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月の宮異聞  作者: WR-140
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光明

「まだ、双子かどうか、よくはわからないが?」

「はい。ですが、私の診るところ間違いないかと。私は、シャ=ル・レインさまのご様子を観察しつつ研究も続けておりました。当初、受精卵は一つだけだったはずなのですが、卵子自身が受精と同時に、生存適性に従って自らを作り変える能力を持っているのでしょう。つまり最も生存確率が高い形態へとメタモルフォーゼしたと考えられます。」

「人間なら一卵性双生児の性別は同じだが?」

「性染色体も変化したはずです。お互いの抑止力となるためには、別の性別が有利なのでしょう。異なる性別、異なる能力。我が主人(あるじ)と妹君のように。」

「そうか。ならば可能性はあるか。」

「お許しいただけますなら、及ばずながら私も、お側でお手伝いさせていただきとう存じます。」

「それは、願ってもないが、しかしこの城は家令殿の魔力で維持されているようだ。無理は言いたくない。」

「ご安心を。私がおらずとも、しばらくは問題ございません。それにどの道、この城は、いえ、この社会は滅びに向かっていますから。」

沈黙が、その場を支配した。

龍一と千絵が漠然と感じていた危惧は、どうやら事実であったらしい。


「今日明日ということではありません。皆さんそんな顔をしないで下さい。」

オルテアは、柔らかく笑った。

「魔族は、生命体としてはかなりイレギュラーな存在です。種として確立されてはいるものの、個体の組み合わせによっては交配不能だったり、そうでなくても繁殖力は弱く、出産は難しい。だから、いかに頑健で長命であろうとも、種として行き詰まるのは時間の問題でした。人口は、ここ数百年間じわじわと減少し、出生率は更に低下の一途を辿っています。種としての滅びの時は近いでしょう。また、私自身の寿命もまた尽きようとしていますから、復位したとしても、出来ることはもうないでしょう。これで答えになっていますか、ガラムさん?」


しばらく沈黙を守り続けていたガラムに、視線が集まった。

彼はすぐに答えようとはしなかった。

何か深く考え込む表情で、オルテアを見返す。

「ガラムさん、あなたは10年間、私を見てきましたね。この老いぼれにはもう、大した力は残っていません。」

ガラムは、大きく息を吐いた。次に発した声は、普段の彼とあまりにも違っていた。

「…ご冗談でしょう、魔王ベルゼ。」

豊かなバリトン。

素朴なダミ声はなりを潜め、深い知性を感じさせるその響きは、敬意を含んでオルテアに向けられている。

「貴方の力が衰えている?そのようなことはありますまい。私が知りたかったのは、あなたのお考えでした。」

オルテアはうなずいた。

「ならば、最初から私に尋ねるだけで良かったのです。あなたは、10年前、私が防御魔法陣を不可視化してまもなくやってきましたね。今日のホムンクルスの兵士たちのこともあります。このような手間をかけたのは何故なのですか?」

「それもお見通しでしたか。」

ガラムは、ちらりと龍一を見た。

「殺してはいない。無力化しただけだ。それがオルテア殿の意思だった。」

「ご配慮に感謝します、宮。申し遅れましたが、私はトリメール・クランデル・シュベスタ・カーンと申します。」

「どこかで聞いた名だ。実力者の1人と見受けるが…」

そう。思い当たる名は一つ。

この世界の公爵にして12大実力者の1人。

龍一は、妻をそっと椅子に座らせ、立ち上がった。

「あなたは話に聞いていた外見とはかなり異なるように見えるな、カーン殿。」

「話とは?」

ガラムことカーンは、訝しげな表情を浮かべた。

「濃紫の見事な頭髪をお持ちと聞いた。」

「ああ。そのことでしたか。外見には少し手を加えたのです。すぐに解ける術ではないので、このままで失礼。」

オルテア相手の偽装となると、尋常の術式ではなかろう。

結局は無駄だったわけだが。

それに、千絵だ。彼女に偽装は通じない。

ガラムあらためカーンは、そのことは知らなかっただろうが、彼女がカーンに警戒心を持っていない以上、龍一としても警戒する必要はない。


「何故直接お聞きしなかったかですが、現在進行中のこの事態に、何ら手を打とうとされていないように見えたのが一つの理由でした。しかし十年で、この点は理解したつもりです。様々な試みを続けてこられた事実を。」

「しかし、有効な手はなかった。それでは何もしていないのと同じです。」

ガラムは首を横に振った。

「及ばずながら私も、考え得る限りのことを試してはきました。だが有効打はなかった。二つ目の理由は、種の衰退を打開するヒントが欲しかったことです。私を助手としてお使いいただきたいとお願いすることも考えましたが、お許しいただけなければ次はない。それでこのような真似をしました。今は、長らく公の場所から遠ざかられていたヴォルティス博士にお会いできて、光栄です。」

と、カミラに礼をする。

「私など何ほどのものでもございませんわ、公爵さま。」

「ご謙遜を。あなたの論文は…」

「私もあなたがアカデミーで…」

どうやら、魔族にも学者バカとやらがいるらしい。

黙って聞いていた龍一が、考え込みつつ千絵を振り向いた。

「千絵、あの髪の毛だが…」

耳元で囁く。

龍一の言わんとすることを理解して、彼女は頷いた。

「初めてガラムさんに会ったとき、同じ波長を感じたわ。色も同じね。」

あの髪の毛とは。

空から落ちてきた奴隷国王リヒトと、彼の怨敵とも言えるネクロマンサーの事件で、龍一の手によって処刑された公爵令嬢の遺髪である。

強力な魔の影響を受けて産まれたレティシアナというネクロマンサーは、濃紫の髪の毛を持っていた。

リヒトとレティシアナの出身国には、不思議な教義をもつ宗教が存在する。

その象徴は、おそらくDNAを模した双頭の毒蛇である。

そして、その国にはかつて、龍一と千絵のように直接魔族の血を引く〝混じりもの〟が存在していた。

龍一は、オルテアの手首で涼やかに輝くブレスレットを見た。

あのネクロマンサー、レティシアナ・ダルカスは、単に魔の影響下で産まれたに過ぎないが、彼女に殺害された異母兄弟の1人が魔族の末裔であると、アビスブリンガーは言った。

と、いうことは、カーンの娘は異郷の地で子孫を残したことになる。

かの国には、殺された者以外の子孫がいる可能性が高い。

これと千絵の子、場合によっては、レティシアナとリヒトの子を併せて研究することが出来れば、魔族の生殖効率の改善に何らかの突破口が得られるのではないか。

元より、カミラ・ヴォルティスの目的もそこにあろう。

それに。

龍一と千絵は、半ば呆れた視線を交わした。

カーンと、カミラ。

「なんだかレヴィ叔父様とリューみたいね。」

「ほんまに学者ゆう人種は。」

「医者って科学者でしょ?同類じゃん。」

「俺は臨床医。それも外科。つまりは職人や。一緒にすな。」

先ほどから状況そっちのけで、論文やら発表内容、実験その他について白熱した議論が展開されているのだ。

らちが飽きそうもない。

龍一はオルテアに近づいて、具体的な打ち合わせに入った。

「家令殿をお借りできるならありがたいですが、こうなると…」

オルテアが頷いた。

「そうですね。まとめてお世話になってもよろしいですか?」

「望むところですが。転移に問題は?」

「ああ、それは大丈夫です。アビスブリンガー、頼めますね?」

手首の鎖が金粉を撒き散らしつつシャランと鳴る。

「では、俺たちは一旦失礼します。受け入れ態勢が整い次第、お迎えにうちのドラゴンをよこしましょう。そちらのお二方もご準備を。」

だが、当の2人は、全く聞いていない。

カーンは相当な高齢のはずだし、魔族最高齢と言われている魔王ベルゼを取り上げたとなると、カミラはそれ以上の高齢ということになるが…。

「ゲームかユー○⚪︎ーブの話してる小学生?」

「いや。そっちの方がまだ節度がありそうだ。」

「だねー。」

千絵は立ち上がった。震えはとっくにおさまっているが、改めて肖像画の人物に想いを馳せる。

暗いというより、虚な表情の奥には、強い闘志が秘められていたはずだ。

ついには子供達のため生命を落としたとはいえ、彼女はそれを悔いただろうか?

いや、そんなことはない。

子供達を遺して逝かねばならない心残りはあったとしても、それと後悔は違う。

彼女は全力で生き、戦い抜いた。

それが全てだ。

そっと肩を抱かれた。

「帰ろう。」

「うん。オルテアさん、本当にお世話になりました。」

「寂しいですね。そんな他人行儀なことを仰るとは、母上。」

彼は、千絵の手をとりその甲にキスして続けた。

「私の提案もお忘れなく。」

「…それって、冗談じゃないとこが怖いんですけど、オルテアさん。」

龍一の視線が一気に氷点下まで冷え込む。

「何やら不穏ですね、オルテア殿。千絵は俺の妻ですが?」

対するオルテアは、極めてにこやかだ。

「あいにく私は人間ではありませんので、そちらのモラルはよく存じていません。」

「あなた方のモラル感覚は、我々と変わらないとお聞きしていますが?」

龍一の視線はいまや絶対0度である。

「まあ、血の影響の方が大きいでしょうね、あなたも私も。その男の血を引いていますのでね。」

ふふふと笑って、オルテアは肖像画を指さした。

「淡白な男なら、いくら目的があっても、千人以上もの女性は抱けますまい。まして、千絵さんは…」

柔らかな声音に、ゾクっとするほどに淫靡な気配が滲む。

〝魔〟だ。紛れもない〝魔〟の気配。

「羨ましい限りです。この人を側に置いて成長を見守り、そして…。あなたはそのとき、我を忘れずにいられましたか?」

「それは、ご想像にお任せします。」

挑発に乗るつもりはない。

オルテアからすれば赤ん坊同然の若輩ものかもしれないが、人間としては立派に大人である。

今はただ、腕の中の彼女を守ること、それだけが全てだった。

まだ不確定要素は多いが、とにかく今は。


アビスブリンガーが、サラサラと囁く。



次回もお付き合いいただけたら幸せです。

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