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間話:少女と楽園の夢

 身体を揺すられるような感覚。


「朝ですよ〜」

 

 聞き慣れた声に、イリアの意識はゆっくりと浮上する。重い瞼をゆっくりとあげると、窓から差し込む太陽はもうかなりの高さまで上っていた。


「眩しい……死んじゃう、吸血鬼だから……」

「何言ってんの。先日、気持ちよさそうに日光浴してたの見てましたよ。……っていうか、今日は、みんなで久々に遊びにでも行こうって話だったじゃない、元々はイリア様が言い出したことだし、いい加減起きてください!」


 布団にくるまって、眩しい日の光から逃れようとするイリアにニーアは苦言を呈するが、一向に起きる気配はない。……朝に弱いのは今に始まった話ではないが、ここでぐだぐだしていたら待ち合わせに間に合わなくなってしまう。そう思ったニーアは、一息に布団を引き剥がす事を決心する。


「もうっ!おーきーろっ!」

「きゃ」


 かけ布団と共に、引っ張られてベッドから転落したイリアは変な悲鳴をあげる。


「……目は覚めた?」


 床で女の子座りして眠そうに目を擦っている白髪紅目の少女。理想郷の象徴、吸血姫イリアは威厳の欠片もない仕草で未だ眠そうに欠伸をして、言う。

 

「……覚めた」

「そりゃようござんした。……はい、早く準備して。直ぐにでも出発しなきゃ間に合わないから」

「……今日なんか予定あったっけ……?」

「さっきから言ってる!ピ、ク、ニッ、ク!」


 ニーアは寝ぼけているイリアを無理矢理着替えさせると、彼女の美しい白髪を梳かす。寝起きのはずなのに引っかかりがないサラサラの髪を軽く編み込んで、ゴムでくくる。


「出来たよ」

「ありがと……ニーア……」

「別に良いよ。私が面倒見たくてみてるだけなんだし、もう慣れたから」


 そうこうしてるうちに目が覚めてきたらしいイリアの手を引いて、ニーアは家の扉を開ける。少し、今回の集合場所は遠い場所だ。多少遅れる分には彼女達も許してくれるとは思うが、ニーア達と違って多忙な日々を送っている彼女達を待たせる気はニーアには毛頭なかった。


 小さな、しかし穏やかな空気の流れる町をイリアを連れて急ぐ。町の外、農耕地を超え道を行き背の高い草が生い茂る草原に着くと、ニーアは軽く周囲を確認して、突然服のボタンに指をかけ出す。


「ニーア……なんで脱いでるの?」


 さっきは眠たげだったイリアがびっくりしたように目をひらいて言う。その時には既にニーアは下着姿になっており、脱いだ服を丁寧に畳んで魔法収納庫(マジックストレージ)入れる最中だった。


「え……まさかだけど……ニーアに乗っていく感じ……?」

「そうですよ。セレンやエルを待たす訳にはいかないでしょ?」

「えぇ……」


 その言葉にイリアは微妙に嫌そうな顔をする。彼女に()()()いくのは、酔ってしまうので少し苦手なのだ。しかしニーアは、嫌そうなイリアの肩を掴んで後ろを向かせ、自分の下着に手をかける。イリアは諦めたような雰囲気で言う。


「脱ぐの恥ずかしいなら、変身しなきゃ良いのに……」

「仕方ないでしょ、こうしないと……間に合わないんだからっ」


 一陣の風が草原を吹き抜ける。次の瞬間、いつの間にか少女は消えて、人よりも大きな白銀の美しい毛並みをした狼がそこには存在していた。まるで神話に出てくるかのような、神々しさすら感じられる美しい狼。


 立ち尽くすイリアに狼は催促するように首をふる。


「分かったよ……乗るよ」


 いっそ清々しいほど諦め切った表情をしたイリアが渋々ニーアの背中に飛び乗る。狼が背中にしがみついている死んだ目をした少女の方に目を向ける。


「大丈夫……もう掴まってる」


 (ニーア)は満足げな雰囲気で地をひと蹴り、急加速。イリアがあげる声にならない悲鳴と共に、広い草原を風よりも速く駆け始めた。




 その少し後、地面に大の字に倒れ込んだイリアと、人の姿に戻って服装を整え髪を結い直しているニーアの姿は、町から大分離れた場所にある丘陵の頂点にあった。


「酔った……死んじゃう、吸血鬼だから……」

「吸血鬼全く関係ないでしょ、それ」


 うつ伏せに草むらに倒れているイリアに目を向け、ニーアは多少申し訳なさを覚えて、言う。


「まあ確かに、急ぎすぎちゃったかも」

「ニーア……。狼に変化した時に耐えられる速度と人間が耐えられる速度って……全く違うんだよ……」

「イリア様は吸血鬼でしょ。……でも、ごめん。ちょっと楽しくなっちゃって」


 イリアは諦めたような表情で慣れてるから良いよと言うと、続けて


「その、“イリア様”ってやつ……、やめて欲しいんだけど……」

「ダメ。私は形式上、これから先イリア様のメイドをやるんだから、一応外面を繕わないと。」

「でも、時々……人前でも呼称ブレてるじゃん……、敬語も全く使えて無いし……」

「そ、それはっ、今から直す予定なの!」


 気にしていることを突かれてニーアは頬を上気させる。そんなニーアに白髪の少女は、少しねだるような調子の声を出す。


「私は。……今までみたいに気軽に話してくれる方が……嬉しい。繕うのは、人前だけじゃダメ……?」


 寂しそうな少女の眼差しに、しかし、ニーアは首を縦にはふらない。


「逆に、人前だけ敬語を使えている私が想像できる?」


 ニーアが自信満々に言い放った言葉にイリアは少し考えて確かに、と首肯する。

 

「……それは……できないかも」

「でしょ?」

「……なんで、ちょっと得意げなの……?」

 

 イリアは不満から頬を膨らませる。

 

「えー……でもっ……」

「ちょっと!?いきなり何を……ひゃっ!?」


 いつのまにか大の字状態から回復していたイリアに突然抱きつかれて、ニーアは短く悲鳴をあげる。抵抗虚しく体勢を崩してそのまま二人で草むらに転がる。イリアは寂しそうにぎゅっとニーアの身体に抱きつく。


「私は……ニーアと一緒に居るだけで……幸せ」


 ……願わくば、夢みたいなこの時間を……永遠に。半ば抱き枕状態でニーアは満更でもなさそうに頬を緩めると、優しく抱き返す。


「それは嬉しい……けど、暫くは我慢してくれるともっと嬉しい。私達にはほぼ無限の時間があるんだから」


 そんな二人の頭上を人影が覆う。


「ちょっと、何いちゃついてるの?一応、もう待ち合わせの時間だけど?」

「……何してる。こんなひらけた場所でくっついて……見せつけてる?」


 掛けられた冗談めかした声にニーアは赤くなると、イリアから離れて立ち上がる。


「もうっ、揶揄わないで!」


 目を上げると、視界に入ってくるのはエルとルルーの姿。エル……マリンブルーの髪色、額に薄青(目と同じ色)の宝石が埋まっている天眼族の少女が、一歩近づいて二人に改めて声をかける。


「久しぶりね。二人とも……元気にしてた?」


「勿論!イリア様は今、酔ってて元気ないけど!」

「それ……大体全部ニーアのせい……」

「イリア様が、声かけても早起きしなかったのが悪くない?」

「うっ、それは……そうだけど……」


 言い合いを始めて完全に論破されるイリアを見て、エルはため息をつく。


「はいはい、いつも通り元気そうね」


 「でも……無理矢理起こせば……起きた……多分」と情けない言い訳を続けるイリアの身体にギュッと抱きついて、黒髪黒目の少女が言う。

 

「イリア、おひさ」

「ルル……久しぶり。……セレンは?」

「セレンは、ちょっと遅れるって。急に仕事が……でも、終わったら全力でくるって言ってたから、時間的にはそろそろ来そうな感じなんだけど……あ、来た」


 ルルーが何かに気づいたように空を見上げる。彼方の空から小さな影のようなものが見える。


「……飛んでくるんだね……」

「セレンはいつも飛んでるでしょ」


 そして暫く。陽光をキラキラと反射する金色の長髪(ロング)をふわりと広げ、地に降り立ったのは、翡翠色の瞳を持つ人ならざるもの。背中に広がる純白の、天使のような両翼。


「セレン」


 勢いよく抱きつく吸血姫。天翼族……天使の末裔であるセレンはその大きな両翼と両の手を使ってイリアを抱き返す。

 

「遅れてごめんなさい。……少しお仕事が長引いてしまって」

「……ううん、寧ろ、忙しいのに時間をとってくれてありがとう……!」


 心の底から嬉しそうに、紅の目を輝かせて笑顔で礼をいうイリア。


「ふふ、仕事より大切なものはあります。……始めましょうか。では、ニーア」


 セレンに名を呼ばれたニーアが、心得たとばかりに手を軽やかに振ると、地面が隆起して、瞬く間に硬化しテーブルとチェアを形作る。持参したバスケットから独りでに白磁のティーポットやら、微細で繊細な装飾のなされた小皿やらが飛び出して、宙を舞う。ふわふわと空中に浮かぶティーポットの蓋が開いて、何もない空中から、魔法のように熱湯が注がれる。そうしているうちに、サンドイッチやらクッキーやらが小皿に自ら飛び込んでいって……気がつくと、そこには立派なティーパーティの会場が。


「はい、準備できた!……じゃあ、始めよっか」


 こともなげに用意をして見せたニーアがそう言って……そうして、“楽しかった”お茶会が始まった。

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