間話:ちょっぴり特別な一日
戦勝祭skip。ファルと屋台回ったりしただけなので
戦勝祭が終わって、1週間ほどあと。場所は組合裏手、魔術師用の訓練場。お昼時になり、人が殆ど居なくなったその場所に人影が三つ。
静寂に満ちた訓練場の中心――目を瞑り集中している様子の少女。その美しい白髪が、風も吹いていないのに揺らぎます。魔力を視る眼を持つ者なら、その身体が魔力に満ち満ちている様子が見えるでしょう。
【元素は水、静やかなる力の顕現】
少女が呟く様に2、3言詠唱すると、虚空から滲み出てくるかのように、不定形の水球が現れ、少女の眼前に浮遊します。
ぎゅっと瞑っていた目を恐る恐る開ける少女……吸血姫イリアは、目の前でふわふわと浮かぶ水球を見つけると喜色満面、幾分高揚した声を上げました。
「やっと、出来ました!!」
高揚に顔を紅潮させて、目を輝かせるイリアに、少し離れてそれを見守っていた二つの人影……アリスとリリィが賞賛と祝福に口を開きます。
「良かったね!」
「おめでとう、イリアちゃん」
基礎固めから始まった魔術訓練は早十数日にして、最初の魔術を使う所まで至って居ました。水球を出す……ただそれだけですけど、初学者には中々難しい“魔術”を13回目にして見事成功させたイリアは、一般的に見てもかなり才に恵まれている方だと言えます。
「改めておめでとう、イリアちゃん。……これ、私達からのプレゼント」
まだ嬉しそうに水球を見ているイリアの側へ近寄り、木製の小箱を手渡すとアリスが言います。
「――イリアちゃん。ようこそ、魔術師たちの世界へ。魔術は難しくて危険でもあるけど、想像する事全てを実現できる。イリアちゃんが望んでいる人探しの旅を安全かつ快適にしてくれる……でも、使い方には気をつけて欲しい。例えば、魔術師は一般人よりも強いから、一般人相手には魔術行使禁止っていうルールだったり――、街中で外向性魔術……んーと、自分以外に作用する魔術を使ってはいけないっていうルールだったり色々破っちゃ不味いものもあるから」
神妙な表情で聞いていたイリアはこくりと頷きます。
「気をつけます。……その他に留意すべき事って有りますか?」
多少考える素振りをした後、アリスは覚悟を感じさせる声音で、ゆっくりと言い切ります。
「えーっと。……これは私の我儘なんだけど、『困っている人達を助けること』かな。この世界は、危険がいっぱいで、力無き人々はいつも理不尽に晒されてる……例えば魔物の類いとかね。だから、私たち魔術師は魔術を正しく、そういう人々を助けるのに使うべきだと思う」
「……確かに、そうですね。私自身、アリス達に助けられていなかったら今頃どうなっていたか……」
イリアは、思い出すかのように目を細めて彼方を見つめます。もし、来た冒険者がアリス達ではなく悪い人達なら私の命は今頃無いのかも知れない……と。
リリィが少し沈んでしまった空気を手を叩いて払い、明るい声で言います。
「――っていうか!早くそれ開けない?」
「そうだね、開けよっか」
ゆっくりと丁寧に木箱を開けると、入っていたのは、深い黒の光沢を放つ、30cm程の小さめの木製の杖。持ってみると、軽いその杖はしかし、ずっしりと確かな重みをイリアの手に伝えます。初杖ゲットだぜよ、です。
「嬉しいです!ありがとうございます」
手にした黒い短杖はイリアが魔術を使えるようになった証、手にその重さを感じると、小さな一歩とは言え感慨深さを覚えるものです。本当にキツかった筋トレと走り込みや木剣の素振り、何回も魔力欠乏に陥ったアリスの特製訓練、最初は集中しすぎて半日寝込んだ水球の魔術……、どれもしんどかったですけど、段々と慣れてきて自分の成長が感じられます。
ここ十数日で、みんなとも大分仲良しになりました。同じ年頃だからか、アリスとリリィとは特に打ち解けられて、一緒に露店市場に行ってみたり、美味しいと噂のスイーツがあるカフェでお茶をしたり(氷菓子が異世界で食べられるとは思いませんでした)、冒険者組合のE級依頼で、外に出るのがやっとな御老人のために買い出しに行ったり家を掃除したり……色んなことがありました。
そんな事を思い出しながら嬉しそうに杖に見入っているイリアにアリスが声をかけます。
「気に入ってくれて良かった。それは、魔力伝導の良いバラーカの木で出来た短杖。特に魔法陣は刻んでいないから、発動速度補助とかの効果はない簡素なものだけど、バラーカは人体よりも魔力伝導が良いから魔術が使いやすくなる筈だよ」
「そうなのですか……」
なるほど、そういう類の杖なのですねとイリアは感心します。昔、吸血鬼として幾度か魔術を行使したことはありましたが、人間の魔術と神話存在である吸血鬼の扱う力は違います。イリアが使っていた魔術はもっと……力尽くだったのです。詠唱などなしに、白い雷が散ってしまう程の魔力を感情のままに操る……言ってしまえば超能力みたいなものでした。そんな「魔法」の経験しか無いので、こう言った「魔術」は私の目には繊細で、面白く映ります。地球人の私からすれば、昔のイリアの「魔法」も充分凄いように思えますけどね。
これが杖入れだよ、とアリスが革製の杖入れをくれたので早速腰に取り付けていると、リリィが満面の笑みで元気よく言います。
「……初魔術の記念で美味しいものでも食べに行こ?風の噂で聞いたんだけど、滅茶苦茶美味しいパウンドケーキを出してくれる喫茶店が北の方にオープンしたらしいよ!」
「え、本当ですか?ぜひっ、行きたいです」
甘味好きな吸血姫は食い気味に反応してしまい、恥ずかしそうに顔を赤らめます。
「アリスはどーする?」
「仕方ないなぁ……今日は記念で、訓練無し!みんなで食べに行こっか」
やったぁとはしゃぐリリィと嬉しそうにするイリア、そして二人を優しい笑みを浮かべながら見守るアリス。
少し特別で平和なキールでの一日はあたたかな夏の日差しと共に、のんびりと過ぎていきました。




