ヲタク令嬢の就職事情
サーニは、あっさり捕獲され、あれよあれよと言う間に月の宮に連れ込まれた。
作業着姿のプラチナブロンドは、飛龍遊撃隊所属のバルト少尉と名乗った。
サーニは、驚愕した。飛龍遊撃隊は、盟主直属の超エリート部隊、というのは表向き。家柄だけはムダに古いサーニは、彼らの真実を知っている。
「少尉!あなたは、ドラゴンなんですか?!お、お会い出来て光栄です!」
「あ、どうも。今は、ブリュンヒルデさま付きのガーディアンです。で、こちらが、この宮の主人、ブリュンヒルデ妃殿下。」
と、紹介されたのは、あのキャップを被ったローティーン。
生垣から這い出してきた時から今まで、ずっと男の子だとばかり思っていたけど、まさか?
と、サーニは、ソファの正面にちょこんと座る人物を凝視してしまった。
青いキャップに、だぶついた作業服。
相手はにっこり笑ってキャップを外した、
艶やかな黒髪が流れ落ちる。
ノーメイクに作業服だか、それは紛れもなく、全銀河連邦のファーストレディの、あの有名な顔だった。
「ブリュンヒルデです、ダ=リマーニエ嬢。それで、私にご用とは何ですか?」
こんなに身近にあの方がいらっしゃるなんて。ああ、やっぱりお美しい。なんて華奢な方。私より少し年長とお聞きするけど、全然そんなふうに見えないわ。まるで、妖精みたい。あんな悲劇的な噂なんて、きっと嘘よね?ええ、そうに決まっていますわ。大体、妃殿下は…
サーニの考えは、そこで中断された。目の前のテーブルに、茶器が置かれ、ボットから暖かい紅茶がサービスされたのだ。
あの黒髪の青年によって。
キャップなしのその顔。破壊力はあまりにも凄まじい。
彼は優雅な動きで、全てのカップを満たすと、ブリュンヒルデ妃の横に座った。
思わず見とれるほどの完璧さに目がくらむが、サーニは違和感を覚えた。
あまりに自然に、妃殿下のおとなり?
「悲劇的な噂とは、何ですか、レディ?」
彼から問われて初めて、サーニは、自分の考えが、すっかり声に出ていたことに気づいて慌てた。またやってしまった!
「あ、あの、それは、あの、」
「アレじゃないですか、姫が、恋人と引き裂かれて、陛下に嫁がされた、って。」
「ああ、その件か。」
男2人は、何でもない風に頷き合い、サーニは少しほっとした。
なんだ、ご存知だったのね。
「ちょっと待って。何のこと?私に関する噂なのに、知らなかったの私だけ?」
「一々とりあうな、千絵。事実無根だ。」
「龍ちゃん!真面目に聞いて。私が、好きでもない人と結婚なんてする?しかも、その上、リマノまで来て、柄にもないお妃なんてするの?冗談はやめ、」
彼女は、最後まで言えなかった。
黒髪の青年が彼女の肩を抱き寄せて、その唇をキスで塞いだから。
絶句するサーニ。
呆れてため息をつく少尉。
「あー、ご紹介がまだでしたね。この方は、この宮の居候にして、姫のご夫君、ついでに、われらドラゴン族のお仕えする主君であらせられます。 龍一さま!お客様の前で、度が過ぎます。お控え下さい。」
「失礼した、レディ。最初に、あなたのお話を伺うべきでしたね。話しにくいことなら、妃だけの方がいいですか?」
「め、盟主へいか?そんな、わ、私大変失礼な振る舞いを、何とお詫びしたら?」
慌てるしかないサーニてある。
お、お茶までいただいてしまった!ありえない!
第15代連邦盟主といえば、神族皇室親王にして東宮。並の盟主とは格が違う。
歴代最強とされ、あのハルマゲドンをわずか1ヶ月で終戦に持ち込んだ。
盟主とは、世界大戦など、人類が存亡の危機に直面した時にのみ、歴史の表舞台に登場する存在である。
彼らは人類ではない。遥かな過去、滅亡した異世界から転移してきた一族だという。長大な寿命、人外の力。そういえば、彼の、この人間離れした美貌こそが、そのあかしなのかも。
ああ、だからかもしれない。
歴代盟主が、公の場所では決して素顔を見せない理由。
「いいえ、レディ。顔を隠すのは、退位した後、気ままに生きていくためです。」
サーニは、ギョッとした。
また考えが口に出ていたみたい。
私、今日はおかしい。なぜ?
「も、申し訳ありません!」
顔から火が出そうだ。
ブリュンヒルデ妃が、ジタバタと夫の抱擁から脱出して、彼を睨むが、盟主は涼しい顔だ。
サーニに向き直った妃の頬が赤い。
「大丈夫、あなたがどうかしたわけではないのです。あのね、この宮は少し変わっていて、お客様に干渉することがあるの。」
「干渉、ですか?」
「ええ。今日のあなたみたいに。ごめんなさいね、私たちにはどうすることも出来なくて。ここはね、生きているの。」
「建物が、ですか。それって、どういうことでしょうか?」
俄然興味が湧いてきた。サーニの食い付きに、盟主とドラゴン騎士は顔を見合わせて頷く。
「ここは、世界の綻びに建っているのですって。綻びが動き出せば、混沌が世界を覆うから、ここを建てて、縫い止めた、ってレヴィ叔父様が仰ってたわ。そうよね、龍ちゃん?」
妃の言葉に頷いて、盟主が続けた。
「ここを造営したのは、我が叔父だ。かなり変人だが、天才でもあってね。」
「タナトゥス・レヴァイアサン7代陛下が、ここを?」初耳だ。歴史書にもそんなことは書かれていない。
「この宮は、自我を持っている。宮に認められれば加護を得られるが、そうでないなら、命にかかわります。本宮人事課は、こんな危険な場所にもう誰も派遣したくないと。そこで、貴女の事情と希望をお聞きしたい、レディ。ここに就職しませんか?」
願ってもない提案だった。
サーニは、包み隠さず事情を説明し、父の理不尽な仕打ちから逃れるため、ここに庇護を求めてきたことを伝えた。
「戴冠式で、妃殿下のお言葉をお聞きして、この方になら助けて頂けるんじゃないかと思いました。本当に、夢みたい。こんなことって普通、一生に一回もないでしょう。よろしくお願い致します。」
と、いうわけで、ヲタク令嬢サーニの就活は、ここに目出たく実を結んだ。
連載は始まったばかり。
今回もお付き合いいただけたら嬉しいです。
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