26:教団と塔
「教団……見つかっちゃうかと思った」
「教団?」
ある日、リリィと一緒に買い物に出かけた帰り。突然、手を引っ張られて逃げるようにして裏道に。リリィの話についていけず、内心首を傾げます。
「うん。気をつけた方がいい組織!黒ローブと首に架けた黒い十字架が目印だよ」
リリィが囁くようにして言います。
「高位聖職者なら、いくら“薄い”とはいえ、気配からイリアの正体を看破してくる可能性がある。「教団」は強力な聖職者を何人も擁している上……魔族嫌悪だから。見つかったらどうなるかは、言わなくても分かるよね?」
うわぁ、あるんですね……そんなゴミみたいな差別組織。魔族嫌悪……恐らく、リリィの言い方的に過激な組織みたいですし、見つかったら……殺されるのはまず間違い無いでしょうね。異世界って野蛮すぎる。
「……私が吸血鬼だと分かる人いるんですかね?」
「それは分かんない。私だって、この前言ってくれるまで全然気づかなかったから。……けど、注意はしておいた方が良いでしょ?」
「ですね」
転ばぬ先の杖ということですか。
「髪を隠せるローブでも買おっか。髪色と目の色とか……危なすぎるよ。……あいつら、見た目だけで判断して襲ってくるかもしれないから」
「今まで全然街で見なかったのに、なぜ最近になって沢山でてきたのでしょう?」
「さあね、キールに支部は置かれてなかった筈だけど……。ここにも出来るのかも?」
「物騒ですね」
本当に物騒。何故、多少見た目が異なるとはいえ、同じ言葉を話す生き物を何故平気で殺せるのか……理解に苦しみます。
「着いてきて……えーっと、確かこっちにでたら……ほら」
リリィの先導に着いていきます。狭い路地裏を何度か曲がって、大通りに戻ると丁度、目的地である空の揺籠亭が面している大通りでした。
「すごいでしょ?ここら辺の裏道は全部覚えてるんだ。……いざという時に便利だから、今度教えるね」
「お願いします」
いざという時、というのは不穏ですが覚えておいて損はないはずですよね。
*****
そんな話を聞いた数日後の事です。場所は組合の訓練場。いつもの如くアリスとリリィに魔術を教えてもらっている時。相変わらず過疎ってしまって貸切状態の訓練場で風の魔術をリリィから教えて貰っていると、バタンと珍しくも訓練場の結界の中に入る金属扉が開かれるような音が。
振り返ってみてみると、入ってきたのは丁度リリィに教えて貰ったような、真っ黒のローブを身に纏った人物です。もしかして「教団」……?十字架は確認出来ませんでしたが、よくみると首にネックレスのようなものを掛けているのが見えるのもその予想を助長します。散々リリィに脅かされた「教団」を前に緊張に身を固くする私の前を通り過ぎ……アリスの前まで歩いてくると、謎のロープの人は口を開きます。
「ここにいらっしゃると聞いて……お邪魔でしたか?」
「ううん。大丈夫……ところで、どちら様かな?見ない顔だけど」
声をかけてきたローブの女に応えるアリス。リリィは何気なく、隠すようにして私の前に立ちます……やっぱり、彼女も教団の線を疑っているようです。私の存在がバレた……?でもそんな馬鹿な、教団の人とニアミスしたのはリリィと一緒の時のあれ一回きりです。
それ以外に考えられる線としては……リリィが言っていた、最悪「白髪紅目」の少女が存在するというだけで殺しにくるかもというやつ……?
……あ!、今思い出しましたが、そういえばファルが、私の噂が組合内で流れているというような旨の話をしていましたね。そこから漏れたのでしょうか、……いずれにせよピンチです。殺されちゃう……のは、いざとなったらアリスとリリィが守ってくれるかもですが、護られるだけで何もできないというのは歯痒いですし、些か厚かましすぎるような気もします。
ですが今の私には緊張に身体を強張らせることしか出来ず、ローブの女の一挙手一投足に注視します。
女が口を開きました。
「……失礼しました。私はイニム。イニム=スノウ……『魔術師の塔』所属の1級魔術師です。……お初にお目にかかります、『万の光条』。「塔」の教授方が戻って来ればいいのに、とおっしゃていましたよ」
「……塔の人か。それで、何の用?「塔」の件なら私は戻るつもり無いから、みんなにそう伝えておいて」
目深く被っていたフードを今気づいたように払いのけ、お辞儀をして自己紹介する女に、アリスは表情を固めると、固い声音でそう返します。
「いいえ……ただ、この都市に滞在することになったから挨拶をしにきただけです。偉大なる塔の先輩に、無礼を働くわけにはいきませんから」
「……そう。わざわざありがとう……でも、次から挨拶は不要だよ。私、そんなに偉い人間じゃないから」
相変わらず固い表情をローブの女……イニムに向けるアリス。警戒している……?「塔」というのは何でしょうか。「教団」みたいに危険な組織だったりするんでしょうか。
……「教団」じゃ無いというだけで気分は弛緩気味ですけど、気になったので小声でこっそりリリィとお話します。
「塔って何ですか?……「教団」みたいな感じです?」
「……そこまで危ない組織じゃないよ。どっちかというと冒険者組合みたいな感じ」
「なら大丈夫そうですね」
「教団じゃなくて良かったね」
「お二人さん……教団をそんなに怖がるなんて、人外かなにかですか?」
何処からか不思議そうな声音。ハッと目をあげると、ウェーブのかかった金髪で顔貌の整った女の人が。……誰?と思いますが……そうですね、よくよく考えたらフードを払ったイニムさんに違い有りません。地獄耳すぎませんか?相当小声で話していたはずなんですが。
優しげな微笑を絶やさないイニムさんですが、何故か怖いです。なんというか、本心が見えない?みたいな。笑顔の下に悍ましい何かを隠しているんじゃないかと、そういう不気味な所感を抱いてしまいます。多分、気の所為だとおもいますが。
必要以上に他人を怖がってしまうのは私の悪い癖ですね。
「い、いやいや……そんな訳ないよ」
「あらそう。……最近は人に紛れて暮らす魔族もいるらしいですし、もしや、と思いまして」
「え〜、そうなんだ?それは……怖いね」
事情を知ってる側からすると白々しすぎる演技をするリリィ。ちょっと、魔族サイドの私達からするとドンピシャすぎる忠告で、内心苦笑いをしてしまいます。……確かに、紛れて暮らしていると言えばそうかもですけど、別に悪いことしてないし、良くないですか?え?ダメ?ダメかぁ……。
「でしょう?貴女達も気をつけてくださいね。案外、身近に魔族が潜んでいるやもしれませんから」
「忠告ありがとう、覚えとくよ」
満足げに微笑むと、「では、用事は終わったので私はこれで……」とイニムさんは言い、身を返してもと来た扉から帰っていきました。どうやら本当にアリスに挨拶しに来ただけのようです。
金髪謎微笑系お姉さんキャラ……とでもいうべき刺さる人には刺さりそうな方でしたね。……え、私ですか?無論嫌いじゃないですよ、あわよくば仲良くなりたいなと思ってます。ですが、ああいう優しそうな人でも魔族嫌悪の思想に染まっていそうなのは、この世界の業の深さが感じられて悲しいですね。悪い宗教の影響でしょうか?
……でもまあ、こうして色んな人に出会えて、ちょっと怖い気分もありますけど、やっぱり新鮮で楽しいですね。100年前の時には、こうして色々な人と関係を築けるなんて思いもしませんでした。「町の象徴」としてではなく、「友人」として気楽に接することができる人がニーア達以外に増えたのは、本当に僥倖でした。……願わくば、こんな日々を永遠に過ごしていたいものです。……勿論、ニーアを見つけてからですけど!
でも、私の勘がレインさんがニーア本人だと囁いているんですよね。もし本当にそうだったら非常に楽で良いのですが……ファルにバレないように確認取る機会を模索するのが、今後の目標でしょうか。あとは、人違いだった時のために、王国外へ探しに行けるよう、王都の魔術学院に入学するための準備……とか?
「ふぅ、じゃあ再開しよっか。イリアちゃん、リリィ」
アリスがいつもの調子に戻って、そう言います。
ああ、そうでした。魔術を教えて貰っていたところでしたね。と頷き、私達は魔術の訓練を再開しました。




