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月の宮異聞  作者: WR-140
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長い夜の片隅で⑤

「お待ちください、総司令官閣下。」

この傭兵部隊の指揮官であるカサンドラ・ヘイスが、椅子から降り床に跪いた。

「そう呼ばれたのは久しぶりだな。」

僅かに笑みを含む声で、盟主が言う。

短い間ではあったが、戦場を渡り歩き、戦争終結のために、自ら戦闘に身を投じた日々が蘇る。

盟主の仮面よりずっと簡素な仮面と、何の飾りもない軍服と。

そこではただ総司令官と呼ばれていた。

「此度のこと、全ては私の責任です。どうか、この一命にて、部下の生命だけは。」

そう言って、彼女は深々と頭を下げた。

凍りつく沈黙の中、兵士たちが一斉に指揮官に習って床に跪く。副官らしき男が土下座せんはかりに頭を垂れた。

これも盟主にとって、わずかながら見知った顔だ。見渡せば、他の数人の顔にも覚えがある。

大戦はわずか数ヶ月で終結した。

いや、強制的に終結に導いた。

盟主は、そのために手段を選ばなかった自覚がある。最も有効な手段の一つは、絶対的な戦力を見せつけることだった。

一般人は、神族の恐ろしさを知らない。

だが、かつて共に戦場にあった者たちならば、その絶対的な力の恐怖を垣間見ていただろう。傭兵たちは武装解除されていたが、そんな事をしなくとも、眼前にいるのが当代盟主と確信した瞬間、戦意など消え果てていた。

その光景を眺めていたサルラが、淡々と告げる。

「龍一様、このカサンドラってお嬢さんったらね、バリアを突破した途端、撤収を決めたみたいで。いいカンです。潔いというか、判断が早いというか。面白いんで、レヴィ様と相談して拘束したんです。」

易々と部隊を無力化した化け物の声に、あからさまに震え出したものが複数。

「だろうな。カサンドラ・ヘイス、君なら陽動作戦に出て部下を逃そうとしたはずだ。その動きは、妃が察知していた。適切な判断だ。カイがいなくてよかったよ。カイは妃付きのドラゴン騎士だが、融通が効かなくてね。彼なら、君達が気付く前に全員を殲滅していたはずだ。運が良かったな。」

天気の話でもするかのように軽い口調だ。

だが、肌が粟立つのを感じたのは、1人や2人ではなかった。

「立て、カサンドラ。諸君もそう緊張しなくて良い。俺は君らを処断するつもりはないし、狙われた本人もそういう気はないようだ。あとは、ここの持ち主の意向だが。

叔父上、いかがなさいますか?」

と、もう1人の化け物に声がかかった。

当代盟主に似た顔立ち。

月の宮の持ち主。

歴史でしか知らないその名に、思い当たらぬ者はいない。

黒の宮は、あっさりと答えた。

「千絵が良いならそれで良いとも。」

「ありがとう、レヴィ叔父様!」


そんな経緯で、カイが月の宮に戻って目にしたのは、ちょっとした宴会のような光景だった。

「これって何ごとですか、ご主人様?」

「お帰り、カイ。さて、何なんだろうな?強いていうなら、お前に殺されるはずだった者の生還記念パーティか。」

「はい?あのですね、そもそも戒厳令の深夜2時に、発令者がこんなことしてて良いんですか?」

「発令したのは、ラグナだろ。俺は発令することを命じただけだ。」

「それって、屁理屈です。」

「少しは融通を効かせろ、カイ。」

「嫌です。…まてよ、戒厳令の深夜の訪問客?ボクに殺されるはずの?」

カイは、ぶつぶつ呟きながら、食堂を見回した。

 隅に積まれているあれは、武器と弾薬の山だ。小火器の類いと、手榴弾各種。

うん?あれって…ロケットランチャー。

型式からして、あの時の音と閃光の原因である可能性が高い、ということは?

「龍一さま、やっぱり今からこの人たち殲滅していいですか?」

「却下。」

「しかし、ボクにも職責が。」

「くどい。それとも、お前が活け造りになりたいのかな?」

満面の笑みでそう言い放たれると、カイはジリッと後ずさった。

「ゔ…。ボク、絶対美味しくないですってば。」

早くも逃げ腰のカイ。

そこへ、グラス片手の黒の宮が、真面目な顔で乱入する。

「それはわからんぞ。ドラゴンを食った記録は殆どないからな。」

更に盟主妃が参戦した。

「あら!記録ゼロじゃないんだ。ねえ叔父様、カイって美味しいの?」

「うむ。俺が読んだところでは、…」

「あっ!ボ、ボク、まだ任務が!失礼しますっ!」

脱兎の如く駆け出したその姿は、なぜか黒い猫だった。

変身は一瞬のことで、周囲にいた兵士たちにも何が起こったのか見定める暇はなく、

ただ呆然と黒猫を見送る。

「ほほう。変身が上手くなったな。」

「あれはもう擬態ってより、カイ自身みたいだわ、叔父様。アイデンティティがどうにかなっちゃったのかしら?」

「うむ?自称ペットだしなあ。使い魔ってのは時代錯誤も甚だしいが。」

「あ、それで思い出した!お聞きしたいことがあったの。」

「うん?」

「あのね。ルイは、お義父さまの騎士でしょ、それで、カイは龍ちゃんの騎士よね。叔父様の騎士は?」

「今はいないな。ドラゴンは長命な生き物だが、我ら神族の方が無駄に長生きだから。」

宿命的に、何代もの翼の騎士を見送ることになる。

それは悠久の時を超えて生きる、神族という特殊な生命体にとっては自明だ。

先代のドラゴン騎士を失って以来、黒の宮は、孵化場に足を運んでいない。

孵化したばかりのドラゴンと対面することで、その個体の生涯にわたる忠誠を得る結びの儀は、大抵孵化場で執り行われる。

「叔父様は、何故孵化場にいらっしゃらなかったの?」

「疲れたからかな。見送ることに。」

「あ…。ごめんなさい。」

「気にするな。この疲労感は、生物ならではだが、俺にもどうにもならぬ。やがて龍一、お前にもわかる時が来るかもしれないが。」

「お言葉ですが、俺は叔父上のような純血の神族じゃないんです。そう長生きするとは思えません。」

黒の宮は、一瞬甥を見つめ、何か言いかけたが、一言、

「そうかもしれぬ。」

と答えて目をを伏せる。

やや気まずい沈黙が流れた。

少し青ざめて見える妃。傍らで、昂然と叔父を見つめる盟主の眼差しは強い。

サルラは一歩引いて彼らを観察する。

サルラには、黒の宮が言いかけた言葉がわかっていた。無論、他の2人も。

黒の宮の持つ全ゲノムのコピーを、神原の末裔である2人は持っている。

人間である神原千絵にとっては、あまり意味のないものかもしれないが、龍一にとってそれは違う意味を持つのだ。

完全に活性化させれば、神族のもつ無限の生命力をも発現出来る。

ただ、そうすれば人間の遺伝子は発現を抑えられてしまうだろう。

紫の宮は人として生き、死ぬことを望んでいるのだ。

サルラは興味深く3人を眺める。

肉体を持たないサルラは、意思と自我を供えるエネルギーそのものだから、人間や神族の営みやジレンマとは、ほぼ無縁の存在であるはずだ。

それなのに、なぜこんなにも彼らに惹かれるのだろう。

捕獲、もしくはスカウトされたのは事実だが、それとても半ば興味本位か暇つぶしだったことは、サルラとその同族たちも、神原龍一も知っている。

これは、飽きるまでの気まぐれな降臨に過ぎない。

この世界に神が在るなら、神族などと呼ばれている者たちよりむしろ、サルラたちナーガの一族こそが、それに近いだろう。

サルラも同族たちも、この暇つぶしに没頭している。当分やめるつもりはない。


何故肉体ある生き物にこれほど魅了されるのか、サルラは未だその答えを知らない。


面白かったら、評価などなど、宜しくお願いします。

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