ロッシとカリス
その頃。
司法エリアの病院では、被疑者との面会について一悶着が持ち上がっていた。
受付の係官は、いきり立つ相手に、繰り返し面会を許可できないことを伝えていたが、相手は執拗だ。
弁護士と秘書を引き連れた老人、ウラジミール・ロッシである。
「規則は規則だろうが、孫は被疑者であって、まだ犯罪者ではなかろうに。しかも、深刻な健康上の問題を抱えている。それでも面会は許されないというのかね?」
流石の気迫ではあるが、焦りと憔悴の色は隠せていない。いつものロッシならば、動揺など見せる場面ではないはずだ。
駆け引きもハッタリもなく、老人はここにいた。
普段のロッシを知る秘書や弁護士の困惑をよそに、今の彼は、孫娘を思う1人の祖父に過ぎないのだ。
「…いいぜ、爺さん、あんただけならな。」
突然、声がかかった。
受付の係官が、弾かれたように立ち上がる。
「カリス特別捜査官!し、しかしそれでは…」
「おまえさんらの懸念はわかる。が、ここは俺に預からせてくれ。ケツは持つ。」
小柄なカリスだが、態度は大きい。
係官に、それ以上異論は無いようだった。
彼は、この件が月の宮絡みであることで神経質になっていたわけて、特別捜査官が責任を持つというなら、後は知らん顔ですませるだけだ。
「ロッシさん、あんただけついてきてくれ。案内する。」
お供をその場に残して、ロッシはカリスに従った。
「カリス特別捜査官、心から感謝する。しかし、何故だね?」
カリスは、立ち止まって振り向いた。
「あんた、アイツとやり合ったんだってな。褒めてたぜ、あんたの度胸を。」
「?!まさか…」
「事実は小説より何とかってな。」
「…そこに、おられたのか、君のそのご友人も?」
そことは、つまり逮捕現場である月の宮。
「ああ。アイツの奥方も一緒にな。」
「…何ということだ…」
彼の愛する孫娘、ローザ・ガートルード・ロッシは、月の宮に不法侵入をした上、誰かを害そうとした。そこまでは、知っていた。
まさか、その相手が…
絶望と慚愧の念が、老人の顔をどす黒く彩る。最悪の想像が現実に他ならなかったことで、激しい後悔が押し寄せる。
「ワシのせいだ。あんな不完全な情報をあの娘に与えなければ…」
「不完全てより、希望的観測だろう。つまり、あんたの目は曇ってたんだ。」
淡々と老人に背を向けて、エド・カリスは歩き出す。
「最初から、割り込める余地なんぞなかった。まあ、そう言ったところで、事態は変わらなかったかもしれんが。」
「…。」
肩を落とし、粛然とカリスの後ろを歩きながら、ロッシは考える。
どこから、何が間違いだったのか。
いや、初めから何かがおかしかった気もする。
不意に、意識の隅っこに、閃光が走った。
目が、曇っていた?
そう、その通りだったのかもしれない。
ローザのことにかまけて、自分は周囲をしっかり見ていなかったのでは?
ロッシは、顔を上げた。
様々な記憶の断片が、一気に押し寄せる。
ほとんど、気にも留めていなかったはずの些細なあれこれ。取るに足らないはずだが、不自然で奇妙なこと。
いま、自身と孫娘の、破滅と生命の危機に直面して初めて、ロッシは、少しだけ本来の洞察力を取り戻したのだ。
まだ、はっきり全貌が見えた訳ではない。
しかし、ロッシは、立ち止まった。
その気配に、エド・カリスが振り向く。
「特別捜査官、相談したいことがある、記録はとってもらって構わないし、弁護士の同席も求めない。」
「えらく唐突だな、ロッシさん。」
エド・カリスは、あっけにとられた。
おいおい、さっきまでミイラなみに萎れ切っていたこの爺さん、一体どうしちまったんだ?
だが、カリスの捜査官としての本能が告げている。今は、何をおいても彼の話を聞くべき時だと。
「じゃ、先にお孫さんに会っとかなきゃな。時間がかかりそうだから。」
「ああ。感謝する。」
2人は病院の廊下を進んで行った。
今回は、ちょっと短くなりました。
次回に乞うご期待。