吸血鬼は眠らない
「…どういうことだ?」
エドは、肩をすくめる。
「見ての通り、被害者たち4人にはあまり共通点がない。強いて探ると、全員、わずかながら月の宮と接点があった。それも、ひどく漠然としちゃいるんだが。他にとっかかりがなくてな。」
盟主は、個人情報に視線を戻す。
「知り合いではないな。が、見覚えのある名はある。これと、これは、即位以前に月の宮に試験採用された者のリストで見た。こっちは、確か出入り業者だろ。」
「あったりぃー。さすが化けもんだぜ。ンで、最後のは、お前サンのストーカーだ。あ、神原技官殿の方な。住所を突き止めて、月の宮の辺りで張り込みまでしていたらしいが、ん?どうした?何かあったのか?」
エドは、相手の表情が一瞬動いたのを見逃さなかった。
これは稀有な才能だ、と表情を読まれた紫の宮は内心舌を巻く。エド相手なので、普段から無防備ではあるのだが、盟主紫の宮は、乳飲み子の頃から、感情をコントロールするための過酷な訓練を受けてきた。
それが、エドには見破られる。
訓練自体は、どうしても必要だったのだ。脆弱な肉体に宿った巨大な力を、意思の力で制御するために。
それが出来なければ、死ぬ。
自滅か、処理されるかの2択。
どちらにせよ、巻き添えになった死傷者は天文学的な規模となるだろう。
つまり、生き伸びるため、殺さない為に、感情の制御は、どうしてもクリアするべき課題だったのだから。
剣は、集中のためのツールに過ぎなかったのだが、気がつくと達人の域に達していた。ダンスや楽器の演奏もそうだ。
そんな彼の、無意識の表情を読むなど、本来ならありえないのだが。
「後で話す。それより、おまえはなぜ一連の事件だと思ったんだ?」
「んー、コロシの手口はバラバラなんだが、被害者全員がなぜか強度の貧血に見舞われているんだ。死亡時の外傷による失血ではなく、血がうすーくなってたらしい。まるで、血液を失っては回復することを繰り返したみたいだと、ウチの監察医は言ってた。そいつ、凝り性でよ、気になりだすと止まらないらしいや。ンで、病気についても調べたが、被害者全員、そういう症状の起こる疾患は持ってない。吸血鬼の仕業かって聞いてみたが、その痕跡はないって言う。奴らだと、被害者の血液に何とかって因子が入り込むが、それがないらしいんだ。
おい、どうした、リュウ?」
盟主は、深く項垂れて、ため息をつく。
「いや、今日は厄日かな、と。さっき少しやらかしたし。俺たちの種族もたまに吸血鬼扱いされるからな。」
神族という、化け物じみた種族の一部は、確かに人の血肉に特殊な嗜好を持つ場合がある。
しかし、当代盟主には、本来そういう嗜好はない。
彼が反応するのは、ただ1人。それも性的な行為が絡む場合のみである。
「おまえが犯人か?」
「まさか。」
「じゃ、やらかしって、何だ?」
「ああ、それな。」
今朝のロッシとの一件を、ざっと説明する。
エドは、苦い顔で、濃いグレイの短髪を掻きむしった。
「はっ!それのどこがやらかしなんだよ。むしろ、何で殺さなかったんだ?」
盟主は微笑む。
「過激だな、捜査官ドノ。」
「だってよ、ロッシなんて野郎は、
わっかりやすーいクズじゃねえか。
さっさとくたばっちまったほうが、世のため人のため、だろ?
あいつに泣かされた人間は星の数ほどいるだろうし、あのスラム暴動にも関わってたらしいしな。
それが、孫娘の我儘に引きずられて、そのていたらくだと?耄碌すんにも程があんだろおよぉ。ま、ちっとは薬になったんじゃねえか。お前の神気ってやつ、アレほんとにおっかねーからな。」
「ロッシはどうでもいいんだ。千絵がなあ。やりすぎるなって、その心配ばかりしている。あれが怒ると怖い。」
エドは、フフンと鼻で笑った。
「お前さんみたいな人類の敵にゃ、一つくらい怖いモンがあっていいのさ。それに、あんないい娘を泣かせたら、俺だって黙ってないぜ。が、そいつは置いといて。
どう思う、この件?」
盟主は、両手の長い5本の指先を合わせて、視線を落とした。
睫毛の影が濃くなり、薄赤い唇が惚れ惚れするような完璧な弧を描く。異性愛者の男が見ても、ゾクリとするセクシーさだ。 女性なら、推して知るべし。
「データ不足だな。今は何とも言えない。が…、ここ数年、月の宮では何かが起きているようだ。丁度いまウチの家主が、メンテナンスのため帰ってきている。彼にも聞いてみよう。」
「家主って?」
「俺の叔父。」
「って、まさかあの、黒の宮?」
盟主はうなずいた。
黒の宮の呼び名の由来は、彼の惨虐な行為だ。しかも、在位特権で不問となっていなくても、彼を捕えて収監することは、人間には不可能である。
純血の神族、黒の宮は、体のひとかけらからすら全体の再生が可能な怪物だ。四肢がもげようと首を落とされようと、彼にとっては、人間が蚊に刺された程度の問題でしかない。
全身が爆発四散して、ようやく小さな切り傷レベルか。
警察組織の永遠の敵No.1である。
混血である当代とは、タフさが根本的に違うのだ。
母が人間である紫の宮は、叔父のような超常の再生能力は持ち合わせていない。
彼とて常人とは比べものにならない回復力を持ち、ほぼ全ての毒に耐性があるものの、手足を失ったら自力での再生は難しいだろう。
ただし、その破壊的な能力だけを取れば、
当代紫の宮は、神族最強だが。
「じゃあな。邪魔した。」
エドは、立ち上がった。
「ああ。何かわかったら連絡する。ラグナ、お送りして。」
汎用アンドロイドと共に出ていくエドを見送って、盟主はため息をつく。
苦痛に満ちた、長い1日がまた始まる。
そして、夜。月の宮である。
「連続殺人だと?」
黒の宮、レヴィは、ソファに座って、一件資料を眺めている。貧血症状の件も、資料には詳しく書かれていた。
「捜査官は、そう考えているようですが。データが少な過ぎる。何か心当たりは?」
問われたレヴィは、目を伏せる。
本人たちは気づいてもいないのだが、その動作は驚くほど紫の宮と似ていた。
叔父と甥である上、当代盟主は母の血からも、叔父の全ゲノムを受け継いでいる。
人間には、彼の因子全てを形質として再現するのは不可能だ。
そもそも、種が違う。
平安の昔、レヴィが神原の先祖に、自らの設計図を託したのは、『運び屋』としての
形質に着目したからだ。
自らの遺伝情報を核酸の形に翻訳するという、悪夢のように膨大な作業も、彼の探究心の前には問題でなかった。
一方で、原型のままの遺伝情報も、圧縮し、免疫系から異物認識されないよう、
偽装を施して忍ばせたのだ。
軽いバックアップ程度のノリで。
彼の思惑通り千年以上もの間、それらはほぼ原型のままで代々受け継がれていた。
そして、やっと巡り逢ったのだ。
その情報を余すことなく具現化できる、理想的な現し身に。
肉体的な脆弱さも、これからの長い人生で解決してのけるだろうと、黒の宮は確信している。
だから、紫の宮は、神皇と黒の宮の2人を父に持っていると言っても過言ではない。
又、神原千絵は、歴代の巫女の中では、レヴィの情報の読み込みと読み出しに最も優れている。
人や人でないものの感情を読む能力も、自分や他人を癒すその治癒の力も、レヴィの遺伝情報が人と合体することで、カタチを変えて発現したのだ。
彼女に会った時、レヴィは歓喜した。
実験の成果を目の当たりにした、マッドサイエンティストなどというシロモノは、手がつけられないと相場が決まっている。
「確かに、データか少ないな。
が、思い当たることがない訳じゃない。
俺が今回メンテナンスに来る羽目になった理由と関係があるかもしれないな。」
「やはり、封印の不安定化に関係しているんですね。」
「ああ。厄介だな。ここから僅かでも繋がる世界となると、膨大だ。」
「ここが特異点、だからですか。しかし、具体的な目算があるんですね。それは何ですか?対処方は?」
「俺が関係を認めたワケはな、最初ここに着いた時に、ソイツの臭いを嗅いだからだ。だが、すぐ気配は消えて、追跡出来なかった。アレは、この世界のモノではないんだ。本来なら、ここから出られないはずだが、アイツは裏技使いだ。
憑依型吸血種族について聞いたことは?」
「たしか、ラグナのアーカイブにあった。
実例はわずかだが、他の生物に寄生して、別の生物を襲った、と。」
「その通りだ。奴らは結構な知性を持ち、適応力も高い。ターゲットが人間なら、それに近づきやすい種に憑依する。
そして。1番まずいのは、憑依している状態を見破ることは、俺でも出来ない。」
「何か方法があるはずです。」
黒の宮は、頷きはしたが、あまり気が進まない様子だ。
「憑依された者の自我は生きている。そして、自覚はない。ただ、憑依されたら、眠ることがなくなるそうだ。」
「吸血鬼は眠らない、そういうことですか。」
黒の宮は、淡々と頷いた。
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