処理係って?
「あのう、少尉、何してるんですか?」
「ん?」
テラスの石テーブルの上で黒猫が振り向いた。雄猫(?)にしては小さめで華奢な身体だが、まんまるな緑色の目は、エメラルドより透き通った宝石のようだ。
後足で立ち上がり、例の三角帽子を前足で抱えている。
「見て分かりませんか?帽子のゴムが外れてしまったんです。で、直そうと。」
「ええ。それはわかるんですけど、あのう、何故猫の姿で?猫の手だと、難しそうてすよね。あ!なんか、修行とか、そういうことですか?」
「え?」
黒猫こと、連邦参謀本部所属情報将校兼、神皇家近衛 飛龍遊撃隊所属であるところのカイ=エミリオ・バルト少尉は、前足で抱えていた三角帽子を取り落とした。
「そう、ですよね少尉、修練、そうなんだわ!その前足でどこまで出来るか。」
「え、ええ、まあ。」
カイはちょっとどぎまぎしつつ、サーニに
調子を合わせてみた。彼女は目をキラキラさせてカイを見ているから。
い、言えない…、猫の姿なのを忘れてたなんて…。
これが、カイのご主人様なら、かわいそうな子供を見る目を向けてきてから、辛辣な言葉が飛んでくる。
わざわざ日本語、それも関西弁。
アホかお前何しよん、…なんて感じで。
あれはなぜか、すごくバカにされてる気がする。
ご主人の奥様も似たようなものだ。
違うのは、黙って手伝ってくれるところ。
どっちにしたって、カイのやらかしはいつも正確に見抜かれてしまうのだ。
だけど、この娘はちがう。
何だかちょっと和むなあとカイはほっこりした。
「少尉!」
ますます目を輝かせて、サーニはにじり寄ってきた。
「はい?」
「前からずっとお聞きしたかったんですけど、その、変身するって、どんな感じなんですか?」
「あ…うーんと、説明はちょっと難しいなあ。ボクはボクなんだけど。」
「言葉遣いも変わるのって、わざとですか?それとも他に理由が?」
「変わってます?あんまり意識したことはないんだけど。」
「ハイ。人型だと、感情に乏しい感じっていうか、表情も話し方も作り物みたいで、あっ!ご、ごめんなさい!」
「いえ。そこは自覚してますから。どうなんだろうね、ボクってドラゴンじゃないですか、身体構造が人間より猫に、似てるっちゃ似てるからかな?」
「あ、そういえばそうかも?翼はないけど尻尾はあるし、言われてみれば確かに。じゃあ、姿によって、使いにくい能力とかはあるんですか?」
「あります。翼を増幅器として使う能力とか、ブレス攻撃とか。体の大きさもある程度は必要なので。」
「ドラゴンブレス!?わあ、それって、まんまゲームみたい!」
よくある反応だ。
強力な範囲攻撃だけど、ご主人様の許可が必要なので、無闇には使えない。
「猫の方がやり易いことって?」
あるにはあった。
例えば、ご主人さまの肩とか膝で甘えるとか。
さすがにそれは言えないけど。
「やりやすいというか…」
カイは、前足でテラスの下を示した。
サーニが覗き込んで、「あら。」と目を丸くする。
「刺客、の方達ですか?」
「そういった方々でしょうね。猫の姿だと、警戒されにくいです。警戒されても構いませんけど。」
重火器で武装した傭兵小隊、だった。
シールドはわざと部分的に弱くしてある。
まっすぐこのテラスまで来られるように。
まとまって来てくれた方が、排除効率が良いから。
月の宮には、ドラゴンのガーディアンがいると広く知られていたはずなのに、この程度の武装でやって来るなど、どうかしている。
ドラゴンがホントにいるなんて、信じてない人が大半だから、仕方ないのかもしれないけど。
この小隊の武装なら、月の宮クラスの規模の建物を10回は廃墟に出来るだろう。
が、それだって普通の建造物ならという条件つきだ。高性能迫撃砲、ロケットランチャー、爆発物各種etc…まだ足りない。
これじゃ、月の宮にはキズひとつつけられないだろう。
宮の自動防御機能と自動修復機能はバージョンアップ済みである。
「あのう、どうするんですかその…」
「ああ、コレですか。」
黒猫は、チラリと傭兵のなれの果てを見た。皆、穏やかに眠っているようにしか見えなかった。外傷はほとんどないし、パーツの欠損もない。
ただ、生命が既にないだけだ。
「気の毒ですが、ここに侵入した以上、自業自得と言える。警告はしました。」
シールドは部分的に緩めてあっただけで、解除はしていないから、すんなりとは侵入出来ない。
力押しで障害物を破壊するか、無効化する必要かあり、その際自動的に警告がアナウンスされたはず。
これ以上進めば命はないと。
彼らはそれを無視した。職業柄引き返す選択肢はなかったのではないかって?
いや、プロフェッショナルなら、戦局に応じて柔軟な対応をしなければならない。
形成不利と見たなら、一旦撤収することも戦略の一つだろう。
何が彼らの状況判断を誤らせたかはわからない。報酬に目が眩んだのかも知れない。
ドラゴンなどこの世にいないという信念の持ち主が指揮官だったのかも。
いずれにせよ。
「彼らはボクに会った時点で詰み。」
双眸の緑の宝石を妖しく光らせて、カイは淡々と続けた。
「ボクが彼らなら、その前に逃げた。さてと、片付けろ、アビスプリンガー。」
午後の穏やかな日に照らされた庭園に、突如ぬうっと立ち上がったモノがある。
サー二はそれに見覚えがあった。が。
「池?にしては、何か違和感が…」
「正確には、池の住人ですね。池自体は封印の一部であって生命体ではないけど、そこに棲まうものたちがいる。」
巨大な触手のように伸びたそれは、池の一つから突き出していた。
ヌメヌメと光る、濡れた表面は、それが生き物であることを示唆している。
封印修復の時に見た光の柱とは、形は似ているが、質感が全く違う。
巨大なイカかタコの触手にも似ているが、吸盤はついていない。
スルスルと近づくそれを、サーニは、興味深々で見つめた。
テラスの下まで来ると、それは折り重なる刺客たちの遺体をぐるっと一巻きし、そのまま元来た方へ戻る。庭園の地面には引き摺った跡がのこったが、それだけだ。
触手もどきが池に沈んだらあとには遺体など影も形もなかった。
「ど、どこへ…?」
「さあ?何故、何のためかも分かりません。まとめて処理してくれるので、重宝してますけど。」
「はあ。…あれって、どんな姿をしてるんですか?」
「アビスプリンガーの全身は見たことがありません。残飯が好きで、剪定クズの枝とか、侵入者も持って行ってしまいます。巨大で知性もありそうだけど、よくわからない生き物って感じ。頭足類ではなさそうだし。そういえばあいつ、貝殻とかウロコもついてたなあ。」
イカやタコじゃなくて、貝殻とウロコ?
確かによくわからない。
わからないけど、不思議と怖い感じはしない。
エコな残飯処理係ではありそうだし。
ここにはここの流儀がある。多量の死体は少しショックだけど、ひとを害することを仕事にしている者であり、警告を無視した結果となれば、サーニが口出しすることではなかった、
「いつか、見てみたいです。アビスブリンガーの全身。」
「あー、それボクも興味ある。この件が落ち着いたら、君とフランツと、3人で見に行きたいな。」
「ぜひ!」
願ってもない提案だ。
リューを外したりしたら、一生恨まれそうだし。
今は早速、彼にこのニュースを伝えたいサー二なのだった。