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月の宮異聞  作者: WR-140
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逃亡ヲタク令嬢の憂鬱

 銀河連邦の首都リマノは、一つの惑星そのものだ。

中でも、行政の中心は通称「本宮」と呼ばれる、巨大かつ複雑怪奇な建造物である。

数千年の歴史を持つ本宮は、増改築の都度

広さと迷路なみの複雑さを加えてきた。

その結果、内部構造は、超巨大ターミナル駅にも似て、全体像の把握は困難を極めている。


さて、本宮の端から離れること約15キロの路上を今、1人の少女が彷徨っていた。

栗色がかった赤毛に、オレンジ色の瞳。

中背で、肌の色は、少し浅黒い。

顔立ちは、それなりに整ってはいるものの、人目を引くタイプとは言い難かった。

痩せぎすの身体には、野暮ったいブラウスとロングスカート。ほんの数年前に流行った、懐古趣味モードだが、今はご一新の時代とあって、万事新しい物が持て囃され、以前の流行など、誰も見向きもしない。

リマノっ子は時流に敏感で、この歴史あるメガロポリスの住人であることに、強い誇りと愛着を持っているから。


が、少女、サーニ・ナルシオン・ダ=リマーニエは、元々流行などに興味はなかった。いや、仮に興味があったとしても、最新流行のファッションを纏える資力がないのだから、結果は変わらなかっただろう。

歴史だけはあるが、実家の経済は、リマノ貴族の最底辺だ。使用人すらいない。

そもそも、ここでは貴族など名誉称号に過ぎないから、それで飯が食えるわけではないのだ。世の中甘くない。

それなのに世間では、リマノ貴族と言うだけで、雲上人扱いされたりする。不快至極、迷惑千番だと、サーニは思っている。


だが、今はそれどころじゃない。

彼女は、逃亡者なのだから。


疲れた。

着の身着のままで家から逃げ出した。

皆が常時持っている、携帯情報端末すら身に付けてはいない。

追跡を避けるため仕方なかったとはいえ、現在地も目的地の所在も、正確には分からないから参った。

方向は合っていると思うが距離は?

行き過ぎただろうか?ここまでは、それらしい建物はなかったと思うが。


尋ねようにも、路上に人っ子1人いない。

左手は川。右手は、鬱蒼とした生垣が続いている。

 どこまで続くんだろう、この生垣。

いい加減うんざりしてきた。

 公園だろうか。少し休んで行きたいが、切れ目なく続く生垣には、全く開口部がなかった。

道の先を見ようと伸び上がった時、ふと、話し声が聞こえた。内容まではわからない。

男性2人の声だが、姿は見えなかった。

そのまま進むと、生垣が少し凹んだようになっている場所に、作業着姿の2人組がいるのがわかった。

キャップを被った方は、一抱えはありそうなドローンタイプの自動刈り払い機をいじっており、もう1人は、身長を超える巨大な剪定鋏を手にしていた。

見たこともないサイズ。

 あんなもの、どうやって使うの?


「ダメそうですか?あなたがヘンにいじるから、ボクの能力で干渉出来なくなったじゃないですか、ワザとですかあ?もう諦めたらどうです?」

「いや、もう少しだ。」

そんな会話が聞こえるところまで近づき、声を掛けた。

「あの、お仕事中すみませんが。」

2人の男がこちらを向いた。

瞬間、サーニは意外の感に打たれた。

 え?ち、ちょっと待って。何なの、この人たち・・?見たことない、こんな冗談みたいなリアル美形。


キャップの男は長身で、少しウェーブのある黒い髪と、涼しげな目元が印象的だ。恐ろしいほど整った顔だちは、遺伝子操作の極致か、神の奇跡の御技か。

剪定鋏を持ったもう1人は、プラチナブロンドに紫の瞳で、男というよりは美少年という方がしっくりくる年頃に見える。

ビスクドールのように、硬質かつ左右対象なその完璧さ。彼女の好みからすると、あまりに無機的すぎるが、こういうタイプにドはまりする知人は複数知っている。

彼女らはしかし、ライバルに見せつけるアクセサリーとして、美貌の崇拝者を連れ回したいのだ。

 サーニ的には、それこそ邪道。

美形は、男女問わず大好物だが、むろん恋愛対象としてではない。

美とは触れずして愛でるもの。

観察し鑑賞し思いを馳せる、人はそれを、カレシいない歴=年齢女の妄想と呼び、憐みか、軽蔑と嫌悪をぶつけてくるが、今更それがナニか?わたくし、父に売られそうなんですことよっ!

ええ、どうせ、ダ=リマーニエの名誉ある名前が目当てのお金持ち。でもその男には、既に何人か妻がいる。子供もね。

なのに、お父様のいうことには、お前はチョコっと胸の辺り整形でもして、未来の旦那様のメガネにかなう女になれ、だと。

嫌なこった!それを断ると、実の娘に麻酔薬を打とうとした。無理やり整形させるために。これは一発アウトよね。

だから、返り討ちにして、家を出た。


このタイミングで、サーニの厳しい審美眼に耐えうる超絶美形が同時に2人。

 ありえない。何なの、何なのコレ?

思わず茫然自失し、その場に固まる彼女を、プラチナブロンドの少年は、無表情に見返す。

2人とも、明らかに挙動不審なサーニを警戒する様子はない。

黒髪の青年が、柔らかな微笑と共に口を開いた。

「どうされましたか?」

何気ない問いかけだったが、サーニは、再度硬直した。

 こ、声まで麗しいなんて!こ、こんな人、見たことも聞いたこともないっ!

ああ、生まれてよかった!生きてきてよかった!神様、奇跡をありがとう。

もうこのまま昇天したい気分だ。

普段の彼女なら、本当にそうなっていたかもだが、今はそれどころじゃない。


「私、月の宮へ行きたいんです。道をご存知ないでしょうか?」

黒髪の青年の笑みが深くなる。

「ここが月の宮ですよ、レディ。」

「えっ?!じゃ、この生垣は?」

「ええ。宮の一部です。」

続けて、プラチナブロンドの少年が口を開いた。

「私は、月の宮の警備担当です。どのようなご用件ですか?」

あら?よそ行きだと、ボクじゃなくて私なんだ。ふーん。 

警備担当って、じゃあそのバカみたいにデカい鋏はまさか、侵入者をああしたりこうしたり、などと、色々良からぬ妄想が頭を駆け巡るが、流石に口にはしなかった。 これじゃスプラッタじゃない。まあ嫌いじゃないけど。アリ寄りのアリかも。


「私、ブリュンヒルデ正妃殿下にお会いしたいんです。や、約束とかはないですけど、あの、私どうしても、妃殿下にお会いしないといけなくて、だから・・」

ああじれったい!

我ながら無茶を言ってる、と判断する程度には、サーニは正気だった。


月の宮は、リマノにある100以上の離宮の中で、最高の格式を誇る。300年間、主を持たなかったこの宮だが、現在の女主人は先ごろ連邦盟主正妃となった、いと、やんごとなき姫君だ。

伝説によれば、この離宮は意思を持ち、自ら主人を選ぶという。

戴冠式は広大な連邦の津々浦々まで生中継された。サーニもまた、本宮の巨大ホールで直接、正妃の姿を見た。

夫である第15代連邦盟主にエスコートされ、レッドカーペットの上を歩むその姿。

艶やかな黒髪、可憐だが、凛とした唯一無二の気品を纏う佇まいには感銘を受けた。

リマノの貴顕淑女は、こぞって、ひと目彼女に会わんとし、巷では彼女のドレスが流行の最先端、彼女の姿に少しでも近づこうとする整形や、違法かつ危険な遺伝子改造までがあとをたたないほど、リマノはブリュンヒルデフィーバーに席巻されている。

全連邦のファーストレディであり、悲劇の巫女姫として、その名は今絶賛1位独走中の、輝けるカリスマだった。

大貴族や政財界の重鎮、他星の元首や王侯貴族までが、彼女に謁見を求めて長い列を作っているわけで、いかにリマノ貴族とは言え、サーニ如きでは、100年待ったところで順番が来るとは思えない。

だからこその直訴。

でも、どう説明したらいいの?


焦り、困惑し、黙り込む彼女だったが、助けは意外な所から現れた。


「サーニ・ナルシオン・ダ=リマーニエ嬢が、この宮の主人に面会を希望されている。どうしたい?」

笑みを含んだ、あの青年の声に対して、

「お会いするわ。」

澄んだ声が答えた。

何となく聞き覚えがある声? が、見回してみても、姿は見えない。


生垣の裾で、ガサガサと音がした。

植物の間から、キャップを被った小さな頭がニュッと突き出され、次いで、華奢な肩が出てきた。


 どうなってるの?この木、通れるほど密度低くないはずなのに。だから生垣に使うのよ?それにこの子、初等学校の男の子みたいだけど、ここ、離宮だわ。元老院の管轄よね。こんなことしてていいの?

不敬罪とかなかったっけ?


這い出し掛けた、小学生かもう少し上の男の子(?)は、どこかに引っかかっているらしく、それ以上進めなくなった。

「出して、龍ちゃん。離してくれない。」

 離してくれない?誰が?何故?

黒髪の青年は無言で屈むと、男の子の脇に手をかけた。すると生垣の中で、突如ざわめきが起こる。何か、小さな者たちが、パニックに逃げ惑う気配。それはかなり広範囲の木々を揺らし、ざわめきを拡散して、消えた。が、一瞬前に、サーニは見た。

1メートルほどの高さから、葉叢を突き破って、道路に落ちたモノを。

それは、すぐさま立ち上がり、一瞬棒立ちになったあと、クルリと向きを変えて、生垣に飛び込んだ。

全部で、3秒にも満たない出会い。

だが、サーニは充分見た。ソレと、目も合ってしまった。

身長、約20センチ。四肢を備えている。人間に似た体型だが、尻尾が生えている。

体色はうす緑、着衣はない。頭髪もなく、卵型の顔には大きな複眼が一対。鼻や口は見えない。身体と手足は細いが、手だけは異様に大きく、節くれだっていた、

 見たことないわね。不気味だわ。でも、ユニーク。

他にもいないかしら? と、サーニはワクワクするまま、生垣ににじり寄ってへばり付き、葉叢に顔を突っ込んだ。

夢中の余り、背後で3人が顔を見合わせ、ヒソヒソ囁き交わしている事にも気づかない。

「人材ね。」「だな。」「じゃ、確保しましょう。龍一さま、身元は確かなんですよね?」「ああ。ダ=リマーニエの一人娘て、18才。古いが、裕福とは言えない家門だな。」「さすが歩く銀河エンサイクロペディア。それは実に好都合。」「じゃ、行くわよ。」

三人は顔を見合わせて頷き、サーニの背後ににじり寄った。




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