ナイチンゲールと首なし幽霊
サーニは、ちょっとがっかりした。
まあでも、幽霊説は確定ね。
顔が見られないのは、残念だけど。
それは、美形にこしたことはないのよね。でも、凄みがあるとか、渋いだとか、味のある顔なら、それでいいし。
人生初の、幽霊との遭遇だもの。
それはそうと、首なし幽霊の首と胴体の間って、どうなってるのかしら?
生前に、首を斬られたから、首なし幽霊なのよね、たぶん。
生々しい感じの切り口?
それとも、服の中には何にもない、とか?
指先みたいに、つるんとしてるとか?
などとあらぬ想像を膨らませ始めると、止まらなくなるのがサーニである。
どうしても確認しなければ、おさまらなくなるのだ。
今まで、この癖のせいで、かかなくてもいい恥をかき、更にはいらぬ危険を招いたことは数知れず。
もはや病気の域であるが、彼女は反省はしても、行動を改めるつもりはなかった。
だって。そんなの、私じゃない。
ジワジワと、幽霊ににじりよる。
ライトはつけたままなので、相手はとっくにサーニの存在を知っているはずだ。
今更気を遣ったところで、意味はない。
しかし、ワクワクが止まらないから仕方ない。本当は走り寄りたいところを、ぐっと抑えた結果のにじり寄りなのである。
相手は動かない。
が、ナイチンゲールがサーニの方を向いた。嘴が開くが、音は聞こえない。
しかし。
何か言おうとしてる?私に?
それは直感だった。ナイチンゲールはどこかもどかしげに見える。伝えたいことがあるのに、通じていないことに対する苛立ち?
新月のこの夜は、自分の直感を信じること、それは、妃のアドバイスではなかったか。ならば。
サーニは、遠慮なくナイチンゲールに歩み寄った。彼と首なし幽霊の交流(?)に割り込む形になるから、一応、幽霊に向かって丁重におじぎすることは忘れない。
幽霊は動かない。しかし、近づくほどに強くなるこの圧は、何なんだろう?
幽霊、ってことは、もう死んだ人よね。
首もないのに、生きている人より重圧を感じるわ。
これって、威圧感と、あとは何かしら?
危険?
そうだわ。とても怖い気配。背中がゾッとするような。このひとを、絶対怒らせちゃダメだ。
ああでも、み、見たい!
首の切り口がどうなっているのか!
ひと目でいいから、見てみたいっ!
サーニは、全く気付いていなかった。
初めて月の宮を訪れた日と同じく、自分が知らないうちに、考えを口に出してしまっていたことを。
不意に、首なし幽霊の身体が揺れた。
あ、あら何かしら?
これ⚡︎・・、笑っている?何故?
ナイチンゲールはと見ると、両方の羽根で両目を覆っていた。
汗までかいている、ような気がする。
鳥の仕草ではなく、それはひどく人間臭い動作だった。
呆れてるの? え?何で?何に?
サーニには全くワケがわからない。
ナイチンゲールと幽霊を交互に見ながら、
どうしたらいいか判断出来ずにいた。
不意に、幽霊が立ち上がった。
サー二が思っていた通り、かなり上背がある。時代がかった衣装は、青と銀を基調に、レースやモール、刺繍や飾りボタンと、絢爛豪華な装飾に満ちていた。
だが、幽霊の立ち姿は、それ以上の華麗さでサーニに嬉しい驚きを与えた。
まるで、スポットライトを浴びた、舞台の上の名優を見てるみたい。
どこからどう見ても破綻ひとつないわ。
まさに完璧なバランスよね。
なんて素敵。ああ、首がないのが本当に残念だわ。
見とれるサーニの前で、幽霊は、少しナイチンゲールの方にかがんだ。
何か、話してる?
ナイチンゲールが翼をバサバサと振った。
うーん?何か驚いて、焦ってるわね。
また汗かいてる?あらあらあら。
首なし幽霊は、ひょいとナイチンゲールを持ち上げ、自分の肩に乗せた、
そのままで歩き出す。
ナイチンゲールは、まだかなり焦っている様子だが、覚悟を決めたのか、鳥らしくないため息をひとつ。チラリとサーニを振り向く。
「ついてこいってこと?」
鳥ははっきりと頷いた。
わあ、不思議。やっばり言葉がわかるんだ。前からそんな気はしてたけど。
もちろん、ついてくわ。ああ、ナイチンゲールが羨ましい!肩の上なら、どうなってるか、じっくり観察できるでしょ。
幽霊の肩が揺れた。笑ったのだ。
が、サーニは、まだ気づかないでいた。
考えがぜんぶダダ漏れになっている件について。まあ、その方が幸せかもしれない。
ナイチンゲールは、密かにため息をつく。
そう、彼女はこういう子だった。
昔から。
首なし幽霊は、肩にナイチンゲールをのせ、後ろにサーニを従えて、暗闇の庭園を行く。
迷いのない足取りだ。
方向は、まっすぐに離宮の建物を目指していた。
サーニは、急に不安になってきた。
いいのかな、このひとたちを連れていっても?連れて行くってより、私が付いて行ってるわけだけど、姫さまに危険が及ぶことはないわよね。
不安だわ。ガーディアンたちはいるけど、龍一さまはきっとまだお帰りになってないだろうし。何かあったら・・・。
うん、考えたってしょうがない。
私は、姫さまの侍女。
非力だけど、盾にはなれる。
少しでも時間を稼げたらそれでいいわ。
思い切りの良さがサーニの特徴だ。
くよくよ悩むのは性に合わない。
覚悟を決めたら、あとはできることをやるだけ。
首なし幽霊が、ナイチンゲールに話しかけ、彼らは二言三言会話した。
サーニには聞こえない。が、何だかむず痒いような、妙な気分。
まさか、わたしのこと?
何か、失礼なことをしてしまったかしら?
下手に弁解とかしたって、逆効果ね。
ここは知らないフリしとこ。
そうこうするうちに、一行は建物を取り囲む石の回廊から、建物内部に進んだ。
変ね?
ここまで一度もガーディアンに会わないなんて、そんなはずないけど?
私だけならともかく、お客様がいらっしゃるのに。
首なし幽霊は迷わない。
幽霊ってことはつまり、迷ってる霊なわけだけど、すごく慣れた足取りだわ。
ここにゆかりのある幽霊さんなら当然だろうけど、まっすぐ向かう先って、姫さまのお部屋?!
え、ちょっと待って!
そ、そのドアは!
止めることは出来なかった。
この建物は、害意ある侵入者を許さない。
ここまで入れるということは、この侵入者が、月の宮に認められたということだ。
それは、侍女などがどうこうできるものではない。
しかし、ここは、姫さまの。
幽霊は、ノックせずにドアを開けた。
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