけで30センチはあるだろうか?
つまりは、サルラの仮初の姿である。
まあここでは、誰も驚きもしない訳だが。
黒猫が背中の毛を逆立てて、ヘビを威嚇した。
「出たな、野良ヘビ!」
「そういうあなたは飼いトカゲ。爬虫類繋がりで、僕も混ぜて下さいよ。」
「ドラゴンは爬虫類じゃないので。」
「鱗があるし、卵で生まれるのでは?」
「ボクは恒温動物です。」
「恐竜も爬虫類。」
不毛な会話に、リューが割って入る。
「ち、ちょっと待って下さい?サルラさん、混ざるって、何に?」
大蛇が大きな口でニンマリと笑った。
「もちろん、サーニさんのお父上たちの歓待に、ですよ。ねえ、千絵さん?」
サーニとリューが振り返ると、テラスの入り口に、盟主妃の姿があった。
「もちろんよ、ねえ叔父様?」
彼女の背後には、頷く黒の宮。
「家主としては、ぜひ歓待せねばな。」
「私はオマケ。楽しそうじゃない♪」
「サーニ、フランツ、おめでとう。お前たちの前途に花を添える余興としよう。」
「ありがとうございます。」
「では役者も揃いましたし、演出会議と行きますか。」
サルラに主導権を握られてから仏頂面の黒猫も加えて、テラスは和やかな笑顔に包まれた。
呪いの館、月の宮開幕です。
宜しくお付き合いのほどお願いします。