竜と蛇
サーニが少尉から聞いたところによると。
サルラの年齢は不詳。
肉体というものは初めから持たずに出現したらしく、そのエネルギーは桁外れ。
擬態は、基本何にでもなれるが、人型以外だとヘビの姿がメインだとか。
8体の同族がいるが、生命体といいつつも繁殖はしないかもしれない?
「よくわからないんですよね。生物と定義できるかどうかさえ。雌雄はないし。」
と、少尉は困惑顔だ。
その得体の知れない動物(?)を、捕獲したのは紫の宮だという。
成婚の証として、妃に贈るのが目的だったらしいが、少尉は納得していない。
「だって、龍一さまったら、酷いと思いませんか?ボクっていうペットがありながら、あんな深宇宙の化け物を。」
丸い目を潤ませた黒猫が訴えるが、あなたに言われてもね、というのがサーニの正直な感想である。
大体、化け物というなら、どっちも良い勝負じゃない?
少尉はペットってより、あからさまに超弩級災害クラスのモンスターでしょ。
カワイイふりしたって、ムダだわ今更。
でも、結婚プレゼントに、ナーガって?
そのために捕獲したって?
発想が怖い。怖すぎる。
さすが陛下というべきか、正気ですか龍一さまと言うべきか。
しかも、そのナーガ、少尉よりは人間らしいから、余計判断に困る。
外見じゃなく、話し方とかね。
あら?
姫様がお帰りだわ。
「サルラ、久しぶりね。」
正妃は、サルラを見てくすくす笑った。
今日はお元気そうね、とサーニはほっとしたが、同行したはずの黒の宮の姿がない。
「お帰りなさいませ、姫様。レヴィさまはご一緒では?」
「あ、叔父様は、ポータルゲートの出口まで送って下さったんだけど、護衛が増えたようだから、もう少し用事を済ませて来ると仰ったの。」
「ハイ。僕が来たからには安心して下さい、千絵さん。ところで何だってオーラがダダ漏れなんですか。これじゃ、鈍い者にも気付かれてしまいます。もう少しシールドを強化しませんか?」
「そのことだけど、レヴィ叔父様が、このままにしておくようにって。」
「それって、囮ってことじゃ?龍一様は何と?」
「あまり嬉しくはなさそうだったわ。だから彼、あなたを呼んだのね、サルラ。」
「光栄です。」
サーニとリューは顔を見合わせた。
オーラ?囮って…?
何のことやらさっぱりわからない。が、何となく穏やかじゃない。
少尉は、心底面白くなさそうな様子だ。
あ、またソッポ向いたわ。
猫みたいな仕草で毛繕いを始めた。
かなり動揺してる。
追加でガーディアンを呼んだってことは、少尉だけじゃ不充分てことよね。
サルラは、鈍いやつでも気付くみたいに言ったけど、それってたぶん、基準がおかしいと思う。
少尉ならわかる話なのだろうけど。
察するに、普通の人間には感じ取れない何かが絡んでいるのだろう。
私たちには関係ないよね?
アイコンタクトしたら、リューが頷いた。
だから彼が好きだわ、と改めて思う。
どちらかが、ここを去るまでだけの関係だとしても。
うん。
ちょっと寂しいけど、夢を見て裏切られるなんて、耐えられないから。
私はそんなに強くないから。
同刻の司法省管轄病院。
いつの間にか、うとうとしていたようだ。
全く情けない。歳には勝てないな。
内心苦笑して、ロッシはベッドに目をやった。
「…!ローザ!おおっ!」
落ち窪んだ眼窩から、孫娘の目がロッシを見つめていた。
いつから意識が戻っていたものか。
彼女の目は、濡れていた。
やつれた顔に、涙の筋が見える。
もうかなりながいこと、ロッシを見て泣いていたに違いなかった。
哀れさに胸を突かれ、老人はただ無言で孫娘の痩せ細った手を取る。
ローザが何か話そうとしたが、乾いてひび割れた唇から言葉は出ない。
だが、ロッシにはわかった。
ごめんなさい、と唇が動くのが。
彼女の目から繰り返し繰り返し、新たな涙が溢れる。
渇き切った身体のどこに、こんな水分が残っていたのだろう。
「わかっている。大丈夫だから。」
生きている。
ローザが生きているという事実が、ただありがたかった。
いっそ意識が戻らなければ良いなどと、自分はなんと愚かなことを考えていたのだ。
それでは、この娘の両親と同じではないか。
娘を案じるフリをしながら、ただの道具として育てていたあの連中と。
「ローザ。お前が生きていてくれて、私は本当に嬉しい。こうなるまで、真実に気付きもしなかった私を許してくれ。」
ローザの表情が怪訝なものに変わった。
意味がわからない、そういう顔だ。
「今度のことでは、お前同様私にも非がある。私の目はすっかり曇っていた。」
ローザは、ますます訳がわからなくなった様子である。
無理もない。客観的に見れば、金持ちのわがまま娘が恋に狂った挙げ句、惹き起こした事件にしか見えないはずだ。
だがそれを説明する前に、聞いておかねばならないことがあった。
ここでの様子は、全て録音録画されていると、承知の上である。
事前に説明は受けていたし、その記録内容が法廷に提出される可能性についても同意していた。
隠し事をするつもりはない。
真実がいかに不都合であろうとも、確かめておかねばならないのだ。
「ローザ。月の宮でのことは聞いた。だが、私が知りたいのは別のことだ。
お前が妖物に取り憑かれていたことは知っている。始めは不可抗力だっただろうが、
その吸血の妖物に餌を与えるのに一役かっていたことも。ここまではよいか?」
ローザは頷く。少し苦しげな表情だ。
「妖物の餌食になった人のうち、少なくとも4人が殺害された。お前は、それに関与したかね?」
ローザは最初質問の意味がわからない様子だったが、突然、ハッとしたように、目を見開いた。
そのまま、一瞬動きがとまる。
両眼は、表情と同様凍りついた。
震え?
そう、彼女は小刻みに震え出した。
「落ち着きなさいローザ。質問に答えて欲しい。お前を責めたり、問い詰めたりしたい訳ではない。ただ正直な答えが聞きたいのだ。」
震えは止まったが、大きく見開いた目には、混乱が見えた。
躊躇いがちに開かれた唇は、言葉を紡がないまますぐに閉じられる。
喉からは、掠れた音すら出て来ない。
もどかしい思いが、目に宿る。
今の状態で話すのは、無理だろう。
ならば。
「はい、か、いいえ。それだけで良い。」
頷いたのを確認して、ロッシは質問を開始した。
「殺人が行われたことを、知っていたかね?」
ローザは、否定も肯定もしない。
何か言おうとしているが、声は出そうもない。非常にもどかしげだ。
「質問を変えよう。薄々気付いていたが、確信してはいなかった?」
微かな頷き。
「意識のあるなしに関わらず、お前自身は関与していたのか?」
首が横に振られた。
「直接手を下した者を知っているかね?」
再び、否定。
「では、それを命じた者を知っている?」
躊躇いの間があった。
視線が忙しなく動く。
何か考えているが、考えるほどに混乱している様子だった。
彷徨う視線が、老人の顔でとまる。
唇が動いた。
「何だって?私か?」
頷き。「私が、殺人を命じたと思っていたのか?何と…」
ロッシは絶句した。
グレーゾーンどころか、完全にブラックな行為もあれこれやってきた自覚はあったが、まさかローザにまでそんな人間だと思われていたとは!
だが、自業自得だ。
孫のため、事業の先行きのために、1人の男の人生を買い取ろうとした、鼻持ちならないジジイがここにいる。
相手が相手だったから、こちらが愚かなピエロを演じる結果に終わったが、もしも成功していたら?
ローザがそんなことで幸せになれるとでも思っていたのだろうか?
ロッシは、ゆっくりと首を横に振った。
「ローザ。それは違う。私は殺人など、決して命じてはいない。しかし、誰がそれを画策したか、見当はついている。そして真実は、お前にとって到底信じがたく辛い事かもしれない…。
聞いて欲しいことがある。
その前に、ここは司法省の病院だ。だから、ここで話すことは全て記録されている。
私もそれを承知しているし、今から話すことは既に担当の捜査官に話した。今は、供述調書が出来るのを待っている。
サインするために。
ここ迄は理解したか?」
ローザは躊躇いがちに肯いた。
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