3:吸血姫とトラウマ
空気を揺らす剣戟の音、定期的に洞窟内に反響する手負いのヒュドラの怒りの咆哮、冒険者達のよく通る声。
なんとも物騒な雰囲気の中、目が覚めました。
剣士の男一人に、茶髪ボブで綺麗系というより可愛い系の魔法使いの女の子、魔法も剣も使うオールラウンダーの女の子一人でパーティは構成されているようです。
剣士の男、線の細い身体をしたさっぱり系のイケメンですが脱いだらすごそうです。色々と。
魔法も剣も使う子は長めの黒髪を後ろで雑に束ねています。胸元の垣間見えるやらしい服をうちから豊かな果実が弾けんばかりに自己主張しています。
元の容姿がいいのか汗も滴るいい女という風情でいい感じの雰囲気です。ぶっちゃけえっちいです。
そして、魔法使いの子、容姿は先ほど言った通りなのですがやたら強いです。
見たところ光魔法を使っているようなのですが、収束率が段違いなのか、もはや光の線です。途中で曲げたりもできるようですね。
さすがに数十秒の詠唱は必要みたいですが、それでも大昔に見た光魔法の10倍くらいの脅威をひしと感じます。
吸血鬼は光魔法が弱点ですからね、あの子には要注意です。
しかし、なんといいますか、前世の経験(読書を少々)的に見るとなかなかバランスの良いパーティですね。前衛、中衛そして高火力の後衛と。
ですが、男一人のハーレム構成というのは羨ま……ゴホン、けしからん。絶対やましい気持ちで見てますよ。絶対ですね。同性の私でもやましい気持ちでいっぱいなのですからあいつがそうでないはずありません。私と変われ下さい。
――失礼、取り乱してしまいました。今のは全然本音とかそういうのじゃないのでスルーしていただいて構いませんので。建前、そう!建前です!吸血姫はそういうやらしい事は言いませんので悪しからず。
そんなこんなでやることもないので、がんばれー負けるなー、ハーレム野郎くたばれー、と岩陰からこっそり覗いて応援していたところ、三人は見事、危なげなくヒュドラを倒しきりました。
冒険者様方も強敵を倒して意気揚々、私も計画の成功を悟って鼻高々。そして、みんなを驚かさないよう岩陰から堂々と登場しようとした時。
「そこの岩の後ろで隠れているやつ。どこの誰かな?……すぐ出てこないと、斬るぞっ!!!」
――鋭い誰何の声が私を貫きました。
多分岩の向こうで細身イケメンさんが剣を構えているだけなのでしょう。それだけ。だけ、だけなのに、濃密な剣気が私の全身を硬直させます。
今すぐにでも岩陰から出たいのに両足がガタガタ震えて言うことをききません。
濃く押し寄せてくるイメージは「死」。イリアとして、吸血鬼という生物的な強者に位置していたため、1番遠くにあったはずのそれが余計すぐ近くに感じられて、怖い。
フラッシュバックするのは、信じていた民たちが冷たい表情で、処刑台へ引き立てられる私を蔑視している場面。
恐ろしい。怖い。無理。
ここで終わり?また?あの時みたいに?旧友を悲しませて?
「嫌ぁっ、いやっ!!」
足が重力に逆らえきれなくなり、無意識のうちに両目からポロポロと涙を流しながらパタンと女の子座り。粗相もしてしまって、じんわりと温かい感触が腰元に広がります。
瞬間、頭のすぐ上を圧倒的な力が駆けていって、私の記憶はそこで途切れ。
暗転。
〜〜〜〜〜
意識がぼんやりと覚醒します。
視界が湿っぽく、全身が怠い。何やらすごい悪夢を見たような気がします。おそらく“あの時”のフラッシュバックなのでしょう。
――というかなにしてたんだっけ……?悪夢で完全に忘れてしまっていました。
あれ、とそこで、なにやら至福の感覚に包まれていることに気付きます。柔らかくて温かくて、包容力のある。時たま、頭を撫でてくれる。そう、例えるならば膝枕のような……?
「ひざまくら……?」
すわ、ここは天国かと、一気に意識が浮上します。目に入ってくるのは、膝枕をしてくれている人の豊かな双丘です。私よりも断然大きいかも?と勝手に敗北感を感じていると私が起きたことに気がついたのか、頭を撫でながらその人が話しかけてきます。
「よしよし、もう大丈夫だからね〜」
目元に流れていた涙を拭われて、しばらくよしよしされながら柔らかでいい匂いに包まれながら膝枕を堪能しきって、私は身を起こします。
周囲を見渡すと、膝枕の人は光魔法使いの人で、他二人も近くで食事を摂っているようです。危ない危ない。危うく、膝枕で浄化させられるところでしたよ。
あれ、そういえばどうして見知らぬ場所に……?と考えが至り、全てを思い出しました。どうやら「イリア」として、昔処刑されかけた時の無力感と絶望感が自分でも気づかないうちにトラウマとなっていたようですね。
お漏らししながら失禁してしまったという新たなトラウマが今日新たに増えたような気もしますが、考え出したらますます失態に凹みそうな気もするので、忘れることにします……。
多分粗相の後処理で服も変えてくれて、最初のレースのネグリジェから、冒険者チックなロングパンツに衣装チェンジしています。動きやすそうでいい服ですねコレ。
そんな風に現状を把握していると(現実逃避ともいう)、あとの二人も気がついたのか、質素な木製の食器を地面に置いて、こちらに目を向けてきます。
やめて。そんなにこっちみないで。恥ずかしいので!
「本っ当に!すまなかった!」
「うちのバカが本当にごめん!!」
イケメンさんに真剣に土下座して謝られた。中衛のナイスバディなお姉さんにも頭を下げられました。
でも、謝られるのは納得がいきません。悪いのは大体私の方だからです。私が誰何された時にトラウマで怖がらずに動けたらこんなことは起こらなかったはずです。
「いえ、私が悪かったのですからどうか、頭を上げてください。第一、迷宮の中では正体がわからない相手に配慮するような必要はないでしょう?」
そう言っても頭を下げたままなので、この気まずい雰囲気を払拭しようと、まずは自己紹介しましょう!というと、ひとまず頭を上げてくれました。ふぅ、私としては失態を思い出してしまうのでこれ以上言及しないでほしいという気持ちでいっぱいなので、正直助かりましたね。
「じゃあ、まず私から行かせてもらいますね。私はイリアと申します。すぐに指示に従わず、もうしわけなかったです」
「よ、よろしく。俺はルーカス。いや、さっきは本当にすまなかった」
「私はメイ。魔剣士をやってるわ。魔力感知で小さい反応っていうのはわかってたのにうちのバカが……、ごめんっ!」
「私の名前はアリスだよ〜。イリアちゃん、急に攻撃してごめんね。ルーも悪いやつではないんだよ」
ルーカスは細身のイケメン、さっきの岩を両断した一撃を思い出すに相当の実力者でしょうね。胸元が豊かな中衛の子はメイという名前らしいです。魔剣士……名前がカッコいいですね。厨二心をくすぐられます。
さっき膝枕をしてくれていた魔法使い、10代くらいの女の子はアリスちゃんというそうです。今も手を握ってくれています。……何故でしょう?幼い子認定されたのかな。確かに私、身長は低いですけどイリアとしても、前世としてでも、アリスちゃんよりは年上だろうに、年下に甘やかされる屈辱……!まあ、甘えるんですけどね。圧倒的包容力を感じます。母性です。正直もっと甘えたいです、はい。
……というかみんなが微妙に目を合わせづらそうにしているのは、さっきの現場を見ているからでしょうか。どんなにひどい状態だったのか逆に気になります。
「あの〜、できれば、なんですが……。私から提案するのもなんですけど、さっきのことは水に流しません、か?私もこれ以上謝られると自分の失態が……」
何故でしょう、顔が熱いです。手でパタパタしていたら、アリスちゃんがすごく優しく抱きしめてくれました。胸の圧倒的包容力の差に敗北感を感じます。虚しい。
「ゴホン。……ひとつ質問なんだが、イリアはどうしてボス部屋で隠れてたんだ?」
あだ名:ルーこと、ルーカスさんが律儀に、何事もなかったかのように質問をしてくれます。さっき、悪くないのに平謝りしてくれたこともあって、良い人っぽいですね。くたばれとか言ってごめんなさい。
「それには深い訳があってですね……」
かくかくしかじか、天才的なアドリブでいかにもありそうなストーリーを説明しました。真実を話さないのは、三人には申し訳ないのですが、まだ出会ったばかりだからです。私の生きていた時代では魔族(正確にいうと私は魔物の分類ですね)は人類の敵みたいなのが常識でしたから、もしこの時代もそうなのであれば真実を話すのはよろしくないです。
――まさしく「人類の敵」、でしたからね……。
――私はもう二度と、旧友たちを殺させませんし、私が死んで悲しい思いをさせることもない。絶対に。二度と。そのためにも魔王は確実に殺さないと……。殺す。あいつだけは、許さない。絶対に復讐してやる……。
――。
――はあ。重い昔話はやめましょうか。悲しくなるだけです。また話さなければいけない時は来ると思いますが今はその時ではない。トラウマのせいで嫌なことを思い出しました。心の中で深呼吸一つ、気持ちを切り替えます。
説明を聞いてから場を支配していた沈黙をメイさんが破りました。
「つまり異界人だったのね……。魔力量からみてもイリアはこのような迷宮に潜れる強さじゃないわ。おそらく、転移トラップを踏んでしまったのでしょう。それなら辻褄が合うわ」
私のアドリブの結果、私は異界人(イリアの時代も異世界から迷い込んだ人はいた)で、この迷宮で迷ってしまい、低階層の転移トラップ(階層深くまで強制転移させられるもの)に引っかかったが、運良く階層を上ってこれて、ここで立ち往生していた人という設定になっています。元の世界の名前はでっちあげました。イリアは地球の人の顔つきじゃないから別世界からの異界人という設定です。
しかし、我ながらなかなかのアドリブ力ですね。現に目の前の三人は完全に信用してくれたみたいです。三人でなにやら話し合って、それが終わるとルーカスさんが代表して口を開きました。
「よければ、俺たちで王国まで案内するよ」
願ってもない申し出です。現代の国の分布がどうなっているか私は全く知りませんからね。たしか、最寄りの国は前世で言う王権神授制をとっている王国だったような……。たしか、街並みがとっても綺麗で、美味しい料理もたくさんあったはずですが今はどうなっているのでしょう。気になりますね。
……二つ返事でお願いしたいところではあるのですが、あの棺桶は旧友であるニーアが命を削って作ってくれたものです。とられると困ります。何故タイミングよく冒険者がきたのかが気がかりなので一応探りを入れときますか。
「……良いのでしょうか?皆さま、なにか用事があっていらっしゃったのでは?」
「それについては大丈夫よ。私たちは大きな魔力の波を検知して派遣されたの。でも、あなた……異界人転移の魔力だったようだから、調査は不要になったと言うわけ。イリア一人だと危ないから一緒に行きましょう」
「そうだよ〜。危ないからお姉ちゃんと一緒に行こうね?イリアちゃん」
……棺桶の蓋を開けた時に内部に溜まっていた魔力が拡散したのが検知されたのでしょうか。詳しいことは私にもわかりませんが、勘違いしてくれたようで助かりました。……イリアちゃん呼びはちょっと納得いかないですが!絶対私の方が年上なのに!アリスは身長と見た目と胸の大きさで年齢を測っているに違いありません。許せん。
「じゃ、そういうことだから一緒に行こう!えーと、イリア……ちゃん?」
「イリアでいいです」
ちゃん付けは子供扱いがすぎます。
「じゃあイリア!大船に乗ったつもりでいいよ。俺たちが無事に町まで送り届けるから」
ルーカスがそう言って私を安心させるようにさわやかに微笑みます。落としにきてるというかは子供扱いされているような気がします。微妙な気持ちです。
そんなこんなですぐ出発することになりました。私の荷物はまとめる必要がないというか、アリスさんが浄化してくれたらしい粗相した時のネグリジェくらい(それもアリスさんのリュックの中に入れてくれるらしい)ですので、みなさんの準備が終わったら出発と言うことになりますね。
異世界はじめての迷宮の外、楽しみです!
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