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月の宮異聞  作者: WR-140
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竜と蛇

サーニが少尉から聞いたところによると。

サルラの年齢は不詳。

肉体というものは初めから持たずに出現したらしく、そのエネルギーは桁外れ。

擬態は、基本何にでもなれるが、人型以外だとヘビの姿がメインだとか。

8体の同族がいるが、生命体といいつつも繁殖はしないかもしれない?

「よくわからないんですよね。生物と定義できるかどうかさえ。雌雄はないし。」

と、少尉は困惑顔だ。

その得体の知れない動物(?)を、捕獲したのは紫の宮だという。

成婚の証として、妃に贈るのが目的だったらしいが、少尉は納得していない。

「だって、龍一さまったら、酷いと思いませんか?ボクっていうペットがありながら、あんな深宇宙の化け物を。」

丸い目を潤ませた黒猫が訴えるが、あなたに言われてもね、というのがサーニの正直な感想である。

大体、化け物というなら、どっちも良い勝負じゃない?

少尉はペットってより、あからさまに超弩級災害クラスのモンスターでしょ。

カワイイふりしたって、ムダだわ今更。

でも、結婚プレゼントに、ナーガって?

そのために捕獲したって?

発想が怖い。怖すぎる。

さすが陛下というべきか、正気ですか龍一さまと言うべきか。

しかも、そのナーガ、少尉よりは人間らしいから、余計判断に困る。

外見じゃなく、話し方とかね。

あら?

姫様がお帰りだわ。


「サルラ、久しぶりね。」

正妃は、サルラを見てくすくす笑った。

今日はお元気そうね、とサーニはほっとしたが、同行したはずの黒の宮の姿がない。

「お帰りなさいませ、姫様。レヴィさまはご一緒では?」

「あ、叔父様は、ポータルゲートの出口まで送って下さったんだけど、護衛が増えたようだから、もう少し用事を済ませて来ると仰ったの。」

「ハイ。僕が来たからには安心して下さい、千絵さん。ところで何だってオーラがダダ漏れなんですか。これじゃ、鈍い者にも気付かれてしまいます。もう少しシールドを強化しませんか?」

「そのことだけど、レヴィ叔父様が、このままにしておくようにって。」

「それって、囮ってことじゃ?龍一様は何と?」

「あまり嬉しくはなさそうだったわ。だから彼、あなたを呼んだのね、サルラ。」

「光栄です。」

サーニとリューは顔を見合わせた。

オーラ?囮って…?

何のことやらさっぱりわからない。が、何となく穏やかじゃない。

少尉は、心底面白くなさそうな様子だ。

あ、またソッポ向いたわ。

猫みたいな仕草で毛繕いを始めた。

かなり動揺してる。

追加でガーディアンを呼んだってことは、少尉だけじゃ不充分てことよね。

サルラは、鈍いやつでも気付くみたいに言ったけど、それってたぶん、基準がおかしいと思う。

少尉ならわかる話なのだろうけど。

察するに、普通の人間には感じ取れない何かが絡んでいるのだろう。

私たちには関係ないよね?

アイコンタクトしたら、リューが頷いた。

だから彼が好きだわ、と改めて思う。

どちらかが、ここを去るまでだけの関係だとしても。

うん。

ちょっと寂しいけど、夢を見て裏切られるなんて、耐えられないから。

私はそんなに強くないから。


同刻の司法省管轄病院。

 いつの間にか、うとうとしていたようだ。

全く情けない。歳には勝てないな。

内心苦笑して、ロッシはベッドに目をやった。

「…!ローザ!おおっ!」

落ち窪んだ眼窩から、孫娘の目がロッシを見つめていた。

いつから意識が戻っていたものか。

彼女の目は、濡れていた。

やつれた顔に、涙の筋が見える。

もうかなりながいこと、ロッシを見て泣いていたに違いなかった。

哀れさに胸を突かれ、老人はただ無言で孫娘の痩せ細った手を取る。

ローザが何か話そうとしたが、乾いてひび割れた唇から言葉は出ない。

だが、ロッシにはわかった。

ごめんなさい、と唇が動くのが。

彼女の目から繰り返し繰り返し、新たな涙が溢れる。

渇き切った身体のどこに、こんな水分が残っていたのだろう。

「わかっている。大丈夫だから。」

生きている。

ローザが生きているという事実が、ただありがたかった。

いっそ意識が戻らなければ良いなどと、自分はなんと愚かなことを考えていたのだ。

それでは、この娘の両親と同じではないか。

娘を案じるフリをしながら、ただの道具として育てていたあの連中と。


「ローザ。お前が生きていてくれて、私は本当に嬉しい。こうなるまで、真実に気付きもしなかった私を許してくれ。」

ローザの表情が怪訝なものに変わった。

意味がわからない、そういう顔だ。

「今度のことでは、お前同様私にも非がある。私の目はすっかり曇っていた。」

ローザは、ますます訳がわからなくなった様子である。

無理もない。客観的に見れば、金持ちのわがまま娘が恋に狂った挙げ句、惹き起こした事件にしか見えないはずだ。

だがそれを説明する前に、聞いておかねばならないことがあった。

ここでの様子は、全て録音録画されていると、承知の上である。

事前に説明は受けていたし、その記録内容が法廷に提出される可能性についても同意していた。

隠し事をするつもりはない。

真実がいかに不都合であろうとも、確かめておかねばならないのだ。

「ローザ。月の宮でのことは聞いた。だが、私が知りたいのは別のことだ。

お前が妖物に取り憑かれていたことは知っている。始めは不可抗力だっただろうが、

その吸血の妖物に餌を与えるのに一役かっていたことも。ここまではよいか?」

ローザは頷く。少し苦しげな表情だ。

「妖物の餌食になった人のうち、少なくとも4人が殺害された。お前は、それに関与したかね?」

ローザは最初質問の意味がわからない様子だったが、突然、ハッとしたように、目を見開いた。

そのまま、一瞬動きがとまる。

両眼は、表情と同様凍りついた。

震え?

そう、彼女は小刻みに震え出した。

「落ち着きなさいローザ。質問に答えて欲しい。お前を責めたり、問い詰めたりしたい訳ではない。ただ正直な答えが聞きたいのだ。」

震えは止まったが、大きく見開いた目には、混乱が見えた。

躊躇いがちに開かれた唇は、言葉を紡がないまますぐに閉じられる。

喉からは、掠れた音すら出て来ない。

もどかしい思いが、目に宿る。

今の状態で話すのは、無理だろう。

ならば。

「はい、か、いいえ。それだけで良い。」

頷いたのを確認して、ロッシは質問を開始した。


「殺人が行われたことを、知っていたかね?」

ローザは、否定も肯定もしない。

何か言おうとしているが、声は出そうもない。非常にもどかしげだ。

「質問を変えよう。薄々気付いていたが、確信してはいなかった?」

微かな頷き。

「意識のあるなしに関わらず、お前自身は関与していたのか?」

首が横に振られた。

「直接手を下した者を知っているかね?」

再び、否定。

「では、それを命じた者を知っている?」

躊躇いの間があった。

視線が忙しなく動く。

何か考えているが、考えるほどに混乱している様子だった。

彷徨う視線が、老人の顔でとまる。

唇が動いた。

「何だって?私か?」

頷き。「私が、殺人を命じたと思っていたのか?何と…」

ロッシは絶句した。

グレーゾーンどころか、完全にブラックな行為もあれこれやってきた自覚はあったが、まさかローザにまでそんな人間だと思われていたとは!

だが、自業自得だ。

孫のため、事業の先行きのために、1人の男の人生を買い取ろうとした、鼻持ちならないジジイがここにいる。

相手が相手だったから、こちらが愚かなピエロを演じる結果に終わったが、もしも成功していたら?

ローザがそんなことで幸せになれるとでも思っていたのだろうか?

ロッシは、ゆっくりと首を横に振った。

「ローザ。それは違う。私は殺人など、決して命じてはいない。しかし、誰がそれを画策したか、見当はついている。そして真実は、お前にとって到底信じがたく辛い事かもしれない…。

聞いて欲しいことがある。

その前に、ここは司法省の病院だ。だから、ここで話すことは全て記録されている。

私もそれを承知しているし、今から話すことは既に担当の捜査官に話した。今は、供述調書が出来るのを待っている。

サインするために。

ここ迄は理解したか?」

ローザは躊躇いがちに肯いた。


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