5:吸血姫の涙
「えーとね、まず固有スキルっていうのは、文字通りその人固有の特性のことなんだ。私も一つ持ってて、どうやったらわかるというより、その力が使えるって何故か元々知ってる、みたいな感覚に近いよ」
アリスさんも固有スキルを持っているらしいですが、固有スキルや魔法適性を言いふらさない方が良いっていうルールだったんじゃ……?
まあ、この場には4人しかいませんし、私以外のみんなは割と付き合いが長いようで仲良しです。私が言いふらさなかったらいいだけでしょう。まあ、そんな悪趣味なことをするつもりは毛頭ないんですけどね。
っとそれより固有スキルです。イリアとして異界人には会ったことがありますが、固有スキルはほとんどの異界人にあるとは知りませんでした。もしかしたら私も明里が混じっているから固有スキルがあるかもしれません。
「固有スキル……。ん……」
集中です!もともとうっすらとあった感覚を掴むと目を開きます。私が使えそうだなという感覚のある能力は数個。
一つ目は「魅了の魔眼」。種族特性の一つですが、吸血鬼らしい行為をしてないので滅茶苦茶弱いチャームしかできません。野良犬に懐かれやすくなるくらいの効果はあるかもです。
二つ目はthe吸血鬼って感じの種族特性で「血力変換」です。名前のとおり、吸った血を魔力に変換できるという種族特性ですね。
三つ目は「魔力感知」。これを使ってアリス達を見つけられましたね。感覚的に半径300mくらいまでの魔力反応は探知できそうです。
……血を吸ってなくて弱体化してる今、使える能力はこれくらいですかね……。
となると、残念ながら私は固有スキルを持っていないみたいです。
「固有スキル、ないっぽいのですが……」
割と落胆です。まあ固有スキルなんてなくても、血を吸いさえすれば色々な能力が使えるのですが……、イリアの昔の目標である、「人と魔族が仲良く暮らせるような国を作ること」という理想を叶えるためには血を吸うわけにはいきません。
何故かと言うと……そうですね。例えば、魔族と人類の橋渡し役になろうとしている人が、「魔力酔いを起こすほどの膨大な魔力を放ち、死の気配を色濃く撒き散らす血吸いの不死者」だったらどうでしょう?安心して一緒に暮らせなくないですか?
――残念ながら、そういうことです。まあ、そのために吸血断ちしたのにも関わらず、結局裏切られて、恨まれて、処刑されたのですけど。……魔族と人類が仲良くするなんて、端から無理なことだったのかも知れません。もちろん、まだまだ諦めるつもりは無いですが!
そんなことを考えていて割と沈黙していたので、落ち込んでいると勘違いしたのかルーカスさんが慌ててフォローしてくれます。
「あ……。ま、まあ、後から固有スキルに目覚める人もいるし、今はそんなに気にすることでも無いよ。……魔法は無理だけど、剣術なら後でとっておきの技を教えてあげるよ」
「とっておき?あんたね、あの技を、か弱いイリアがどうやって使えるっていうのよ、このフィジカルバカ」
メイさんに怒られて少し首をすくめるルーカスさん。いつもこうやって喧嘩してそうな仲良し感がありますね。痴話喧嘩みたいで微笑ましいです。
「そうかな?やってみないとわからないと思うけど。イリアは挑戦してみたいよね?」
「あのねぇ、イリアには私が柔らかい剣術を教えるから大丈夫なの!大体あんたのは実直な剣筋だから、短期間で身につくものでもないでしょ?」
「はいはい、わかりましたよと。(……別に時間なんて幾らでもかけて教えればいいと思うけど……)」
小声で何やら呟いたルーカスさんにすぐさまメイさんが反応します。
「なんか言った?」
「別に。なんも言ってないけど」
迷宮の中で前を見ずに言い合う二人にそろそろ見兼ねたのか、アリスが仲裁に入りました。
「まあまあ、それはイリアちゃんに後で決めてもらったらどうかな?イリアちゃんの剣のセンスとか、色々みてみないとわからないこともあるだろうし」
二人は口喧嘩をやめて、少し考えると同時に頷き……
「そうだね。決めるのはイリアだ」
「そうね。本人に聞いてみましょうか」
そして声を揃えて私に問いかけてきます。
「イリアはどうしたい?」
「イリアはどうしたいの?」
……何というか、本当に息ぴったりで仲良しですね。最初からここまで、息をつく暇もないくらいのテンポ感でしたよ。地の文を入れる隙間もなかったほどです。
――とりあえず、折角だったら両方やらして貰いますか。
「……えーと、私も実はよくわからないので両方試してみても良いですか?」
私がそう言うと、もちろん良いよ!と笑顔で請け負ってくれました。魔法はともかく剣は全く分からないから正直とてもありがたいです。それらの技術は冒険者をやっていく上で必要不可欠と言っても過言では無いですからね。それに、どちみち旧友探しの旅をするための旅費を稼がないといけませんから冒険者にはなるつもりです。
……そういうわけで、教えてくれるというのはありがたいのです。でも、一つだけ疑問があるのですが……
「あの……。何で皆さんこんなに世話を焼いてくれるの……ですか?」
そうです。私が迷宮で困っていたからと言って所詮は他人、何で私にそんな優しくしてくれるのか、冒険者になるために大事な剣や魔法の技術を教えてくれたりするのか。それが気になるのです。
別に王国に着いたら奴隷として売るつもりなのか、とか疑っているわけでは全くないのですが、無償の善意を受け取るのは何と言いますか……こそばゆい?照れくさい?感じがするから。
そう思って質問したのですがルーカスさんはこう言いました。
ルーカスさん曰く、特殊な固有スキルを持っていない異界人は冒険者になるぐらいしか道がないのだそう。でも、イリアからはそこまでの魔力は感じられなかった。イリアはまだ幼さが残るような年齢に見えて、身体も折れてしまいそうなほどに細く、とても自力で王国まで辿り着き、暮らしていけるとは思えない。なので、せめてイリアが自分自身の生きていく道を見付けるまではサポートしてあげよう、と。そう思ったかららしいです。
……成る程、そういう理由でしたか。すごく優しい人達ですね、あったかい気持ちでいっぱいです。
完全な嘘ってわけじゃないけど異界人って自称しているのが申し訳なくなってきました。これからは、魔族であることは隠しても、なるべく欺瞞なく、誠実に対応することにします。……そう決めました。
「あの……、ありがとうございます。これからも……宜しくお願いしま……す」
あれ、何で視界が潤んで……。
手で拭って、涙を止めようとしますが、止まりません。
……何故……でしょう。私、こんなに涙脆かったでしたっけ?
止めようとしてもとどめなく流れでる涙に戸惑っている私を、アリスが何も言わずに抱き寄せて頭をゆっくりと撫でてくれます。
――泣きたい時は泣いても良いんだよ。
アリスが優しくそう言うと、私の記憶のトラウマの中の悲しい気持ちも、絶望も、人類への怒りも、今感じたあったかくて優しい気持ちも、もう止めようもなく、涙となって、頬をつたって流れ落ちます。
アリスが抱き寄せてくれるのに身を任せたまま、彼女の胸元に顔を埋め、どうしようもなく、今まで抱えてきた重い感情を洗い流すように、静かに涙を流しました。
イリアの「トラウマ」は割とガチの心の傷です。ちょっと優しくされたら泣いちゃうくらいには。
昨日で上手く纏まりきらなかったので更新が遅れました。
毎日更新(予定)です。