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月の宮異聞  作者: WR-140
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長い夜の片隅で③

川原で漁のレクチャーが始まったころ。

月の宮、正妃の寝室では、横たわる彼女の額にそっと手が当てられた。

「龍ちゃん?」

うっすらと目が開く。

「お帰りなさい。」

「ただいま、千絵。」

彼女の頬は紅く、熱のため潤んだ目は焦点が合いにくそうだ。

額は燃えるように熱い。

「能力を使い過ぎたな。筋肉痛のような物だが、遅れて症状が出る。自業自得だ。」

「そう言うと思ったわ。」

だからカイに、知らせるなと言った。結局こうなったけれど。

「そこで提案だが、ゆっくり回復を待つか、手っ取り早く回復するか、選べ。」

「それは、ちょっとでも早い方が…って、何してるの?」

彼は無言で手早く服を脱いだ。

更に、彼女の着衣に手を掛ける。

「え?あの?私病人なんだけど?」

「病気じゃない。熱発しているだけだ。ほっといても下がる。」

「だ、だからって、え、そんな!待ってったら!キャーっ!」

「諦めろ。」

ニヤリと笑って、彼は軽々と彼女をベッドから抱き上げた。


「あーあ。ほんとに困った人だな。」

悲鳴を聞いて、サルラは呆れ顔である。

「だが、論理的ではあるぞ。」

と、黒の宮。

2人(?)の人外クリーチャーは、小サロンのソファで寛ぎ中だった。

「薬になるのは、千絵の血だけではないからな。とはいえ、龍一の体液は普通の人間にとっては毒に近いだろう。」

「毒って、どんな毒です?」

毒物に目がないサルラが飛びついた。

彼、だか彼女だかよくわからないが、サルラは、有機物からなる肉体をまとってみて以来、生理活性の研究にハマっている。

そもそも紫の宮に捕獲、というか、スカウトされるまで、肉体などという制約だらけの容れ物に興味がなかったはずだが。

知的生命体という奴は、何かにハマりだすときりがないようだ。側から見て馬鹿げたことでも、真剣に追求をはじめたりする。


「毒というか、極めて依存性が高い麻薬のようなものかな?神族と性的関係を結んだ他種族の男女は、神族以外の男では満足出来なくなるらしい。血液に限って言えば、口にしたら最後、一度で虜になるだろう。それを手に入れるためには、命すら投げ出しかねないだろうな。その点千絵は大丈夫だが。」

「うえっ。それじゃ本末転倒だ。生きているから楽しめるのに、死んじゃ意味ないでしょうが。めんどくさいんですねえ、生身の生き物って。」

「そうかもしれぬ。が、仕方なかろう。

そのように生まれついたわけだからな。」

「確かに、そこが面白いんですがね。

それと、執着心ってものも興味深い。今も大概ですけど、龍一様が千絵さんと初めて××した時なんてもうねえ。…おっと!」

黒の宮が素早くサルラの肩を抱いて、頬に頬を寄せた。

「ほほう。そこのところを詳しく。」

「聞きたいですかぁ?ちょーっと高くつきますけど?」

サルラがニヤッと笑うと、なぜだか口が耳まで裂けたみたいに見える。

「ならばこれでどうだ?」

サルラの耳に、黒の宮が何事か囁いた。

「ほ、本当ですか?!取引成立です!」

2人は握手した。

どちらもかなり悪い顔になっている。

早速サルラが語り始めようとしたその時。

小サロンから続くバルコニーの方で、眩しい光が炸裂した。次いで轟音が響く。

更に、2度目、3度目。

高性能ロケット弾が、バルコニー辺りに着弾した模様である。

「無粋な。」

「まことに。」

淡々と会話しながら、なぜかサロンの二人ともが、バルコニーを無視して、盟主妃の寝室の方を見ている。

「…大丈夫そうだな?」

「でも、ほっとくとまずいですよ。千絵さんとの時間を邪魔したら、本気でキレますからね、あなたの凶暴な甥子さんは。」

「確かに。」

顔を見合わせ、頷きあって彼らは立ち上がった。

建物が被弾したところで問題はない。

正確にいうと、この程度の威力では、傷一つ付かないのだ。

問題は、外からの攻撃ならばここまで届きはしないという事実である。

敷地外周の生垣のあたりには、高速で移動する物体を遮断するシールドがあって、この機械仕掛けのバリアは、有質量弾、つまりミサイルやロケット弾とか銃弾を通さない。

このほかエネルギー砲に特化したバリアとか、人の見当識を攪乱する力場とか、侵入者にとって非常にタチの悪い障壁は多々あったのだが、それを突破した連中がいるということになる。

普通はバリアを突破したら、静かに建物に接近してくるだろう。内部を制圧して確実にターゲットを仕留めるために。

それがロケットランチャーなどで派手な攻撃を仕掛けるということは、陽動である可能性が高いのだ。

つまり敵は、複数のチームで行動している。


「僕、どっちへ行きます?」

「陽動部隊をたのむ。」

「了解。」

会話はそれだけで、2人の姿は消えた。

1人は、床に溶け落ちるようにその形を変化させたかと思うと、一条の光線と化して飛び去り、1人はただその場から消え去る。

後には何ひとつ残らなかった。


ここは、何かがおかしい。

傭兵として永年生き延びてきた女の勘がそう告げている。

彼女は、優秀な指揮官だった。

殲滅戦争という愚かしい大戦が終結して4年になる。それ自体は喜ばしいことだが、近頃はめっきり仕事が減り、チームの維持は容易でなかった。

だから、受けた仕事だった。

月の宮がヤバい場所であることは知っていたが、ターゲットは至ってソフトな筈だ。

うら若く世間知らずで、お飾りの正妃の地位にあるだけの、哀れな巫女姫。

盟主の「御渡り」は、ただの一度もないという。

それでも、彼女の持つ称号はリマノ貴族の垂涎の的だ。だから、邪魔なその女を殺せと命じる。貴族などという連中は、何を考えているかさっぱりわからない。

金払いさえよければ、どうでもいいが。

正妃の地位に擬されているその女が冷遇されているお陰で、警備は手薄。

この点は有難かった。

警備部隊は駐屯していないし、登録されている戦力は数名の近衛将校のみである。

近衛といえば、軍人とは名ばかりの、見目麗しい儀礼用お飾り部隊と決まっていた。

そんな儀仗兵ごときは、数多くの実戦を生き延びた傭兵の敵ではない。

つまり、侵入者を阻む機械的バリアを突破しさえすれば、制圧は容易いだろう。

それでも、女は慎重だった。

今まで、数多くの暗殺者が送り込まれてきたはずなのに、任務に成功したチームは1つもない。

チームのレベルはピンキリだろうが、バリアを突破さえ出来ない無能はともかくとして、一流と目されていたチームの多くが帰還しなかったのだ。

重火器を擁するプロフェッショナルの小隊が、繰り返し突入した筈だが、まるでケムリのように消えてしまった。

それでいてニュースにもならない。

逮捕されたか、逃亡したか。

はたまた制圧されたのか、殲滅されたのかそれさえ不明である。

月の宮は、無傷のままそこにあって、数百年の沈黙を湛えるのみ。

消えてしまった連中の所属は様々だったし、色々な勢力からの依頼で動いていたのだが、構成員には女の知己も多くいた。

中には、彼女が一目置くほどの者もいる。

その性僻やら性根に関しては、お世辞にも高潔と言えないものの、実力はかなりのものだったはずだ。

そいつらも消えた。跡形なく。

性根の腐った奴が多かったから、裏切りや逃亡の可能性も否定し難いが、それにしてもあまりに痕跡がなさ過ぎた。


実際にここに来て、彼らがどうなってしまったかについては、確信を持った。

チリチリしたこの感じ。

名指しがたい違和感。

行方不明の傭兵仲間達の生存は、絶望的であろう。

ここには、何かがいる。

何者かはわからないが、恐ろしい敵が。

確信した時には、障壁を突破していた。

冗談じゃない。

いくら積まれてもやってられるか!

だから、撤退命令とともに、陽動作戦に出たのだ。

敵の注意を逸らして、部下たちを1人でも多くここから離脱させるために。

彼らがバリアを再度抜ける時間を稼ぐ必要があったのだ。

自分は生きて出られないだろう。

いや、死んでも出られないに違いない。

それを知りながら、ロケットランチャーの照準を合わせる。

目標、月の宮。

そして、賽は投げられた。




夜はまだまだ続きます。

今しばらくお付き合い下さいませ。

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