表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月の宮異聞  作者: WR-140
29/109

恋人たち

恋人たちはまどろむ。

上下左右はよくわからないけれど。

抱きしめた相手の身体は、確かな実体だから。

「…?ねえ、リュー…」

「んん?」

「あの 何だか私たちの他にも人がいるような気がしない?」

「そうだね」

薄目を開けた2人だが、均一な薄明の中、見えると断言できるのは自分と相手の体だけで、50センチ向こうは、ただぼんやりとしている。

体の下(?)がどこなのかは不明で、床だとか椅子だとか、そういった構造物は触知出来ない。

かといって落下している感覚もない。

だから、支えなしにどうやって位置をキープ出来ているかはよくわからない。

分からないなりに、安定感があり、全身を真綿に包まれているような安心感もある。

まるで、適度な温度と密度をもつ、液体の中に浮遊しているようだ。

濡れた感じはしないけれど。

呼吸にも問題はない。

状態としては快適で、ともすれば眠気に負けそうになる。

眠ってはならないことは、2人とも理解していたから、無理にでも眠気に抗う構えではあるけれど。


「うまく言えないんだけど サーニ 僕らの知覚が限られていることって…この場合幸せかもしれない」

「どういうこと?」

「いま僕らはある種の異空間にいる

魔法的空間というか呪術的結界か…まあそんな感じ」

「ええ」

「僕らに下級魔法使いか呪術師程度の 

半端な知覚能力があったら 自分が感知した事象に引き込まれて脱出出来なくなるかもしれない」

「あ…」

サーニにも思い当たることがあった。

魔法などが社会の裏側に追いやられる理由の一つに、魔法の素質をもつ子供たちの生存確率が、そうでない子供より明らかに低い事実がある。

原因は、異形の世界を見たり感じたりする能力のため、異界に引き込まれやすかったり、原因不明の衰弱を招きやすいためだと言われていた。

いわは、魔法という病気を、生まれながらに患っているようなものだ。

そのような子供たちは、能力のないものより、育てるのに余分のケアを要するし、お金もかかる。

魔法などの能力は、ある程度遺伝に左右されるが、能力なしの両親から能力をもつ子供が生まれる場合があった。

子供の生死に関わる重大事なので、胎児期から診断は可能である。

しかし。

子供に能力があると知ってしまうと、能力なしの両親が出産をためらうケースが非常に多いのである。

どう接したらいいのか、どうやって育てたらいいのか、戸惑いが大き過ぎるのだ。

充分に裕福な両親なら、然るべき人材を雇用したり、専門家のアドバイスを得ることは容易いが、そうでなければ、なかなか出産に前向きになれない。

そんなわけで、能力のある胎児と判明した時点で、妊娠の継続を望まない人が多数派になっていた。

先の戦争では、地域によって大勢の戦争難民や孤児が出た。

併せて棄児、いわゆる捨て子も問題となったのだが、それらの中にいた、能力のある子供たちが生き延びるのは、より難しかっただろうと言われている。

成人まで生き延びられれば、能力の強弱はともかく制御は上手くなるから、易々と餌食になることはないのだが…。


「ひどい話…」

「そうだね」

「あれ?私また口に出して何か言った?」

「能力がある子供たちのこと?いいや

でもね 僕も見てきたから」

ため息。

「大勢亡くなった…」

「リュー いつからなの?魔法の才能が災い扱いされ始めたのは?」

「諸説あるけど…ここが建ったころはまだ魔法は神からの贈り物とされていた」

「それ700年も昔の話でしょ?」

「うん」

「だからここの封印は魔法なのかしら?」

「レヴィ様が仰るには この時空の裂け目が出来た原因が魔法だからだそうだよ」

「そんな凄い魔法使いが?」

「いや あの疫病で亡くなったひとたちのせいというか…」

「?」

「魔法を使える人は半数として それ以外の人全てには眠ってる魔法の才能があるんだって」

「全て?」

「そう 君も僕もってこと!

あまりにも多くの人が亡くなったから 裂け目が出来るほどのエネルギーが生まれた」

「…」

それが本当だとしたら、大量の死は、予期出来ない世界の危機を招く?

700年前ほどではないけれど、今回の戦争でも多くの人が亡くなった。

全人口に対する比率から言えば、8割には遠く及ばないが、絶対数は近いのだ。

単純に、現在の方が全人口が遥かに多いのだから。

「ねえリュー 今回のことに戦争が関係してると思う?」

「…レヴィ様はそう考えられているようだった」

「レヴィ様が…」

ならばその可能性は高いのだろう。

現在の盟主は15代。

黒の宮タナトス・レヴァイアサンは7代。

盟主は、人類社会が未曾有の危機を迎えたとき即位してその収拾にあたる、いわば安全装置のようなものだ。

その機能はこれまで確実に成果をあげてきた。

ただし、各世代での危機の規模や性質はさまざまだ。

毎回、即位に至るまで、危機のために多くの人が命を失うのだが、死者の数をみれば、7代と 当代が突出している。

危機の性質についても同様だ。

真に全人類の危機と呼べる規模は、その2回のみだっただろう。

他の場合、最悪でも文明世界が根絶やしになる程のことは起きなかったと、歴史学者は言っている。

その2回が未曾有の危機だったが故、AIラグナロクは、それに対処できる者を選んだということなのだろう。

体の良い雑用係、とは、当代盟主が自らの立場を指して言った言葉だ。

それは正しい。人とは、どこまでも身勝手な生き物だから。

祭り上げられ、ありあまる特権を付与されたところで、盟主の功績に見合う報酬などありえないという本質は変わらない。

なのだが…

2人の神皇家親王は、やはり別格だ。

彼らでなければ対処出来ない危機がある。


「今の僕らにできることって レヴィさまの言い付けを守ることだけだね」

「そうね」

あまりにも心地よい雰囲気には、絶対に流されまい。

ただ、2人離れないでいること。

意識を手放さないこと。

それこそ望むところだ。

2人は更にしっかりと抱き合った。

楽しんで頂けたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ