閑話③:アリス=カガミ②
カーテンが払われた窓から、薄い光が暗い室内を薄く照らす。今日は風が強いのか、雲が流れるのが速い。いつのまにか雲の海を抜けたお月様はずっと空にいて、そこから優しい色を放ち続けていた。
「どう、怖くない……?」
一つのベッドで寄り添い合う二人のうちの片方……アリスが、隣の少女に声をかける。少女は無意識に固くなっていた表情をぎこちなく緩めると、ゆっくりとした口調で返す。
「……アリスと、一緒だから……良く眠れそうです」
気丈にそう言っても、実際はまだ怖さが残っているのであろうか。少女は抱え込むようにして、密着するようにアリスの片腕をギュッと抱きしめていた。普通の人に比べて、ひんやりとした少女の感触が伝わってくる。――魔術の訓練に真面目な顔して取り組んでいたこと、吸血鬼であることを軽い調子で打ち明けられた時のこと、肩を震わせて泣く姿、そして私の為に流してくれた綺麗な涙。目を瞑ると色々なことが、鮮明に浮かんでは消えていく。
月色に白く彩られた室内。少し開いた窓からは秋の涼しさを幾分か含んだ晩夏の微風が入ってきて、身体を撫ぜる。少女がこの都市に来てから、季節が一つ過ぎ去ろうとしていた。
人と人が仲良くなるには十分で、深く繋がるには不十分な――そんな微妙な時間。アリスは心に残る……一生忘れないくらいに刻まれた記憶に大切に触れる。あの時、少女に救われたような気がした。確かに、少女はまだ私の事を全然深くは知らないかもしれない。でも、ただ慰めようとするんじゃなくて、知らないなりに心から共感して泣いてくれたことに、何処か楽になった。……少女が泣いてくれたから……ああ、自分は辛く思って正しいんだ、苦しんで当然なんだ、泣いても良いんだって、そんな救いさえ得られたような気がした。「辛さ」は、「寂しさ」は、決して今も消えてはいないけれど、自分の気持ちを自分のものとして、正面から受け入れてあげられる……そんな気がした。
月光が窓を通って、横で寝ている少女の顔を白く照らし出す。微風が長い睫毛を揺らす。心なしか、お空の灯はさっきまでより強く、優しい色を届けてくれているような気がして。そして少女の、人形みたいな完璧な美貌はいつにもまして綺麗で、しかしいつになく人間味を帯びているような、そんな気がした。
吸血鬼でもあり、異界人でもある不思議な少女。弱くて、でも気丈で……心優しい普通の子。この世知辛い世界で、失いたくないって思えるくらい短いけれど濃密な時間をこの子と過ごした。そして、これからも今と変わりない幸せな日々を過ごしていくんだろう。
アリスはゆっくりと目を閉じる。すると自然に、眦から、つーっと伝い落ちるものがあるのが、自分でも分かった。途中で立ち消えた蝋燭にもう一度火がついたような、暖かさが、光が、心の奥に存在するのをアリスは感じた。
泣いて……良いんだ。そう呟くと、最初の一滴を追いかけるようにどんどん涙が溢れた。嗚咽を漏らすような、或いは息苦しくなるような、そんな涙では無かったけれど、心からの「会いたい」って気持ちが涙となって、素直に目から溢れた。
「おやすみ。イリアちゃん」
――先延ばしにするのは辞めにして、さっさと自分に向き合おう。どんな困難があっても「その人」に会いに行ってみよう。胸をキュッと締め付ける“私の”辛さは、“私の”想いは……それでしか解消出来ないんだから。
そうしているうちに、眠れなかったのが嘘みたいに眠気が訪れて。いつの間にかアリスは穏やかな寝息を立て始めた。
――濃い夜闇。暗くて……何処までも深い夜。お月様の柔らかな光が、寄り添うようにして穏やかに眠る二人を、静かに照らしていた。
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