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月の宮異聞  作者: WR-140
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闇夜の夜鳴鶯

夕食後、サーニは早々と自室に引き上げた。

細々とした家事仕事の大半は自動化されている。専属の料理人が辞めた今でも、特に不自由はない。

 それにしても。

龍一さまに育てられたって、ナニゴト?

あの顔が家族って、想像も出来ない。

まあでも、そういう事なら、おふたりは元々家族、ってわけね。

仮に、龍一さまのお心が妃殿下から離れるようなことがあっても、家族のきずなは残るのかも。

うーん、それとも、離婚とかなさったら、家族じゃなくなってしまうのかしら?

家族って、何なんだろ?

 サーニの脳裏に、父の顔が浮かんだ。

あ、アレはいらない。

母をなくした自分を育ててくれたのは感謝するけれど、それだって、亡くなった母方の大叔母さまの遺産があったればこそ。

 それが底をついたら、早速退学の危機だった。名前を隠して、必死にアルバイトをしたっけ。

それまでだって、決して豊かだったわけじゃなかったから、アルバイトはしていたけど、労働と勉強の両立は本当にキツかったわね。

自分では、馬鹿じゃないと思うけど、決して天才じゃないもの。空き時間に必死に勉強して、どうにか上の方の成績を残せる程度ね。

それだって、奨学金の審査の度に綱渡りしてる気分だった。文句なく奨学金を貰えるようなレベルじゃなかったわ。

ちょっとでも努力を怠れば、即転落。

 うん、よく頑張った、私。

自分で自分を褒めてあげたい。

更に学びたいとは思うけど、そのためにはまずお金を貯めなくては。

だから本当にラッキーだったわ!

ここなら生活費はいらないし、お給料は破格。

危険手当てコミだそうだけど、危険な目に会ったことなんてないわ。

何故本宮の人事課は、ここに人を派遣しないのか、謎。

時々、見たこともないモノに会える。

 ミステリアスで、不思議な、歴史ある離宮よね。どんなに望んでも、おいそれとは足を踏み入れられない禁断の地。

こんなに素敵な場所で働けて、お仕事は超ラクだし、制服まで支給されるなんて。

姫様も龍一さまも、ガーディアンのみなさまも、とってもいい方々。

しかも、毎日目の保養が出来る。

ああ、こんな幸せ、あっていいのかな?


と、いうわけで、サーニにはいささかの危機感もなかった。これまでは。

彼女とて、妃の憂い顔が全く気にならなかったわけではない。

盟主妃は、儚げで弱々しい外見とうらはらに、極めて豪胆な性格である。

肉体的には人間の小娘に過ぎないのに、人外の強者であるガーディアンたちをも振り回すほどに、恐れを知らない。

肝が座っていると言うか、傍若無人というか。こうと決めたら、テコでも動かない。

しかも、強力な巫女でもある。

 この世界の巫女とは、人間と、人外のモノとを繋ぐ存在だ。

彼女に、目くらましは効かない。

如何なる変化の技も、彼女の一瞥で看破されてしまう。

又、彼女は、人や人外のものの存在や感情を読む能力に長けていた。魔術や魔法のシールドは、その力の前に無力である。

つまり彼女に、感情面での隠し事は出来ない。

逆にいうと、そういう女性を妻にしている紫の宮は、余程肝が座っているのだろう。

ガーディアンであるドラゴンたちは、主君の妃であることとは別に、彼女に個人的な忠誠を誓っていた。

そんな彼女が示した懸念。

新月の到来。

 ちょっとは、気に留めておくべきよね?

とはいうものの、サーニの危機感はまだまだ薄かった。


 物思いからさめ、もう着替えようかと、サーニは、時計を見た。

 あれ、おかしいわね? いつもなら、あの子の声が聞こえてくるのに、今日はどうしたのかしら?

耳をすませてみる。

 やっぱり、聞こえない。

あの子とは、庭園に棲んでいる鳥である。

 というか、鳥の姿をしているのは確かだけど、本当に鳥なのかはわからない。

夜鳴き鶯、ナイチンゲールと、サーニは勝手に呼んでいたが、図鑑に載っているそれではない。

ハトより大きく、小型のニワトリくらいはあるだろうか。全身は淡いピンクで、胴体より長い尾羽は濃いピンク。

すんなりした頭部には、同じ色の飾り羽根が載っている。

日中は、全く姿を見せず、夜が更けてからその鳴き声を発する。

カナリアに似た声は、繊細な響きを持っていて、遠くまで伝わってくる。

しかし、その唄はカナリアより幅広い音域にわたっていて、力強く、より華麗だ。

初めて聞いた時は、どんな鳥が鳴いているのか知りたくて、夜の庭園を探し回った。

夜間、庭園に出ると危険がある、そう注意は受けていたけれど、魅力的な歌声の前には、そんなこと、頭から抜けていた。

澄み切って研ぎ澄まされた声は、まるで天上の音楽のようだったから。

木々に舞い降りた月光の賛歌。 

夢幻の調べ、夜のラプソディ。

そして、見つけたのだ。

庭園に点在する東屋の一つで。そこは、水のない噴水の横にある、巨大な鳥籠のような形の東屋だった。

繊細かつ華麗なアラベスク装飾に満ちた、金属のアーチを、角度を少しづつ変えながら、幾層にも重ねた作りだ。この離宮が造営された700年前から、同じ姿を保っているという。

ドーム状の屋根には、蔓植物が生い繁り、日中は日差しを遮る。

屋根の下には、同じくアラベスク装飾をあしらった、金属テーブルと、2脚の椅子。

その片側の椅子の背もたれの上に、あの子はいた。

その時、月は出ていたけれど、東屋の中は深い陰に覆われている。

闇の中、遠くからでも、ぼうっと白っぽく見えたっけ。見間違いではなく、微かに、光っている。全身が柔らかな燐光を帯びていたのだ。東屋に近づくにつれ、歌声は大きくなった。

あの鳥が歌声の主だと、サーニにはすぐにわかった。

鳥は、彼女を見ても、歌をやめようとはしなかった。

すんなりした頭部をやや上に向け、僅かに開いた嘴から、あの鳴き声が溢れ出ていた。

 何だろう?求愛の歌?

だったら、きっと彼、ね。素敵な声だわ。

サーニも邪魔をするつもりはなく、ただ好奇心に導かれるまま、しばらくその声に耳を傾けた。

その後、何度かナイチンゲールの元をおとずれてわかったことがある。

決まった時刻に、鳥は忽然と現れる。

どこから、どうやってかはわからない。

羽音もしないまま、気がついたら東屋の椅子の背もたれにとまっているのだ。

出現の時刻をめがけて、息を殺し椅子を凝視していても、やっぱりわからない。

ある瞬間そこはカラなのに、次の瞬間はそこにいる。 

無から有へ。何の前触れもなく、ただ現われる。

夜通し囀り、明け方近くに、はたと歌うことを止めると、嘴を閉じる。

そして、それきり。

淡いピンクに輝く姿は、忽然と消えてしまうのだ。


時々の訪問は、日課となっていた。

ナイチンゲールも、拒むでなく嫌がるでなく、淡々とサーニの訪れを容認していた。

サーニは、何となく、彼を友達のように感じ初めていたのだ。

その声が、今日は聞こえない。

 どうしたのかしら?

新月だから? まさか、あの子に何かあったんじゃ?

考え始めると、どんどん不吉な想像ばかりが膨れ上がる。

居ても立ってもいられない。

 ああ、もう!

そう、ひと目だけ姿を確認出来たらそれでいい。大した距離じゃないし。

あの子のところへ、行かなくちゃ!

そう決意したら、サーニは躊躇わない。

腕時計タイプの、携帯情報端末のライト機能をオンにして、その足で建物から出ると、回廊を突っ切り庭園へ。

足早に進む庭園の闇は、普段より深い。

月明かりがないのだから当然と言えば当然なのだが。

 いいえ、それだけじゃない。

いつもなら、もう少し明かりがあるはず。

サーニは足取りをキープしたまま、周囲に目を配る。

 確かに、おかしいわ。

この時間なら、発光する植物や動物がいるはず。それに、空中を漂う、得体の知れないものの中にも、光るものは多い。

なのに、今は何一つ見えないなんて。

流石に不安が兆すが、サーニは足を緩めようとはしない。

 今夜は新月、月光が消える夜だもの。

月の宮に、いつもと違うことがあったって、普通よね。

一目でいいの。

あの子が無事ならそれで。

あ、この先だ。もうすぐよ。

もうすぐ・・・え?

 あれは、なに?

2、3歩小走りになりかけて、サーニは立ち止まった。

アラベスク装飾の東屋の中、2脚の椅子の辺りに、ぼんやり光るものを認めたのだ。

それは、大小二つあるように見えた。

目を凝らす。

たしかに、ふたつの光源があるようだ。

一つはもう片方より小さい。

位置からして、小さい方があの子だろう。

なら、大きい方は何?

ゆっくりと、足音を忍ばせ、サーニは更に近づいた。

間違いない。小さい方は、あの子だ。

安堵感が全身を包み、緊張がふわりとゆるむのを感じる。

よかった、無事で。

唄か聞けないのは、ちょっと残念ね。

新月だから歌わないのかな。

そんなことを思った時、サー二はふと違和感を覚えた。

 もう一つの光、何だかおかしい。

人間?向かいの椅子に座っているみたいだけど、なぜ上の方が光っていないの?

男性・・、かなり大柄なひと。

龍一さまくらいの上背がありそう。

ずいぶん古めかしい衣装ね。

安堵したついでに、好奇心に引かれて、サーニは更に数歩進んだ。

東屋の男は、数百年前のリマノ貴族の装いだ。

色味ははっきりしないが、上品かつかなり豪奢な作りである。非常に高貴な身分でなければ着用出来なかっただろう。

こんな時間、こんな場所に?

まさか、幽霊?

心臓がひとつトクンと鳴った。

わあ、どうしよう。幽霊だったらいいな。

ここまでいくと、もう病気だって自覚はあるけど、ワクワクが止まらないわ!


幽霊(?)をもっと近くで観察しようと、サーニは近づく。丁度向かい合った2つの椅子が等距離に見える角度だ。

ナイチンゲールと、古めかしいコスチュームの男。

イケメンだったら、いうことナシなんだけどなあ。

首から下は、すっごく素敵なんだもの。

あら?

サーニは、思わず立ち止まった。

 残念だわ。これじゃわからない。


男には、首から上がなかった。

面白かったら、評価よろしくお願いします。

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