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月の宮異聞  作者: WR-140
31/109

アンダーグラウンド・シアター

朝は当たり前に訪れた。

封印は成ったものの、世界には目に見えるような影響はない。

だから幸いとも言える訳だが。

「さて、反撃だ。」

小ホールに集った住人たちに、家主であるところの黒の宮がそう言った。

「誰に?」と盟主妃。

「まずはそれを特定する。」

黒の宮は、まだ白い魔法使いの衣装だったが、あの燦然とした輝きは失せていた。

一面に施されていた刺繍は、力強い立体感と生き生きした印象を失い、アンティークらしいくすみが全体を覆っている。

英霊たちの思いから解放されて、本来の姿に戻ったということなのだろう。

「死者たちにはふさわしい葬列を。生けるものには何を用意するか。まぁそっちはお前の仕事だ、龍一。」

ソファに座った盟主妃の膝を枕にして、目を閉じていた盟主に、全員の視線が向く。

「俺は今日も通常業務です。」

ため息と共に彼は起き上がった。

青ざめた顔に疲労の色が濃い。

それはそれで絵になる風情だが。

「魔法なんてガラじゃない。慣れないことはするもんじゃないですね。」

「剣は魔法とはあまり相性が良くないんだ。ましてやアレは神剣。自業自得だな。バカかお前は。」

「あなたの甥ですから仕方ないかと。」

「おお。それはそうかも知れぬ。」

「…真顔で肯定しないで下さい。」

「仕方なかろう。事実は事実だ。さて、千絵、今日は俺とデートしようか♡」

「うん!」

「な……?!」

盟主が凍りついた。

「あ、ボクお供しまーす!」

三角帽子を取り戻してご満悦の黒猫が、招き猫よろしく片一方の前足を上げる。

「いや、お前は留守番だ。今日にも招かれざる客が来よう。フランツ、サーニ、お前たちも心せよ。少尉の指揮下に入り、その命に従え。」

「はい!」期せずして、2人の声が揃う。

黒猫は、これでも連邦軍屈指の情報将校である。

そのことは2人とも知っていた。

しかも、その戦闘能力ときたら、ワンマンアーミーどころか、連邦の誉れである宇宙軍を壊滅させるなど造作もない、正に天災級の存在なのだ。

「さて少尉、必要とあらば、俺の名において戦闘行為を許可する。よいな、龍一?」

「問題ありません。しかし叔父上、今日にも、とは?」

「ここの状態を監視していた者達がいた。

それはお前も気付いていたはずだが。

そのネズミの一匹が今朝から見えぬ。

何らかの重大事を報告に行ったか、或いは昨夜、ドラゴンの結界に干渉しようとしたか。」

後者なら、命にかかわる。

人が不用意に触れぬよう、外周には警告の意味合いで、方向感覚を失わせるシールドが敷設されているのだが、監視者がある程度以上の能力者だと、この安全シールドを突破する可能性があるのだ。

しかし、その場合は、己れの半端な能力を呪いたくなるに違いない。

ドラゴンのシールド本体は、苛烈である。並の能力で太刀打ち出来るような、生半可なものではないのだ。

それに干渉しようとしたり、侵入をはかろうなどとしようものなら、良くて重傷、もしくは死が待っている。

「どちらにせよ、ネズミの飼い主は動く。そういうことですか。」

「恐らくな。」

「で?」

「ああ。こっちは、打ち合わせた手筈通りに。お前が行く訳にもいくまい?」

なぜか、アルカイックスマイルの黒の宮。

対する紫の宮は渋面である。

彼らを交互に眺めて、盟主妃。

「…何を企んでるのかな、2人して?」

笑顔が剣呑だ。

紫の宮は目を逸らし、黒の宮はスマイルのままだ。ただアルカイックがチェシャ猫に変わりはしたが。

「楽しいデートに期待しようか、我が愛しの姪よ。」

「嫌な予感しかしないんですけど?」

「そう言うな。俺とデートして、楽しめなかったことがあったか?うん?」

「それはないけど…」

「そうだろう。そこの若造と一緒にするな。」

紫の宮は何故か更に目を逸らした。

明らかにおかしい。

リューとサーニは目で会話して、お互いに何のことかさっぱりわからないことを確認した。わからないが、らしくない。

黒猫は、我関せず。


「えーっと、千絵、出勤前に回復を…」

「イヤ。」

にべもない。

「相当疲れてるんだが?」

「杖の代わりに神剣なんか使うからよ。」

「いやその、だって俺、魔法使いじゃないし、そんなつもりは…」

「知らない。着替えてくる。」パッと立ち上がって、彼女はそのままホールから出て行った。

「よし、では解散としよう。」

黒の宮が立ち上がり、他のものが続く。

1人残された紫の宮は深くため息をついて、肩を落とした。


「叔父様、何なのここ?」

数時間後、リマノ某所。

本宮の宮殿ほどではないが、複雑怪奇に入り組んだ建物の一角である。

この辺りの特徴として、目の前の建物がどこまで一棟の建築物か、どれほど目を凝らしてもわからない点が挙げられる。

目の前の建物も、正にそれだ。

うかつに足を踏み入れたら、どこに続くか分からない。

繁華街からちょっと奥に入った路地という立地も、どことなくいかがわしい。

「大丈夫、俺がいる。」

姪の肩を抱いて、黒の宮。

最新流行のカジュアルなスタイルは、どこから見ても若く裕福なリマノの特権階級そのものである。

彼の姪もまた、それにふさわしい高価なスーツを着こなしていた。

露出度は低いが、体のラインをくっきり見せることで、上品だがセクシーで奔放な、リマノっ子好みの令嬢のイメージだ。

長い漆黒のストレートヘアが、無造作に背中に流れている様はゴージャスである。

「とにかく、入ろう。」

「叔父さま、このドアって…」

「気づいたか。そのノブは偽物だ。」

彼は、一枚のカードを取り出した。

サイズはカードだが、印字された情報は何もない。それは、ただの薄い金属の板で、鈍い銀色の光沢を帯びている。

それをドア脇の、一見して汚れにしか見えないシミにかざすと。

ドア表面に、文字が現れた。

 ようこそ劇場へ

その飾り文字の下に、いくつかの項目が並んでいる。

ミュージカルや舞踊、歌手の公演など、近頃リマノで評判の演目だ。

いずれもチケット入手が困難なことで知られている。

だが、黒の宮の指はそれらの末尾、何も書かれていないブランクにかざされた。

シュッ

空気が抜けるような、微かな音とともにドアが下へスライドした。

その奥には短い下り階段がある。

幅は結構広い。

階段の突き当たりは、さらに広い踊り場になっていて、映画館にありそうな、古風な両開きのドアに続いていた。

ドアの左右には、暗い間接照明。

「何だか怪しげな雰囲気ね。」

「行くぞ。」

非の打ち所がないエスコートに導かれて、彼女は階段を降りた。

面白かったら、評価もお待ちしてます。

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