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月の宮異聞  作者: WR-140
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ファースト・ミッション

「へえ、そうかい。あんたら傭兵だったんだなぁ。」

司法省ビルの一角、会議室に、カサンドラと指揮下の部隊が着席していた。

38名の兵士たち全員が残留を希望した結果である。

真新しい正規軍の装備は、数時間で用意され、皆が装着済みだ。

歴戦の兵士だからそれなりに統一感のある集団に見えるが、実際はかなり違う。

戦前から傭兵稼業を渡り歩いた風来坊や、連邦軍に所属していた者、連邦に加盟している様々な国家の軍人だった者など、出身もバラバラなら母国語も、生活習慣も異なる男女であった。

共通項があるとしたら、兵士としてしか生きられないという点のみだろうか。

先の戦争で故国滅亡の憂き目に遭った者も複数いた。

故郷を失ったり、家族を失って、帰る場所などどこにもない者も数多い。

だから、食い詰めても、未来が無くとも傭兵団に所属し続けるほかなかった。

戦場に嫌気がさしていても、他の場所で生きる選択肢がないから、せめてもの希望として、身分と生活が保証される、どこかの正規軍に志願することも考えただろう。

だが、敵味方入り乱れて滅亡のための戦いに身を投じ、大義など存在しない前線を、身一つで生き延びてきた者たちである。

犯罪まがいの行為に加担したり、直接それを成したと疑われるのは当然。

実際、そうした事実もあっただろう。

だが、厳格で知られる盟主の統治下とあっては、各国の軍部は綱紀粛正にピリピリしているため、いくら人手不足でも傭兵上がりを雇用したくはない。

中でも連邦軍は、最も強力かつ採用ハードルが高い軍隊だ。

給与や年金、福利厚生などの待遇も良い。

命を失っていたはずのところを逆にスカウトされるなど、あり得ないほどの僥倖であり、伝説級の竜騎士、デュボア大佐直属のユニットとなれば、息苦しい軍律からは多少逃れられる。

傭兵時代のように捨て石扱いされることはもうない。多分、だが。

「どうせクソったれな戦場でしか生きられんのが俺たちです。ならせめて、自分がクソに成りきっていないと感じたい。」

カサンドラの副官の言葉は、兵士たちの心情を端的に現していた。

「経験豊富で、小回りのきく部隊が欲しかった。勝手が違うことも多いだろうが、諸君らの力を貸して欲しい。」

簡単な採用訓示で、盟主はそう述べ、司法との連携共闘を命じた。

任務は、六芒星の子らと称する組織の残党狩りと摘発である。


そして今、最初の任務のため、カサンドラたちは、司法省の特別捜査官ら2名と対峙していた。

エドガー・カリス特別捜査官。

アリス・デュラハン監察官。

デュラハン監察官のドレス姿には度肝を抜かれたが、彼女が盟主直属と聞かされて、妙に納得した。

と、いうことは、彼女が人間である可能性は極めて低いだろう。


カリスの方は間違いなく人間だろうが、公務員としては型破りなタイプである。

盟主が信頼するならば、優秀さは間違いないが、組織の中で生きるのは難しそうだ。

「作戦詳細は、アリスから聞いてくれ。」

それだけ言って、あとは丸投げである。

だらしなく椅子に体を預けて、あらぬ方向を眺める姿勢は、謹厳実直には程遠い。

アリス、とファーストネームで、おそらくは自分より上の階級の公務員を呼んだことから、カサンドラは、アリス・デュラハンが人間でないことを確信した。

この種の直感は、外れたことがない。

ならば、盟主側近の非人間種族、ドラゴンや、ナーガのどちらに近いか?

見た目は人間の美女で、大佐の擬態に近いように見えるが、実質的にはナーガ寄りだと、直感が言っていた。

彼女は、生身の生物ではない。

結論はそういうことだが、だからと言って何も違いはないのだ。

自分達は、当座彼女の指揮下に入る。

カリス特別捜査官同様に。

ブリーフィングは淡々と進んだ。

任務は、民間施設の接収。

アンダーグラウンド・シアターなど各種娯楽施設を含む建造物の一角、延床面積にして10万平米を軽く超えるエリアが対象である。

構造は、かなり複雑だ。しかも民間施設でありながら、軍事施設なみのセキュリティが存在するという。

一見してこの人数での制圧は難しそうだが、アリスは、問題はないと受け合った。

「突入時は、全ての防御機構をハッキングします。電気的制御が可能な武器は使用不能となるでしょう。戦闘員としてカウント出来る敵は20名程度ですが、他に施設オペレーターなどが50名ほど、中には初歩的な軍事訓練を受けた者もいますが、あなた方の敵ではないでしょう。」

新入経路、作戦開始時刻、制圧に関する注意点などを説明した最後に、彼女は妖艶な笑顔で言い放った。

「私のことは、アリスと呼んで下さい。」

ざわめいた男性兵士と、一部の女性兵士がとろけそうな目でアリスを見つめるなか、カサンドラは、カリス捜査官を注視した。

彼は何とも複雑な表情を浮かべている。

諦め?

苦虫を噛み潰したような顔に、ある種の悟りまでもが感じられた。

なるほどそういうことかと、カサンドラは合点する。

カリス捜査官は、アリス・デュラハンの正体を知っているのだ。

そしてそれはおそらく、カサンドラの推測通りなのだろう。

肉体を持たない、何らかの生命体。

セクシーなドレスを纏った目の前の身体は単なる容れ物に過ぎず、その本質はどこか別の場所にある。

絶対に敵に回してはならない何か。

「作戦開始!これより出撃する。」

アリスの言葉に、一同は立ち上がり、敬礼で応えた。

ため息まじりのカリス捜査官とは対照的に部隊の指揮は高かった。




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