六芒星の子ら
「どうなってるの、これ?」
思わず声が出た。
サーニが目にしたニュースは、「聖女」の出現を伝えるものだった。
それも、1人ではない。
リマノから比較的近い星系のあちこちに、「聖女」が現れたのだ。
自称聖女や、個人や団体の推薦を受けているものなど、立場は様々である。
宗教団体に所属しているらしい者や、占い師として生計を立てている者、どこかの王女や貴族令嬢まで。
共通しているのは、自分は昨日、リマノ官庁街にいた、との主張である。
そこで何をした、とまでは言わないが、彼女らは、自分こそが浄化に関与したとみなされたいらしい。
「何だか露骨だよね、それ。」
と、リュー。サーニにそのニュースの存在を伝えたのは彼だ。
「仕方あるまい。自分を売り込むチャンスと見たんだろう。」
ティーカップを置き、優雅な所作で手首を返して黒の宮。惚れ惚れするほど洗練された動きだ。
三人は、目下テラスの一つでティータイム中だった。
「だって、レヴィさま!この人たち、こんな見え透いた嘘をついて、力がないことが見破られたらどうするんですか?」
「だから明言を避けているんだ。売名行為とは、そういうものだよ。」
「なんて浅ましい…」
リューが、天真爛漫な笑みを浮かべて、言うことには。
「君ならそう思うよね、サーニ。だけど、話題になることで人から注目されたい人は多いよ。それなりにメリットがあるし。」
「リューまでそんなこと!」
リューは世間に疎い学者バカじゃなかったんだろうか、とサーニは思う。
彼は研究者として優秀だけど、まともに働いたこともないはずだ。
実家が裕福だから。
アルバイトに明け暮れていた自分とは違って、他人の悪意や、世渡りのあれこれなんて俗事は知らないだろう。
そう思っていたけど、間違ってた?
こんな笑顔で、こんなこと言うんだ?
サーニにマジマジと見つめられ、リューは苦笑した。
「君が何を考えてるかはわかるさ、サーニ。僕は学者バカかもしれないが、研究者の世界にも、売名が上手な人はいる。だって、研究にはお金が必要だからね。」
「そういうことだな。」
黒の宮も頷いた。
世間知らずは自分の方かと、サー二は素直に思う。
だけど、この「聖女」たちみたいなマネは、絶対にしたくない。
リューだって、レヴィさまだってそんなことはしないだろう。
上手く立ち回るのが賢いという考え方は、アリだと思うけど、嘘をついてまで自分の利益を追求するなんて。
そんな人が何をどう考えてるかは知らないけど、私、偽物の聖女さまたちを好きにはなれない気がするな。
「さて、フランツ。例の件だが、君の意見はまとまったかな?」
「はい。」
フランツ・リュートベリは、椅子の上で、居住まいをただした。
例の件?何だろう?
この数日、リューとレヴィ様が、よく話しこんでいたけど。
「結論からいうと、レヴィさまのお見込み通りかと。」
「そうか。」
黒の宮は、すっと視線を伏せる。
長いまつ毛は白いが、そうすると益々紫の宮に似て見えた。
「だとすると、あまり時間がないかもしれない。サーニ、フランツ、手を出せ。これを渡しておこう。」
手渡された物を見て、サーニは首を傾げた。ペンダント型の魔法防具だと直感したが、前回支給されたものは、まだ有効期限内のはずだ。
「すぐにつけた方がいいだろう。今のものより数段強力なはずだ。」
サーニはハッとした。
黙って言われた通りにそれを身に付ける。
リューもすでに付け終えていた。
「それでいい。言うまでもないが、常に身につけたままでいた方が良いだろう。」
リューとサーニは同時に頷く。
寝るときも、着替えや入浴のときもという言外の意味を、2人とも正しく理解した。
黒の宮は、彼の甥と同じく用意周到で、無駄を嫌う性格だ。
彼がこう言う以上、その必要がある、つまり、今までより大きな危険が迫っているということで、間違いなかろう。
「俺は千絵に話してくる。フランツ、後で詳細な報告を聞きたい。」
「承知しました、レヴィ様。」
黒の宮を見送った2人は、お互いを見つめた。
先に口を開いたのはサーニだ。
「で?」
実に簡単な言葉だが、そこには幾つかの「?」が込められている。
リューと居て楽なのは、サーニの言いたいことを素早く正確に察してくれるから。
それは子供のころも今も変わらない。
「レヴィ様はね、ここに戻られてから、ある懸念を持っておられた。封印の不安定化が、どうにも不自然だってね。」
「不自然?」
「人為的介入さ。」
サーニは驚いた。
「誰かが故意に、封印を不安定化させたってこと?」
「そう。目的は不安定化じゃなくて、破壊だったらしいけど。」
背筋がザワッとする。
ここは、時空の狭間の綻びに打ち込まれたくさびのような建物と聞いていた。
幾つもの世界を穿った、竪穴のような綻びは、完全に塞いでしまうことができないのだ。
なぜなら、ここを完全に塞ぐと、どこかに新たな歪みが生じて、そこが綻ぶ。
綻びとは、異界との通路だ。
そこからは、何ががやって来ることもあれば、逆に誤って足を踏み入れた人間が消えてしまうこともある。
そうした人が戻れるのは奇跡に近い。
だから、行った先が生存可能なら、ひとまず当たりくじを引いたことになるだろう。
運が悪ければ、文字通り消えてしまう羽目になる。骨も残さず喰われたり、活火山の火口の上に転移して、落下したり。
海中や地中など、ある程度以上の物質の密度がある場所には、直接転移はしないようだ。それとても、垂直距離は選ばない。
つまり、どんな高さから落下するかは、運次第であった。
宇宙に放り出される確率のほうがはるかに高そうだが、不思議なことに、それはあまり例がないという。
黒の宮の長年の研究によると、どうやらざっくりした補正がかかるらしいのだ。
あくまでざっくり、だが。
重力については、ランダム。
圧死したり、釣り上げられた深海魚みたいになったり。
軽くジャンプしたら、地面とは永久にサヨナラとか。
寒暖についてもしかり。
地獄の灼熱や、ブリザード以下の低温に直面しかねない。
だから、裂け目は慎重に管理されなければならないのである。
万が一、ここの封印がとけたらどうなるか?
異界からやってくる者の脅威に、人々は直面することになるだろう。
月の宮に棲みついている者たちも、外に出すと危険極まりないのがいるが、これらは僅かな裂け目を擦り抜けられたものたちである。
「つまりザコだな。」
というのが、黒の宮の見解だが、
「とはいえ、一部の者ならば、惑星規模での人類殲滅など、容易いだろう。所詮ザコだが。」
黒の宮のザコ認定基準の方が怖かった。
「封印への干渉は、長年に渡り、計画的に行われたらしいんだって。月の宮の、内外からね。ここは、無人の期間が長かったけど、僕のように、研究目的で滞在したものや、最低限の物資補給のため出入りしたものがいた。
レヴィさまが最後にメンテナンスをされてから、ざっと300年だって。その間に少しづつ、封印攻撃は続いていたらしい。
龍一様が来られてからは、出入りする者が少しだけ増えたけど、攻撃は難しかった。しかし、攻撃者はそれに気づかなかったはずだと、レヴィ様は仰った。
神皇家の血を継ぐものは、月の宮との同化率が高く、どこかから攻撃を受けても、それを無意識のうちに無効化出来るから。
しかも、龍一さまは、ここに来られたことはないと、世間じゃ言ってる。
姫様は、内親王だけど、それは名誉称号と見なされてるしね。
だから、攻撃側は、たかを括っていただろう。本来なら既に封印は壊れてたはずなんだけど、何世代にも渡って攻撃してきた連中には、封印の正確なダメージが見えていなかった。
で、危険を察知したレヴィ様が、メンテナンスに戻られたってわけ。間一髪でね。」
重い沈黙を破ったのは、サーニだ。
「わざと異世界への通路を開こうとしたの?人類が絶滅するかもしれないのに?」
とても正気だとは思えない。
そもそも、目的は何なのか?
そんな事をして誰が徳をするんだろう?
リューは、目を伏せた。
「絶滅させること自体が目的らしい。カルト教団、〝六芒星の子ら〟にとってはね。
そうすれば、彼ら信者は救われるっていうのが、教義だから。」
「何、それ?絶滅って、信者も死ぬってことじゃない。誰もいなくなるんだったら、どう救われるわけ?おかしくない?」
「だから、カルトなんだよ。」
リューはため息をついた。
「僕はレヴィさまに頼まれて、ここの生態系の分析をしていたんだ。700年分ね。
細かいことは省くけと、攻撃は少なくとも500年以上続いてきたと見ていい。レヴィさまの考えも同じだった。」
「六芒星の子らって、どんなカルトなの?どうして、犯人だと?」
「攻撃は、封印に到達すると、特有の痕跡を残すんだって。それと、宮を守る結界に残る情報を解析した結果とを付き合わせたら、魔法の指紋ともいうべきものがわかるってことらしい。そこからレヴィさまが導きだした結論だって。実は、僕にもよくわからないんだ。けど、レヴィさまはどうやら、史上最高の魔法使いだってことはわかったよ。」
「えー?神族だよね?普通、魔法は使えないでしょ。第一、魔法なんて馬鹿にしてそうだけど?」
「普通はね。でもレヴィさまが魔法使いなのは歴史上の事実なんだ。他の伝説に紛れてて、歴史書の記述は小さいけれど。
そして、レヴィさま本人から聞いたのは、それが事実で、能力値は神力に匹敵するってことだった。」
「…!」
「いま、僕らにできるのは、レヴィさまの言いつけを守ること。そうだよね?」
サーニは頷いて、ペンダントトップの青い小さな石を握る。
「気をつけていること。これを外さないこと、よね。」
「気をつけてね。君に何かあったりしたら、僕はきっと、耐えられないから。」
「あなたもね、リュー。私もきっと、あなたに何かあったら耐えられないから。」
リューは、椅子から身を乗り出し、サーニの目を見つめる。真剣な眼差しだ。
「約束だよ。」
透き通る赤い目が近づく。サーニは動かない。知らないうちに目を閉じていた。
唇に彼の息がかかり、次の瞬間、唇が触れた。最初は躊躇いがちに。
一旦離れた唇は、続いてより確信を持って彼女の唇に触れ、その形をなぞるように柔らかく動いた。同時に肩が抱かれる。
まるで、リューの優しさそのものみたい。もっとこうしていたい。
そんな彼女の考えを読んだように、キスは続いた。
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