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月の宮異聞  作者: WR-140
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四面楚歌?

重い沈黙。

ローザは目を閉じたままだった。

彼女を、そして祖父を陥れた人物が誰なのかはもうわかっていた。

正確には、今までは理解したくなかっただけなのかもしれない。

疑いだせば、いくらでもヒントはあった。


乳母は、ローザを育ててくれた女性だ。

疎遠な父母とは違って、幼い日から彼女を見守り、慈しみ、いつもそばにいてくれた唯一の人。

容姿や人となりに、これといった特徴はないが、ただ穏やかに優しく受け止めてくれた。母と呼べるものがあるなら、彼女こそがそれだろう。


ロッシも無言である。

あの乳母が、ローザを操り陥れようとしたなら、もはや信頼できるものなど、どこにもいないではないか。

その結論は、あまりに衝撃的だった。

思い返せば、乳母はもともとローザの母方のツテで雇い入れた者だったかもしれない。

ローザの母は一族ぐるみ、完全に敵方と見做して間違いないから、乳母だけがシロであるはずはないのだ。

息子たち娘たちの反目と、足の引っ張り合いは、彼らが愚かであっただけが原因ではなくて、側近や連れ合いの仕業であった可能性も大きかった。

身内でいがみあっていれば、外部にしっかり目を配ることは難しい。その隙を突かれたということだ。

ロッシの企業帝国に、じわじわと浸透してきた者たちの存在は実に不気味だ。

だが本来のロッシならば、その影に気づいたら、身内の全てをもっと疑っていたはずだ。

それが、事ここに至ってようやくとは。

何という愚かさか。

悔やんでも悔やみきれない。

ただ、ローザがまだ生きていてくれたことだけが救いだった。


ノックの音に続いて、ドアが開く。

「邪魔するぜ。お嬢さん、気がついたんだな。まずは、良かった。」

「ああ、カリス捜査官。」

ドアの向こうに立ったエドガー・カリス。

その横に…

ロッシは、首を傾げた。

「その女性は…?」

医師だろうか?

それにしては、あまりに場違いな装いである。パーティにでも行こうというのか?

「ああ、こっちは監察官のアリスだ。オブザーバーだから、気にしなくていいぜ。まずは、お嬢さんを診察させて欲しいんだ。医者は連れてきた。」

2人の後から、医師らしき男が入ってきて軽く会釈した。

こちらは、病院スタッフらしく、ガウンとゴーグル、マスク、キャップのフル装備である。

そう、これが普通だ。

ここは司法省の病院なのである。

アリス、とかいう女性の服装がおかしすぎるのだ。類稀なる美女ではあるが…。


医師がモニターや点滴などを調べる間も、ロッシは女とカリス捜査官から目が離せないでいた。

それは、ローザも同じだった。

人目を引く長身の美女は、完全にリラックスしているように見える。

だが、カリス捜査官は、なぜか苦虫を噛み潰したような、深刻な表情なのだ。

2人の様子を見比べると、あまりに対照的で違和感しかない。

ローザの診察を終えた医師が、捜査官に軽く頷く。状態に問題はなさそうだ。

頷き返した捜査官が、ロッシを見た。

「早速お嬢さんのお話を聞きたいところなんだが、実はちょっとした問題が起きた。ロッシさん、あんた、今夜はここに泊まった方がいいぜ。」

「それはどういう…」

「あんたのボディガードに何かが起こったようだ。」

「…!」

ロッシは、弁護士と2人のボディガードを残してここに来た。

長くなるのがわかっていたから、弁護士は送り届けて再度駐車場で待機するよう、ボディガードには命じていたはずだ。

その彼らに、何かが起きた?

ロッシは、最悪の事態と解釈した。

ローザも、より青ざめている。

「車は一旦駐車場を出て、一時間程で戻って来たが、その時は3人乗っていた。その後、運転者は立ち去ったんだが、他の2人は降りて来ない。そして今、車の中には、生命反応がない。…人間の反応は、ってことだがな。」

最悪の想像か当たったようだ。

接地走行と飛行の機能を持つ車には、運転手は必要ない。

非常事態に対処するため、運転手と呼ばれるオペレーターを配置することはあるが、今回は護衛の1人が兼務していた。

ロッシの車は、通常のサーチを受け付けない仕様だが、カリス捜査官がハッタリや推測を述べているわけではないと、わかってもいた。

「立ち去った運転手というのは…?」

「ガタイのいい男性だ。」

ならば、弁護士ではない。

そいつが誰にせよ、敵には違いない。

「もう一つ。ここに侵入を試みた奴がいた。恥ずかしい話だが、通常のセキュリティは役に立ってなかったようだ。そいつは、この病室を目指していたと見ている。だよな、アリス?」

「そうですわ。」

外見以上に艶かしい声が続けた。

「ですが、排除しました。セキュリティは数段強化しましたが、内通者がいた可能性が否定できないのです。現在、調査中です。」

「調査が終わるまでは、内部の誰も信用出来ないってことだ。…だから、お嬢さんの意識が戻ったのに、医者まで外から呼ぶことになっちまったんだ。時間がかかった件については、司法省に代わって、あなた方に深くお詫びする。」

ロッシは、孫娘と顔を見合わせた。

司法省に侵入者?

内通者の存在?

悪寒がとまらない。

ロッシの体験に照らして、十分あり得る話だからだ。

長い長い年月をかけて慎重に行うならば、浸透出来ない組織などない。

不気味な悪意は、一体どこまでその触手を伸ばしているのだろう。

「簡易ベッドはすぐ用意できるが、安全が確保できるまで少し待ってくれ。それと、あんたの車だが…」

「ああ。私が標的なら、何か仕掛けられているだろうな。」

何か致命的なトラップが。

駐車場に近づくことすら危険だろう。

威力の大きい爆発物が仕掛けられていたなら、周囲にまで危険が及ぶ。

「泊めていただくしかないようだな。」

誰が信頼できるかわからないのは、ロッシの部下や家人、使用人も同様だ。

ローザの不安そうな表情が痛々しかった。

彼女が案じているのは自分自身ではなく、祖父の身の安全である。

だが、朗報がないわけではない。

「敵は相当焦っているようだ。」

ロッシの言葉に、カリスが頷く。

「その通りだ。…詳しくは言えないが、敵の動揺を招く事態が複数起きたからな。このまま行けば、治安維持法の発令がありえる。」

「何と!」

ロッシは、特別捜査官の表情に納得した。

治安維持法。

有名無実と悪名高い法律。

あのスラム暴動の際、その発令は遅れに遅れた。

元老たちも評議会の議員たちも、発令決定の責任を負いたがらなかったから。

法は、市民生活を大幅に制限する、厳しいものである。

速やかに発令されたなら、スラム暴動は萌芽のうちに収束したかもしれない。

スラムが壊滅した原因を、発動の遅れに帰する者も多かった。

だが、22年前と今では事情が違う。

今は、盟主が在位しているのだ。

彼の一存で、治安維持法は直ちに発令可能である。

まずは、首都全域に戒厳令が発令されるだろう。

だがしかし…。

ロッシが口を開きかけたとき、アリスの声が嫣然と響く。

「エド、それにはもう少しかかりますわ。先ずは露払いをいたしますから。」

「あー。内部粛清かよ。こえーっ。」

「まあ、そんな人聞きの悪いことを。全てはマスターのご命令のままに。」ほほほ、と上品な笑い声をあげる彼女を、カリスは薄気味悪そうに眺めた。

アリスはあのモンスターAIの戦闘端末、ということは、喋っているのはラグナロクそのものなのだ。

無論、笑っているのも。

楽しげでお上品な笑い声とその仕草が、ただひたすら気味悪かった。

機械がどこからどう見ても人間にしか見えないなど、あって良いのか?

これならバルト少尉の方が、まだ人間らしくなくて安心できる。

逆説的ながら、少なくとも生物だという共通点があるから、人間らしさなどどうでもいい。

それに引き換えコイツは生命体ですら…。

「まあ、こわい。そんなに見つめないでいただきたいわ。」

「…!!」

このバケモノが!怖いのはこっちだ!

などと叫びたいエドだったが、流石に部外者の前では我慢しかない。

 戦っても勝てる相手じゃないしな。


「あー、ロッシさん。車の方はとりあえず監視している。遠隔操作は出来ないようにシールドしてるんで、心配ないだろう。あんたは、悪いがお嬢さんと同室で頼む。」

ロッシが頷く。相部屋の方が安全確保も監視も楽なのは承知だ。

「それじゃまた。お嬢さんも、ゆっくり休んでくれ。」

医師の処置が終わったのを見計らい、3人は、一旦病室を後にした。

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