魔法使いと聖女
「カルト教団だと?」
出勤前、黒の宮の私室に立ち寄った紫の宮は頷いた。
「昨夜お会いになったカリス捜査官の調べによるとそのようです。暗殺などを引き受けることもあるそうですが、こちらの捜査では、今のところロッシ一族との接点が見えてこない。」
六芒星をシンボルとするその教団は、かなり古いものだという。
正妃が眠ったあと、起床した紫の宮は、ラグナロクを呼び出して、事件の周辺捜査をしていたのだが。
「ロッシ財閥本体も、当主や家族、側近などの個人も、その教団との関係が見えてこないのです。まあ、ラグナは、」
皆まで言わせず、黒の宮は言葉を被せる。
「ラグナは魔法や呪術には疎いな、確かに。ま、兄上の設計じゃしょうがない。そっちはむしろ俺の得意分野かもしれん。だがな龍一。」
黒の宮は、ニヤリと笑う。
「俺に聞くまでもないだろう。お前は、殆ど俺の分身と言える存在だ。なぜ魔力がないフリをするかは聞かないが、お前はこの世界屈指の魔法使いだ。その事実をいい加減受け入れてはどうだ?」
紫の宮は無言である。
黒の宮は視線をどこか遠くに向けて続けた。
「この世界では、科学が幅を効かせている。神力やドラゴンの力はイレギュラー扱いで、魔法や呪術は、完全に二軍扱いだ。だが、最高の魔法使いの力は神力にも匹敵する。
それと、神聖力だが…どうするつもりだ?
会議では、公表しなかったそうだな?」
「情報が早いですね。」
あの大規模な浄化への正妃の関与について、当代盟主紫の宮は沈黙を守った。
一部の能力者に感知された、ドラゴンによる結界については、「たまたま」現場近くにいたドラゴン騎士が、非常事態に反応して結界を発動したと発表された訳だ。
盟主正妃は、あまり公の場所には現れず、月の宮は使用人が少ないため、その生活や人となりは案外知られていない。
物欲がないらしいこと、冷たく整った外見に比べて、暖かく大胆な人柄であることは知られていたものの、悲劇の巫女姫などという根も葉もない噂が独り歩きするほど、具体的な情報は少なかったのだ。
盟主が即位の条件とした、彼女に関する条項は機密扱いである。
それで、お飾りの正妃だの、盟主は彼女に無関心で、月の宮への「お渡り」は、ただの一度もないだのというウワサも独り歩きして、今や既成事実と捉えられていた。
だから、当初はドラゴンの関与から、問題の大規模浄化が正妃によるものと結論付けていた勢力も、盟主の対応を受けて、確信が揺らぐこととなった。
そもそも正妃が司法省ブロックなどに居たはずがなく、周辺施設のビジターに関しても、彼女らしい記録はない。
第一、ひとりの巫女が、あのようなとんでもない浄霊をするなど、ありえないのではないか?
そう、伝説の聖女でもなければ、そんなことは不可能だ。
聖女が現れたのか?ならば、一刻も早くその真偽を確認しなければならない。
700年もの永きにわたり放置されてきた、いわくつきの魔所を浄化するなど、伝説さえも超える偉業なのだから。
自己の陣営への取り込みのため、早速聖女探しを始めた勢力が複数あった。
また一方では、聖女の存在など度外視する者たちもいた。
彼らは、浄化に複数の魔術師が関与していたのではないかと考える。
ここでいう魔術師とは、魔法を使うことができるもののうち、そのセオリーを科学的に体系化しようとする一派をさす。
魔法が科学より劣るとされる理由のひとつは、再現性の低さだ。
科学なら、同一の手順を正確に守りさえすれば、誰でも実験で同じ結果を得られるのに、魔法はそうではないのだ、
術者の資質や環境の影響、時刻、場所、周囲の生命体や非生命の存在非存在など、あらゆるファクターが結果を左右する。
変数が多すぎるのだ。
この問題を科学的手法で解決しようとするのが、魔術師の立場である。
かなり大規模な業界団体もいくつかあって、連邦議会に議員を送り込んでいる。
それらの団体にとっては、どの勢力の仕業なのかは重大な問題だ。
大っぴらには出来ないが、呪われた場所の呪力を借りて、魔力に変換する術式もあり、誰が何の目的で浄霊を行なったか、お互いに牽制しつつ疑心暗鬼に陥ったのは、仕方のないところだろう。
このように、様々な仮説に振り回されている勢力が大多数なのだが、例外もある。
人数としてはごく僅かだが、真相をほぼ正確に見抜いている者たちは、緊急会議後、完全な沈黙を守っていた。
盟主が、正妃の関与に一切触れないならば、それは話題にするなという警告である。今回の件を見抜くほどの実力者ならば、魔法使いや聖職者、呪術師の別なく、盟主の恐ろしさを知っているから、警告に従い沈黙を守っているのだ。
「聖女に魔法使い、か。まるで俺が在位していた頃に時代が戻ったようだな。」
黒の宮は苦笑する。
「全く、色々と仕出かしてくれる。さすが俺の姪だ。」
「俺の妻です。」
「はは!おまえはガキか?どこで張り合ってるんだ。ふむ、魔法使いと聖女のカップリングか。ますますメルヘンじゃないか?」
紫の宮の目が危険な光を帯びた。
仮に、正妃に子供でも出来ようものなら、黒の宮がどんな行動に出るかわかったものではない。
「どこがや?そもそも、叔父貴、アンタがくだらん実験なんぞしいひんかったら、こうはなってへんやろ。」
「確かに。お前も千絵も、生まれなかっただろうな。」
なぜか真顔で黒の宮は頷く。
脳内で、その場合のシミュレーションをしているのだ。
「いや、やっぱりそれはナシだな。この状況のほうがずっと面白い。」
チェシャ猫の笑みを浮かべたマッドサイエンティストに背を向けて、当代盟主は無言で退室した。
出勤するために。
今日も長い1日となりそうだ。
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