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月の宮異聞  作者: WR-140
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石回廊の夕暮れ

「そうか。何があったかはわからないけど、緊急会議はかなり大規模だったからね。正妃殿下に関わることなら、それも仕方ないかな。」

夕暮れ迫る、石回廊のテラスである。

小さな石のテーブルを挟んで、2人は椅子に腰掛けていた。

常になく鮮やかな夕焼けが、周囲をオレンジ色に照らしている。

物思いにふけって、回廊を歩いていたサーニは、真正面からリューと出くわしてしまったのだ。

沈んだ彼女の様子に気付き、理由を問いかける彼に、サーニは、盟主の早い帰宅と、妃の様子を打ち明けた。

守秘義務という言葉がちらっと浮かんだが、そんなことより、今何が起きているのかが気になる。


「さっきね、義理の姉から、連絡が来たんだ。内容は問い合わせ、かな。」

彼の義理の姉といえば、次兄の配偶者である、マルガレーテだろう。

長兄は離婚していて、再婚はまだだ。

「たしかフィン商会のお嬢さまよね。」

「ああ。彼女は実業家としてやり手で、目端がきくし行動が早い。実家であるフィン商会だが、魔法や呪術関係の商品を手広く扱っていて、あまり知られてはいないが、マーゴ義姉さん自身、その方面の能力者でもある。」

 マーゴ義姉さん?あら、リューはその人と親しいんだ。

軽く胸がざわつく。

どんな人がは知らないけど、お金持ちなのは確かね。

「リマノにはいくつかの危険な場所があるだろ。ここもそうだし、スラムの中心とかね。そういう場所の一つが、消えたんだそうだ。」

「え?」

意味がわからない。

「有名な場所ではないけど、常に封印に気を遣わないと危険な魔所なんだって。昔、疫病が流行ったとき、数万人の遺体を埋葬したところで、今でも危ないってさ。

そこが今日、浄化されたって。

だから、義姉さんたちの業界も大騒ぎになってる。

それに、ドラゴンと、ありえないほど強力な、巫女の聖力が関わってたからさ。

そして、緊急会議だ。僕がここでお世話になってることを、義姉さんは思い出したってわけ。何か知らないか、って。」

 サーニは、皮膚が、ちりちりと粟立つのを感じた。

数万の死者?

その怨念の魔所?

いつになく疲れた様子の妃‥?

やらかし、って、そんなまさか?

「大変・・。」

思わず腰を浮かしかけた。

まさか、とは思うが、そのまさかが現実になるのがここだった。

だが。

サーニは、脱力する。

後は引き受ける、と、退出を命じられた。

一介の侍女にできることはない。

「心配しないで、サーニ。大丈夫さ、きっと。義姉さんには、僕は何も知らないって答えた。それに、姫さまは、何も悪いことをした訳じゃないでしょ。」

「それは、そうだけど…。」

夕日に照らされた、リューの赤い目は、燃えるオレンジ色の、透明な宝玉のようだ。

見ていると、不思議に落ちつく。

「そうよね。無茶かもしれないけど、決して悪いことをなさった訳ではないもの。」

リューは微笑んで頷いた。

「陛下がお怒りだとしても、それは姫さまを心配してのことでしょ。対外的な処理なんて、陛下にとっては大した問題じゃない。まあね、義姉さんみたいな業界の人にとっては、売り上げに響くかもしれないけどさ。」

それはそうだろう。

そっち方面の能力のあるなしに関わらず、危険な場所や存在は、人々に不利益をもたらす。

個人的に護符を持ち歩く人も多い。

裕福なら、浄化能力者を雇ったりもできるが、高額な料金に対して、浄化できる範囲はわずかだ。

通常の武器では効果がない場合も多い。

見ることも感じることも出来ない人は、全人口の60%いる。しかし、危険と見なされるような存在は、誰にも等しく牙を剥く。

何が起きたか知らないまま、命を落とすことだってあるのだ。

だから、結局は護符の類いに頼らざるを得ない。護符は、いわゆるお守りで、呪具はもう少し範囲が広いが、こちらは諸刃の剣的な面があり、知識なしに使うと危険だ。

需要があるから、市場が形成される。

個人用の護符や呪具のほかに、もっと広範囲に影響を及ぼすものもある。

こちらは強力で、持続時間が長いだけに、高価でもあった。リューの義姉は、どちらも扱っているだろう。

そうした業界団体は、今回の件を嬉しく思わないに違いない。

庶民には大人気の正妃だが、もともと一部貴族たちからは、暗殺対象No.1とされるほど、忌み嫌われている。

サンクチュアリの巫女だか何だか知らないが、リマノ貴族ですらない、辺境出身の小娘が、唯一の盟主正妃として連邦に君臨するなど、あってはならない。

彼らはそう考える。

盟主がリマノにいる時代、それは、どの家門にとっても、千載一遇のチャンスだ。

一族から正妃を送り込むことができれば、その後の勢力図を書き換えることすら可能であろう。

まして、現在の盟主は、人間の女性とのハイブリッドだと囁かれているのだ。

それが本当なら、リマノ社交界で前代未聞の下剋上すら可能なのではないか?

彼らは単純にそう考えるだろう。

サーニも、そしてリューも、そんなことは無理だと知っている。

現盟主、紫の宮の母は、確かに人間ではあるものの、正妃と同じくサンクチュアリの巫女姫である。彼女に受胎が可能だったのは、黒の宮が昔、行った遺伝子工学実験の結果であり、休眠状態の神族の遺伝情報を持っていたからだ。

それでも、受胎確率は非常に低い。

だから、リマノの令嬢が仮に、神族と性的関係を結べたとしても、妊娠は不可能である。

しかし、彼らはそんな事情は知らない。

 正妃さえ居なければ。

まるで呪文のように、そう考えてしまうのは、ある意味必然だった。

今回の騒動で、危機感を覚えた団体や個人は多いだろう。

そういった勢力同志の結びつきは、時間の問題だ。

敵の敵は味方。

彼らが結託することで、妃に対する暗殺の試みはますます熾烈さを加えるだろう。

殺すまでもない、そう考える輩もいる。

正妃が失脚すればいいのだ。

必要なのはスキャンダルである。


「何があっても、私は姫さまをお守りするわ。あの方は、私の恩人だもの。」

消えゆく残照を目に宿したまま、リューが頷いた。

「姫さまと龍一さま、レヴィさま、そして君。みんな僕の恩人だ。だから、僕も姫さまを守るよ。僕なんかにできることは、何もないかも知れないけどさ。」

夕日の色はゆっくりと消えていく。

迫り来る薄暮が、まもなく回廊を紫に染めていくのだろう。

更に群青から闇の色へ。

月の宮に、夜が忍び寄ろうとしていた。


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