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月の宮異聞  作者: WR-140
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好奇心は猫を殺す、かも?

黒の宮の意見はこうだった。

①憑依しているそいつらを見分ける方法はない。

②憑依されている人間の人格は残っているが、憑依されている自覚はない。

③魔物が体を使いたいとき、いつでも人間の人格を眠らせることができる。人間は、この強制に抗えない。気づくことも不可能である。

④この異界の魔物には、何か目的があるようだが、データ不足。


シャワーを浴びた盟主が寝室に入ると、妃は軽い寝息を立てていた。

時刻はもう真夜中近い。

彼女を起こさないよう、ソファで寝ることを検討するが、さすがにサイズが小さ過ぎた。190センチ近い彼が、2人がけサイズで横になれるハズもなかった。

それでも、何通りか試してみる辺りが彼らしい。以前から同じことを繰り返していたが未だ正解には辿りつかない。

ベッドから、クスクス笑う声が聞こえた。

「お帰りなさい。待ってたんだけど、結局寝ちゃって。」

「起こして悪かったなあ、奥さん♡」

日本語。関西のイントネーション。

彼は、流れるような一連の動作で、不毛のトライアルを締めくくる。それは、寝室の暗がりで、大きな黒いジャガーが、ラブチェアと戯れているように見えた。

それから彼は、足音なくベッドに歩みより、床に膝をついた。

「貧血は?」

密やかで、限りなく優しい声音。

彼女の小さな手をとり、キスして、頬に押し当てる。

「私は大丈夫。だから、遠慮しないで。

いま貴方が倒れたら、戦火が上がるでしょう。ましてあなた自身が暴走したら、誰にも止められない。」

彼女は微笑んで、もう片方の手を彼の顔に伸ばした。親指で唇の輪郭をなぞる。

「愛してるわ。だから、一緒に帰ろうね。私たちの、あの古い家へ。」

彼は、彼女の両手をそっと握り、微笑む。

暗がりでディテールは見えないが、それが哀しげで、切なさを滲ませた微笑なのを、彼女は知っていた。

そして、彼の目に、濡れた光が宿る。


もう、数えきれないほど身体を重ねてきたのに。

誰よりも安心出来る家族のはずなのに。

彼女は、今も恐怖を感じる。

嵐に翻弄され、自分自身からも引き剥がされて、見知らぬ世界へと投げ落とされる。

死の苦痛にも通じる、激しすぎる快感と、どこまでも落ちて行くかのような恐怖。

いや、逆にどこまでも登って行くのだろうか?ジェットコースターの速さで動く、双極の螺旋に乗って。

暗黒の太陽。燃え盛る虚無。

絶対0度の果て。熱平衡。

それが、彼の内面世界の一部であることは、本能的に知っていた。

ああ、今彼と共鳴している。

そして、彼女は何度も意識を失う。

絶頂の瞬間、彼に切り裂かれる頸動脈。

刃物は使われない。短く整えられた、人差し指の爪だけで、彼はメスより鋭く正確な手技を見せる。

痛みはない。溢れた血は、一滴残らず舐めとられ、彼の疲労を癒していく。

同時に、傷はふさがり始める。

神原の血を持つ男女の体液には、元々弱いながら癒しの効果があるのだが、その力は神族の因子を持つ者に対して、極めて強力に働くのだ。つまり、同じ神原の一族に対しても、奇跡のような効果を発揮する。

翌朝には、いくら探しても傷痕などない。

浅い傷ではなかったはずだが。


まどろみから覚めたのは、腕の中だった。

「起きたんか、千絵。」

彼女は、返事の代わりに、彼の胸に頬を擦り付ける。

「猫かいな。」柔らかく笑って、彼は妻の額に唇を寄せた。

「ねえ、龍ちゃん、何で昨日制服着てったの?誰に会った?」

「ああ。相手は分かっとるやろ。それで、何が知りたいんや?」

彼女の唇の両端がニィッと吊り上がる。

言い逃れは許さないというサイン。

「全部。」

彼に逃れる術はなかった。


「信じらんない!相手、お年寄りなんだよ!亡くなったらどーすんの?」

「手加減はしたで。しかし、思てたよりタフな爺さんやったなあ。護衛は気絶したんやけど、爺さん喋ってたさかい。」

「気絶って、それ、手加減て言わない!」

「あー、エドは逆に何で殺さんかったんや、あんなクズを、て。」

「ん?エドって、カリス特別捜査官?

ふーん、昨日会ったんだ。ということは、何か事件でも?」

彼は内心少し慌てた。憑依型の吸血鬼などという厄介そうなシロモノに、最愛の妻を近づけたくない。

彼女の好奇心と大胆さときたら、もう。

だが、結局は洗いざらい白状するハメになったのは、当然の帰結だ。


「ふうん。叔父さまは、そう言ったの。

憑依している時は、見分けられないって。

でも、私にはわかるよ、それ。」

そう。そのことにはおそらく、黒の宮も気付いていただろう。

こういう風に、彼女の好奇心に火を点けてしまわないよう、言葉を選んでいたのだ。

もはや逆効果だが。


「ここの封印が不安定化してるのは、私でも分かる。叔父様が解決されるでしょうけど、こちらに出て来てしまったものは、どうしようもないわよね。ソレは、私たちがここに来る前、誰かに憑依して結界を抜けた。目的って、何かな?」

「データが少ない。で、被害者が、殺された理由はどう思う?」

「一つは、自分の存在を知られたくないから、かな。人に憑依して、別の人を襲うのよね?

龍ちゃんみたいな器用なマネが出来るわけないから、何か特徴的なアトが残るんじゃない?吸血鬼映画みたいな、キバのあととかさ。」

「ふむ。精神支配を得意とする妖物には、支配対象の身体構造も作り変えるモノが居る。あり得るなあ。殺害時に、吸血の痕跡が破壊される様にしたらええ訳やから、手口はバラバラでかまへんし。」

「それと、被害者の内、出入り業者って人がここにきたのは、最近?」

「いや。戴冠式前の準備期やな。」

「じゃ、1番最近、ここと関わったのは、龍ちゃんのストーカーかあ。その人、男性?女性?」

「男。調べたら本宮の総務課事務員の親戚やった。」

「あー。ありがちね。」

住所の入手経路のことだ。

「犯人がここの結界から出たのに、わざわざ近くに戻ってくる理由が知りたいな。

最後の被害者との接点が、この界隈と仮定しての話やけど。」

それが妖物の意思なのか、それとも、別の理由があるのか。

「んー、気になるわね!」

「お、おい、千絵?」

「退屈って、嫌い。大丈夫、カイは連れて行くから。」

「どこへ行く気や?」

「内緒。退屈過ぎて死にそうだったんだ。じゃ、そういうことで。お休みなさい。」


好奇心は猫をも殺す、そんな言葉が浮かんだのは、カイの名前が出たからだろう。

カイは、ドラゴンでも最強の部類だが、最近は何故か、猫の擬態にハマっている。

最初は、盟主自身の命令で、ある任務のため、小さな黒い猫の姿をとっていたのだが、それが気に入ってしまったらしい。


 こんなことになるんじゃないかと思ったと、第15代連邦盟主はため息をつく。

まあ、起こったことは仕方がない。


カイに与える命令は単純だ。

彼女にとことん付き合って、不可能でも守り抜け。

それは、いつものこと。

理不尽な命令とわかってはいるが、失敗は許さない。

彼は、再度ため息をついて、目を閉じた。

まもなく夜明けだ。

明日はどんな日になることやら?


お付き合いいただきありがとうございます。

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