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7:吸血姫、再出発

 そろそろ地上です。


 地上の明かりが先の方から見える所まで来ました。上層部は天然の洞窟のような感じで、ゴツゴツしていて進みにくかったですが、「粘水生命(スライム)」などの弱い魔物がちらほらと見られるだけなので、特に戦闘もありませんでしたね。

 強い魔物がいても、私は何も貢献できないのですけれど。……そう思うと、少しは戦う力がある方がいいのですかね。もし、力が有れば、あの時も処刑されずに済んだのかもしれません。もう一度話を聞いてと、民達に話しかけられたかも……。


 ……後悔しても詮のないことと言うのは百も承知ですが、やはり「あの事」はそう簡単に割り切ることはできないものですね。……身を守るための「力」はこれから頑張って身につけていくことにしましょうか。



 ……そんなことを考えながらも、もはや目前の外界を目指し、危なげなく皆さんについていきます。……入り口に到着しました。みんなが行った後、1番最後に、迷宮内から足を踏み出した瞬間。


 

 ――突然瞳に差し込んだ、久しぶりの日の光に目が眩みます。


 

 

 思わず、瞑ってしまった目を恐る恐る開けると、絶景と呼ぶに相応しい光景が瞳に映ります。


 

 雲一つない青空は限りなく広くどこまでも青い。照りつけてくる日差しはポカポカとして気持ちいいです。そして、迷宮の入り口の位置している丘一面に広がる紫色のラベンダーのような花がいっぱいに咲く草原。日本ではなかなかお目にかかれない景色に、感嘆せずにはいられません。


 

「綺麗……」

 


 すごく感動です。数百年ぶりの外としても、初めての異世界としても。しばらく立ち止まって感動を噛み締めていると、アリスの微かな感嘆の声が草原を流れる気持ちのいい微風に乗って届いて来ます。

 ちらりと前を伺うとルーカスさんとメイさんは特に感動しているわけでも無さそうです。見慣れているのですかね。


 

 ――本当に美しい光景ですし、何より迷宮の外に出られたのがどうしようもなく嬉しいです。異世界旅行も気ままに出来ますし、これでやっと旧友(みんな)を探せますね。


 

 前世で社畜をやらせて頂いていた私ですが、開放的な自然の中、これ以上ないくらい自由な気持ちに、人生初の浮き立つような高揚感を感じます。

 

 まさしく「俺たちの冒険はここからだ!」みたいな感じですね。別にここで打ち切りというわけではないですけど。

 ……ここから転移した私の新しい物語が始まる、そんな明るい気持ちです。



 ――とまあ、ひとしきり感動しきって、辺りを見回すと、丘のふもとの方に向かって、草原に黒土の道が敷かれているのに気がつきます。そのずっと先にあるのはここから見ると小さいですが森林……ですね。向かって右手側には海?でしょうか。優秀な吸血姫アイのお陰で遠く、水平線のようなものが見て取れます。



 そんな風に、物珍しそうに辺りを見回していると、黒土の道に足を早々と踏み入れたルーカスさんとメイさんの声が少し遠くから風に乗って聞こえてきます。

 


「アリスー、イリアー……。そろそろ出発しようー……」


 

 夢中になりすぎていて待たせてしまっていたようですね。


 少し離れた所にいたアリスがすぐに声を張って叫び返します。


 

「分かったー……。すぐ行くよー……。……さあ、そろそろ行こっか」


 

 声を掛けられた私は、そうですね、行きましょうと頷いて、アリスと一緒にルーカスさんとメイさんの元へ向かいます。



 向かいながらも、名残惜しそうに左右に広がる美しい紫の草原に見惚れているとアリスも本当に綺麗よねと同意してくれます。そうですよね、美しい景色です。

 



「……もっとも、ルーやメイは興味無さそうだけど」

「……ルーカスさん、メイさんは冷めてますけどね」




 偶然アリスとハモってしまって、目を合わせてくすりと笑います。……余談ですが、結構人見知りというか会ったばかりの人には緊張するタイプな私ですが、アリス相手にはそんなに緊張しません。色々と、アリスの優しさに触れたからでしょうか。


 

 

 ――いつか。……いつか、アリスになら、私自身を嘘偽りなく話せる、そんな時が来るかもですね。……拒絶されるんじゃないかと怖さもありますが、少し楽しみです。



 そんな感じで、ルーカスさんとメイさんの元へ着くと、二人は景色そっちのけで丁寧に花を一輪ずつ摘んで採取していました。私達が到着するのを待つついでに採取していたみたいですね。

 


「……これは、ラベダと言う花だね。異界人が作った品種だと言う噂もある。人の手が入ってないと咲かない花の筈なんだけど、何故かこの迷宮の周りだけは自生しているんだ」


 

 へー、ラベダというのですか。たしかにそう言われて見るとこんな花が地球にもあったような気もします。メイさんから一輪貰って、顔を近づけてみると柔らかくて少し甘い匂いがします。


 

「……それ本当にラベダだっけ?ラベンダーじゃなくて?」


 

「……そうかも。冒険者教会(ギルド)の人が教えてくれたんだけどよく覚えてないな」


 

 アリスに尋ねられるとルーカスさんは少し自信なさげな感じです。ラベンダーが正しい名前なのでしょうか?

 ……ラベンダー。ラベンダーね。たしかにそう言われればそんな気もします。……前世で花を愛でる趣味は無かったもので、余りお花には詳しくないのですよね。



「アリスがそう言ってるんだから多分ラベンダーが正解でしょ。それより、大事なのは名前じゃなくて、冒険者教会(ギルド)に頼まれた本数ちゃんと採取することよ」


 

「そうだね。じゃあ、あと5輪くらいかな?集めようか」


 

「……集めたラベンダーは私のアイテムポーチに入れとくってことでいいよね?」



「ああ、いつも助かるよ。えーと……、じゃあこれ、さっき集めた分」

 


 ルーカスさんはリュックサックを漁ると、出てきた小さい袋から、ラベンダーを手品のように取り出しました。ラベンダーの茎の部分も合わせると絶対に茎を曲げないと入らないくらいちっちゃい袋です。ルーカスさんはその袋から、2輪目、3輪目とラベンダーをどんどん取り出します。



 ファンタジーの小説ではお馴染みのそれは、魔法収納庫(マジックストレージ)と呼ばれていた魔道具の一種ですね。……国宝になるくらい貴重なものでしょうによく持ってますね、と正直とても驚いています。


 

 じっと見ていると、ルーカスさんが差し出したラベンダーを一輪ずつ、アリスが自分の袋に手品のように入れて行くではありませんか。

 ……え!?魔法収納庫(マジックストレージ)が二つ?



 驚きに固まっていると、アリスが私の視線に気づいたのか袋を掲げて説明してくれます。


 

「これは空間拡張袋(アイテムポーチ)。魔法の力でいっぱいものが入れられるんだよ〜」



「へ……、へえー。そういう道具なのですか。……その、アイテムポーチは普通にお店に売ってたりするんですか?」



「便利そうでしょ?でも、魔工都市ドイル以外の迷宮ではなかなか発見されないから、ここら辺じゃ高値(たかね)じゃないと手に入らないけど。……自分でドイルの迷宮に潜って取って来るのが1番確実かもだね」



「魔工都市……ドイル……?」



 アリスが教えてくれたのですが、「魔工都市ドイル」……全く知らない名前ですね。でも、話を聞く限り、今では魔力収納庫(マジックストレージ)もとい、空間拡張袋(アイテムポーチ)は国宝級のレアアイテムではなくなっているようです。

 そりゃ数百年も経てば、新しい都市もできて、魔道具の価値も変わりますか。……どうやら、私の数百年前の常識はあてにしない方が良さそうです。


 

「こっちも5輪、集め終わったわ。……はい、お願い。アリス」



 受け取ったラベンダーを全てアイテムポーチに入れ終わると、メイさんが魔法で水を作ってくれて、水分補給をしてから出発することになります。……この世界にも、熱中症対策の概念って有るんですね。


 

 そんな事を考えながら飲もうとして、そういえば、コップも何も持ってない事に気が付きます。……困っていると、アリスが陶器製のコップを貸してくれました。いつもありがと、アリス。

 天気がよくて暖かい気候の中、冷たい水はとっても美味しかったです。

 

 

 ――迷宮を出てから、魔物も居なくて長閑なので、こうしているとピクニックでもしているような気分になって来ます。ルーカスさん曰く、迷宮の外でも魔物や魔獣はいるらしいので本当は気を抜いたらいけないらしいですけど。

 


 ――そろそろ気を引き締めましょうか。のんびりしていたら、もう出発です。

 


 ……あ、そうそう。王国へは直接行くのではなく、途中の村から出ている馬車を利用するらしいです。だから次の目的地はその村だ、とルーカスさんが言っていました。

 迷宮の中で、私向けの簡単なブリーフィングがあり、そこで教えて貰ったのですが、絶景に夢中ですっかり忘れちゃっていました。

 

 まあ、今思い出したので問題なしですね。てへぺろというやつです。


 

 ……では、休憩はここまで!そろそろ出発しましょうか。

すみません。一日遅れました。

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